大学1年で祖父母が被災、釜石で活動する若手弁護士の奮闘 〜弁護士が見た東日本大震災から10年〜
岩手県出身で、現在、釜石ひまわり基金法律事務所の所長を務める細川恵喜弁護士(岩手弁護士会)。大学1年生のときに発生した東日本大震災で、同県大槌町に住む祖父母が被災し、一変した光景を見たこときっかけに、岩手で弁護士として活動する決意を固めた。細川弁護士に、釜石ひまわり基金法律事務所で活動するようになった経緯や、被災地で活動する意義などを聞いた(2021年3月19日インタビュー実施)。
被災地の役に立てなかった「後悔」
ーー震災発生当時の状況について聞かせてください。
出身は岩手県盛岡市で、高校卒業まで盛岡市で過ごしました。東日本大震災の発生当時は都内の大学に通う1年生でした。
両親は盛岡市にいたのでそれほど大きな被害はありませんでした。ただ、祖父母が沿岸部の大槌町に住んでいて、幸い命は助かりましたが、津波で家が流されてしまいました。
震災から1カ月以上が経って、ようやく大槌町を訪れることができました。もっと早く行きたかったのですが、行く手段がなかったし、両親から「こちらに来てもできることはない」と反対されました。
大槌町は、津波で何もかもが破壊されていて、子どもの頃によく訪れていた街の変わり果てた様子を見て、とても辛くなりました。
高校生の頃から弁護士になるのを目指していて、地元の岩手で活動しようと考えていました。震災直後に被災地を訪れ、被災した祖父母や被災地の役に立つことができなかったという後悔もあり、岩手県の沿岸部で、被災地の支援をしたいと考えるようになりました。
ーーなぜ弁護士を目指したのですか。
高校生の頃、「総合学習」という授業があり、授業の一環で地元の盛岡市で働く人にインタビューする機会がありました。そこで石橋乙秀弁護士(岩手県弁護士会)の話を聞きに行ったのがきっかけです。
弁護士が少ない岩手で、地域住民の権利擁護のために活動することへの熱い思いを感じました。
ーー大学や法科大学院で勉強する中で、被災地で働くことへの思いに変化はなかったのでしょうか。
震災から時間が経つにつれて、「被災地のためにできることは残っていないのでは」と思うこともありました。ビジネスにも興味があり、ロースクールでは企業法務に関する授業や研修を受け、司法試験の受験後、企業法務系の事務所への就職を考えることもありました。
それでも、自分が何のために弁護士を目指したのかを考えたとき、やはり「地元や被災地の役に立ちたい」という思いが強かったです。仮に、震災に関連する事件が少なかったとしても、被災地に寄り添った活動をしたいと考え、司法修習が始まる頃には、沿岸部に行くことを決断しました。
所長就任後の事務所経営に戸惑いも
ーー釜石ひまわり基金法律事務所の所長に就任した経緯を聞かせてください。
どのようなステップで沿岸部に行けばよいか、司法修習の段階から岩手県内の弁護士などにも相談しながら考えました。
沿岸部は弁護士が少ないため、ひまわり基金法律事務所の所長になるか、開業するかのどちらかを選ぶことになると思いました。ただ実際は、最初から開業して、やっていける自信がありませんでした。
そのため、ひまわり基金法律事務所の所長を目指することを決め、まずは都内の公設事務所である東京フロンティア基金法律事務所で経験を積むことにしました。
東京フロンティア基金法律事務所は、ひまわり基金法律事務所や法テラスで活動する弁護士の育成を目的とした事務所です。所属弁護士にはひまわり基金法律事務所の所長を経験した人も多く、司法過疎地での活動に向けた研修も手厚いものでした。
2019年9月に公募を経て、釜石ひまわり基金法律事務所に移り、12月に所長に就任しました。
ーー釜石ひまわり基金法律事務所で活動することが決まった時の感想を聞かせてください。
「念願が叶った」という思いから期待が大きかったですが、所長になれば1人で事務所を運営しなければならないので、「本当にやっていけるのか」という不安もかなりありました。
釜石市に行く前の壮行会で、先輩弁護士から「自分で何もかも抱え込んでしまう人がいるから、1人で頑張りすぎるな」というアドバイスをもらいました。そのアドバイスを忘れず、都内の事務所で指導してもらった先輩弁護士や、他の地域で活動する同期の弁護士などと、相談や情報交換を今も頻繁にしています。
ーー実際に釜石市で活動するようになってからの感想は。
戸惑うことが多かったです。岩手県出身とは言え、釜石市は決して慣れ親しんできた地域ではないので、一からのスタートという状態でした。
最も戸惑った点は、所長就任後の事務所経営です。東京にいた頃は給料を受け取っていたので、お金の心配をすることはありませんでした。しかし、事務所経営となると、報酬などで得られた収入に対し、事務員への給料や事務所の賃料など、毎月いくら出ていくのか、自分で管理しなければいけません。
研修などで事務所経営について学んではいましたが、実際に案件を処理しながら経営についても考えることになると、最初は混乱することが多かったです。
経営は基本的に独立採算制ですが、収入が一定基準に満たない場合は、補助金を受け取ることができます。若手の段階で、サポートを受けながら事務所経営を経験できるのはありがたいと思います。
新たなコミュニティに関わっていきたい
ーー相談や事件の対応についてはどうですか。
離婚や相続など、家事事件が圧倒的に多いです。成年後見人や相続財産管理人などに選任されることもあります。
震災関連としては、震災の犠牲者が所有していた土地の相続手続きなどについて相談を受けたことがあります。たとえば、そもそも震災の犠牲者が所有していた土地を相続したことを知らなかった人から、早く相続手続きをしたいという相談を受けました。
震災で被害を受けた土地には当初固定資産税の免除措置がありましたが、2019年に措置が終了して、課税通知を受け取ったことで、自分が相続人であることを知ったようです。土地を持っていてもコストがかかるだけなので、早く相続手続きを終わらせ、処分したいという相談でした。
釜石市に赴任後すぐに受けた相談で、ようやく震災に関わる仕事ができたと感じたのを覚えています。
ーー被災地に残された課題と、被災地で活動する意義を聞かせてください。
震災の犠牲者が所有していた土地の相続問題など、被災地には震災に関する事案がまだ残されています。
災害援護資金の貸付を受けて事業を再開したものの、うまく軌道に乗らず返済が滞っている方も少なくありません。今後は、震災に関連する債務整理の事案が増えるのではないかと危惧しています。
一方、震災特例法が2021年3月末で期限を迎え、被災者に対する法テラスの支援も終了します。
今までは、震災当時に災害救助法が適用された区域に居住していた人などについては、同一の案件について、3回まで無料で相談できましたが、その制度も使えなくなるので、弁護士に相談することへのハードルが高くなると思います。
また、災害復興住宅に、様々な地域の避難所や仮設住宅にいた人が入居したため、新たなコミュニティが生まれました。顔見知り同士でない人たちが復興住宅に集まる中で、自治会のルールづくりや、自治会費の取り扱いなどをめぐり、住民間のトラブルが生じているという話も耳にします。
トラブルが事件に発展すれば、弁護士として対応することになりますが、トラブルを予防するため、コミュニティに積極的に関わり、ルールづくりなどに法的知識を生かすこともできると思います。
地域住民からの弁護士に対するニーズをどのように汲み取っていくのか、検討する必要があると考えます。現在は、新型コロナウイルス感染症の影響で難しいですが、地域の行事などにも参加したり、関係機関との連携を強めたりして、住民が抱えている問題を把握する機会を積極的に作ることなどが重要です。
その上で、法律家として、紛争予防や紛争解決の一助となりたいと考えています。
震災からの復興に向け、被災地で弁護士が力を発揮しなければいけない場面はまだ多く残っていると思います。
※画像はZOOMのスクリーンショット
細川恵喜弁護士プロフィール
岩手県の盛岡第一高等学校を卒業後、一橋大学に進学。一橋大法科大学院を卒業後、2016年に司法試験に合格し、2017年12月に弁護士登録した。東京フロンティア基金法律事務所の勤務を経て、2019年9月に釜石ひまわり基金法律事務所に移籍、同年12月に所長に就任した。