出井 博文 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
中学や高校の頃、国鉄や電電公社の民営化やクライスラーの再建等、何かと財界の問題に関心が向いており、世界史で大航海時代や重商主義の頃のことが好きだったりしたこともあって、どちらかというと経済系でした。なんとなく法学部へ入ったところ、法律の中では会社法だけはしっくりきて、教授に商法をやってみないかと言われてその気になっていました。
商法は他の法律に比べてダイナミックな部分が多く、時には戦争を引き起こすような国家間の問題にも密接に関わる経済的法律の根本であり、強く興味を持つことができました。その延長で、結局は気がついたら弁護士になっていた、という感じです。
学生時代
高校時代から、勉強の一環として証券の投資などに興味があり、大学では社債・CB、先物、オプションなどで、金融市場を実感したりしていました。あのケインズも破産寸前になったことがあり、学者であっても、理論だけではなく、現場のリスクを身を持って知らなければいけないのではないかと思っていました。
武士が自分の剣術理論を磨くのは、自分の命を懸けた戦いに勝つためだったと思います。自分の人生がかかっていると思えばこそ、一生懸命考えるわけですから。このような現場のリスクを常に考えるという点は、法廷は時には実際に血が流れますし、自分が弁護士という職業に就くことを目指すにあたって、重要な役割を果たしたようにも思います。
また、中学から現在に至るまでテニスを続けており、テニスの中で培う一対一の駆け引きの空気感は、弁護士業務にも通ずるところがあるなあと感じています。
今までの経験と現在の仕事内容
離婚、相続、貸金、交通事故等の一般民事、会社関係、M&A、破産、労働、租税、著作権、刑事、少年事件、あるいは自治体からのご相談など、多くの分野を扱っています。消費者被害の弁護団もやっています。
弁護士会では外国人、子ども、人権救済、自殺対策、信州大学法科大学院のバックアップなどの委員会活動をやっています。国家として会社や経済を立て直すということも重要ですが、刑事や自殺対策等に関わる仕事も、社会の基礎的なインフラという意味で非常に大切だと思っています。
印象に残っている案件(事件)
敗訴が濃厚だった事件がひっくり返ったということがありますし、刑事では執行猶予が付けばやはりほっとしますし、何より被告人の方とは接見の際、拘束された状態でお会いすることになりますから、そういった場面ではやはり気も引き締まります。
他にも企業の税金問題は非常に複雑で難しいけれどもやりがいを感じますし、大企業の中で翻弄される中小企業経営者の方々を助けたいとか、少年事件ではなんとか立ち直ってほしいとか思います。
…少年事件で開いた本に、私が幼稚園の頃隣に住んでいた、マンガ好きのおじさん(当時はお兄さん?)が、少年事件の大家の弁護士として出ていて驚いたことがあったり…。外国人企業家のご相談では、悩むことは万国共通で、一緒なんだと思ったり…。言語が違っても、裏切られたら悲しいし、怒りも湧いてきます。
…考えてみると、それぞれの事件の中に印象的なことが必ず一つはあります。結局、弁護士は、人々の人生やその会社にとって、とてもまれな、重要な事件を扱っている、ということなんだと思います。
弁護士としての信条・ポリシー
まず思いつくのは、とにかく自分の力を尽くして、自分で動いて汗をかいて、人々のリアルな生活を守る、ということでしょうか。他には、人の気持ちを重んじるとか、礼を尽くすとか、実態をご説明するとか…思いつくことは、どんな仕事においても同じであることばかりです。
弁護士としては、あえていえば、常識を常に意識し、現場にいることを意識している、ということです。常識が何かを探すことは、この仕事のテーマかもしれません。法律がどうあれ、常識的な結論に至ることが求められます。また、現場にいる、というのは、自分にはそのタイミングの瞬時の判断を求められており、こういうボールが来た瞬間にこう打つという、現場のプレーヤーなんだ、観客席にいる評論家ではないんだ、ということです。
気を抜けばエラーも起きかねず、自分のやり方が正しいのかは後世の評論家が判断すればいい。そこでは自分の判断しか頼るものがありません。そして、負ければ依頼人の財産や時間を失い、時には血が流れるという、まさに現場です。そうした現場で、自分の今時点の頭で考える、そこに自分の価値がある、ということです。
このことはいつも意識しているせいか、子どもにはつい、「自分の頭で考えてください」と言ってしまい、「パパはそればっかり」と言われます(笑)。
関心のある分野
弁護士という立場だけでは狭い感じもしますが、危機管理の問題についてはライフワークとしてやっていきたいと思っています。命がかかっている現場の安全をいかに守るか、ということがテーマですね。
弁護士という職業に就く以前、経済産業省の化学物質管理課という所で働いた中で、所管の法律の一つにPRTR法がありましたが、これは化学工場がどのような物質を扱っているかを開示させる法律です。1984年に、インドのボパールでの農薬工場の事故で数千人が死亡し、数十万人が負傷する事件がきっかけとなり作られた法律です。
そして、現在の日本においてさえも、所管の企業において年間十数人程の方々が、事故で命を落とすという現状があります。普通の方々や、その生活を支えている方々の命を守るにはどうしたらよいかという基礎的な視点をもって仕事をする場所でした。その意識が今も強く心の中にあります。
今は親として学校のPTA役員になっていることから、学校の危機管理、特に震災対策に力を入れています。学校は漠然と安全だと思われがちですが、実情なんの対策も取られていないことも多くあります。
しかし、学校の先生方は一生懸命働かれていますし、現場にのみ責任を求めるのは酷というものですから、何らかの構造転換が必要だと考えています。大変難しいテーマと思います。危機管理は、将来予測と、それにどう我々が対処していくか、ということなのですが、結局これはどのような仕事でも同じなのではないかと思っています。
ページを見ている方へのメッセージ
万が一、私たちがお役に立てることがあれば、お気軽に接していただければよいのですが、どうしても躊躇させてしまったりして申し訳ないと思っています。本来は、こちらの側が、そういう雰囲気を作るべきなのですが。