斎藤 浩 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
法律を通じて、弱い立場の人の味方になれればうれしいと思った。学生運動が盛んな60年代を生きていたので、世の中全体が、弱い人のために社会を変えていこうという風潮だった。内定したトップ企業からは結局気に入られなかったし、勤めた地方公共団体は司法試験に通った者の遇し方がわからなかったようだった。
今までの経験と現在の仕事内容
多くの種類の民事、刑事、家事、労働、行政事件をやった。行政事件では原告側と決めている以外にはほかのジャンルでは事件を選ばない。
大学時代の勉強や、弁護士になる以前、地方公務員として行政側にいたことがきっかけで、行政事件は特に専門、ライフワークとしている。その分野の実務と理論の架橋が私の役割だと考え、著作に励み、法科大学院で教えた。
仕事をする上で意識していること(弁護士としての信条・ポリシー)
「弁護士を目指したきっかけ」で述べた立場を貫いているつもり。実際に完璧にできているかどうかは分からないが。
震災復興において、弁護士ができること
どの大震災でも時期により異なる。
私が実際にやったのは、発災時は現地に専門家を揃えてワンパックで飛んでいき、避難所で緊急相談をすること。弁護士が中心になればあらゆる士業を団結させられる。加えて学者、都市計画、医師、原子力等必要な専門家を揃えられる職業が弁護士である。弁護士が中心に座れば恊働がうまく動き出す。弁護士とは法律専門家であるとともに多くの専門家をコーディネートできる総合職である。
しかし、あらゆる士業がまとまることはなかなか困難であり、私は、阪神淡路大震災時、「阪神淡路・まちづくり支援機構」という研究者と多くの士業間のネットワークを構築することで対応した。
仮設住宅時代以後はその地域、その震災に必要な緊急政策を提起すること、行政にヒアリングし施策の前進を専門家としてコーディネーターとして所属団体や組織を使って手伝うこと。
次の大震災に向けては、これまでの震災体験からできる限りの被災対策を確立するよう政策提起をし、政治と行政に働きかけ、法律、条例、制度を整備していくこと。
一番最近にしていることは、常時災害列島となった日本における、大規模災害被災者の生活・財産の公的救済制度を作る研究会の発足準備。