原 正治 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
弁護士を目指したのは社会的弱者ないし社会的な少数派の人権を少しでも守りたいと思ったからです(近代憲法の理念として、司法権の任務は、社会的弱者ないし少数派の人権を守ることだと言われています)。
直接的には、大学時代に自治会活動等を行っており、民間企業ないし公務員への就職が困難であると思われたので、手に職をつけ、自由業を目指したためです。
今までの経験と現在の仕事内容
田舎(地方都市)の弁護士であるため、民事・刑事・家事等どんな分野の仕事も行ってきました。その中でも、特に離婚・相続といった問題は件数としては多い分野です。
また他の弁護士があまり関与しない、労災(過労死)事件、民事介入暴力事件、平成6年に起きた中華航空機事故の損害賠償事件等を手掛けてきました。
特に、自殺過労死事件の分野では、「飯島労災」という事件を弁護団の一員として担当しました。今とは違い、労働者保護が不十分だった当時にあって、労働者の立場から勝訴を勝ち取ったということで先駆的な事件だったと思います。
現在も、様々な事件を扱っています。
中華航空機事故を手がけた際に苦労したこと
ワルソー条約という国際条約があり、パイロットの過失が故意又は故意に準ずる重過失でないと責任制限が認められて、賠償金が著しく低く(当時のお金で200万円位)なってしまうという問題があったのです。
結果的に総額50億円以上を勝ち取れた理由
ワルソー条約の責任制限を打破するために活動し、それが認められたため、青天井の正当な賠償が得られたのです。
当方の弁護団は、外国語に堪能な渉外分野の弁護士も含めて有能かつ情熱的な弁護団であり(私は、末席を汚しただけです)、米国の著名なパイロット、ロンドン大学の教授などに証人として証言してもらうといった、通常の訴訟とは異なる裁判の進め方をしました。
この裁判の結果、中華航空のパイロットの重過失が認められたものの、事故機の製造元、エアバス社の製造物責任は法的には認められませんでしたが、航空機の安全システムが強化されるなど歴史的な裁判でした。
弁護士としての信条・ポリシー
依頼者の訴えや要求に真摯に耳を傾け、迅速、親切、誠実に対応するのがモットーです。
地域の住民に寄り添い、町医者のような身近な存在を目指しています。具体的に言うと、いつでも依頼者の方が安心して相談できるように、私の外に勤務弁護士1名、事務員が5名いるとおり、人員という点からもしっかりとした体制を整えています。
関心のある分野
あらゆる分野の仕事を一通り手掛けているため、関心のある分野は特にありませんが、強いて言えば、現在では、医療事件、交通事故損害賠償事件、離婚事件でしょうか。