竹森 雅泰 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
弁護士を含む法曹の仕事は、自分の裁量で行うことができ、さらにその結果が直接自分に返ってくるものだからです。大学3回生の時に就職活動を行うか否かの判断を迫られたときに、組織の中で仕事をするよりも、上記メリットがある弁護士を含む法曹になろうと考えました。
父親が司法書士で自分の裁量で仕事をしておりその姿を見てきたことや、大学時代に取り組んでいた男声合唱で知り合った音楽家たちが、自由に仕事をしている姿を見て、自分も裁量で仕事のできる職業に就きたいという思いもありました。
弁護士になる前に思い描いていた弁護士像と弁護士になり実務をこなしていく中で感じたギャップは、弁護士は法廷で喧喧諤諤することはなく、話すよりも、書面を書くことにたくさんの時間がかかり、職人的な側面が多いことです。
ちなみに司法試験の勉強は3年生くらいから開始し、大学に設置されていた司法試験部屋のようなところで、集中して勉強していました。OB弁護士と話す機会があったことも勉強の励みになりました。
今までの経験と現在の仕事内容
交通事故、貸金請求、建物明渡請求などの一般民事、債務整理、自己破産、破産管財事件、投資用マンション被害などの消費者事件、解雇や残業代請求などの労働事件、離婚、親権者の変更、成年後見、遺産分割などの家事事件、少年事件を含む刑事事件など、いわゆる町弁といわれる弁護士が行う仕事をやってきました。
また、救護(3号)被爆者訴訟や全国B型肝炎訴訟などの集団訴訟にも積極的に取り組んできました。救護(3号)被爆者訴訟は被爆地である広島だからこそ扱えた仕事ですので思い出深いです。
被爆者手帳を受け取る資格に関して3つの類型があります。1.爆心地にいたときに被爆した。2.爆心地にはいなかったけれど、2週間以内に爆心地に入ってしまい被爆した。3.被爆者を看護・救護して被爆した。
この訴訟は3の被爆者を看護・救護した人が被爆者手帳の交付申請をしたところ、却下をされた行政処分の取消しを求めるもので、結果としては、行政処分が取消され、原告らは、広島市から被爆者として認定を受けることができました。
また、全国B型肝炎訴訟は、幼少期に集団予防接種を受けた際に、注射器や注射針を交換せずにまわし打ちをされたためB型肝炎ウィルスに感染させられた患者が、国に対して、集団予防接種の際のまわし打ちを放置した責任を追及するために起こした訴訟です。平成18年に最高裁は国の責任を認めたのですが、厚労省は個別の問題として対応せず、平成20年に再び全国10地裁で訴訟が起こりました。そして、平成23年に、国は責任を認めて謝罪し、原告団・弁護団と国との間で基本合意に至り、救済がされることになりました。
弁護士としての信条・ポリシー
依頼者の話に謙虚に耳を傾けることです。法曹の仕事は、事実を認定し、その事実に法を適用して、紛争を解決する仕事ですので、まず出発点の事実の認定を正確に行う必要があります。そのためには、事実を経験している依頼者の話に謙虚に耳を傾ける必要があります。
その上で、依頼者がどのような解決を望んでいるのか、法的な判断を示しながら、一緒に考えるようにしています。
また、悲惨な事件の場合、感情移入しすぎてしまい、しんどくなってしまうことがありますが、かといって依頼者の思いをしっかり汲み取らなければならないので、そこのバランスが難しいです。
関心のある分野
町弁ですので、万遍なく関心を持ちたいと考えています。いろいろな分野を扱うことで、バランス感覚と人格の陶冶が行われると考えています。
ページを見ている方へのメッセージ
悩みを抱えておられる方は、まずは早期に弁護士に相談に行かれることをおすすめします。悩んでいる間に取り返しのつかないことになることがありますので、まずは相談をしてください。