「人の役に立ちたい。今までも、これからも」離婚、相続、医療問題に注力
きつかった司法浪人時代
――弁護士を目指されたきっかけやその理由を教えてください。
私が弁護士になろうと考え始めたのは、大学に入ってからです。
就職の時期になって、いざ自分の進む道を考えたとき、働きたい会社をイメージできませんでした。
私の希望は、「自分の足で歩いていきたい。スピードも、向かう方向も、休んだり、また歩き出したりも自分で決めて歩いていきたい。」ということでした。
それには、資格を取るのがいいのかなと思い、法学部だったので、司法試験を受けることにしました。
司法試験を受けて弁護士になることをイメージしてみて、悪いことは悪いという仕事、困った人・弱い人を助けることができる仕事、誰かの役に立つ仕事というのが、とてもやりがいのあるように思えたのです。
――どんな学生生活を過ごされたんでしょうか?
普通です。楽しんでました。ちょうどバブルの時代で。
ケーキ屋さんでバイトしたり、実家の工場を手伝ったり、選挙事務所でバイトしたりしました。テニスサークルに入って、みんなで集まっては遊びに行ったり、飲み会をしたり、合宿と称する旅行にもよく出かけましたね。
テニス以外でも、スキーに行ったりゴルフをしてみたり、いろんなことをしました。
大学3年生まででしたけど。
――司法試験浪人時代はどうでしたか?
180度変わりました。それまでは、大学時代はパーマをかけて、ヒールを履いて、ちっちゃなバックを持って出かけてましたけど、受験中は、髪はジーパン履いてリュック背負って図書館に通う毎日でした。
最初はそのうち受かるかなと思っていたんですけど、なかなか受からなくて。全部で6回受けたうち、3回目くらいにこのままじゃまずいんじゃないかと気づいて、後半3年間くらいは大好きなお酒も断ち、さらに戦車みたいになって勉強しました。
何よりも辛かったのは、全くと言っていいほど社会との接点がなかったことです。毎日、家と図書館の往復だけで、親の世話になって自分のことだけして、「私は誰の役にも立っていない」という気持ちが強くありました。「私には存在価値があるんだろうか?」「いったい何をしているんだろう?」と思っていましたね。本当に辛かったです。
「依頼者に納得してもらいたい。だからしっかり準備をします」
――注力されている分野と、その理由をお聞かせください。
依頼が多いのは、離婚や相続をはじめとした家事事件です。その他、医療過誤に注力しています。
離婚や相続の問題は、紛争の根っこには人間関係がこじれていることがあるんです。それが難しいんです。お互いに信頼関係がないし、意地になっていたりもするから、当事者では解決することがなかなか難しい。そういう中で、法律を使いながら解決のお手伝いをできるのが弁護士なんだと思っています。
法律は万能ではありませんが、人間関係の苦しい状況の真っ只中にいる依頼者の方を、その苦しい状況から引っ張り出すことはできるのかなと思います。
そういう思いで日々、離婚や相続の案件に取り組んでいます。
医療過誤は、本当に声をあげることが難しい訳です。誰だってお世話になったお医者さんにそんなことを言っていいんだろうかと思います。でも、やっぱりお医者さんも間違うことはあって、それで苦しんでいる人がいるんです。そういう苦しんでいる人に代わって、「それは違うんじゃないか」と声を上げる。それは間違っていることを間違っていると言いたくて弁護士になった私の仕事かなと思っています。
――仕事をするうえで気をつけられていることは何でしょうか?
当たり前のことですが、きちんと準備をすることです。
例えば、裁判で尋問をする時には、事前に依頼者と何度も練習します。法廷という非日常的な場所では、依頼者も委縮してしまい、言いたいことが言えなくなってしまうことが多いのです。ですから、依頼者と念入りに練習します。
相手方への尋問についても、依頼者と作戦会議をして、相手に何を聞けばこちらの主張に沿うことを答えるか、こちらが言ってほしいことをどうやったら引き出せるか考えます。
やっぱり専門家としてお手伝いするわけですので、きちんと準備をすることは当たり前ですが、とても大切なことだと思っています。
もちろんきちんと準備をすることで結果が変わるし、依頼者の納得感も違ってくるからです。
――弁護士として活動されるなかで、やりがいを感じることは何でしょうか?
華々しい成果なんてないんですけど、やっぱり依頼者が喜んでくれることでしょうか。
依頼者が最初に相談に来られるとき、本当に疲れ切って来られることが多いんです。身も心もボロボロだったりするわけです。そうして来られた依頼者が、事件が解決すると、ぱっと笑顔になって、別人のように雰囲気が変わる。
「先生、ありがとうございました!」とすっきりした明るい表情で言われると、「良かった」と心から思いますね。
私たち弁護士は、いつもたくさんの案件を抱えています。でも、依頼者にとっては、一生に一度あるかないかの大事件です。そこを忘れずに、一件一件、丁寧に対応していきたいと思っています。
――これまで担当された案件のなかで、印象に残っているものは何ですか?
弁護士になって数年目に加わった薬害肝炎の裁判でしょうか。弁護団の先輩弁護士の仕事ぶりを一から十まで近く見て、全国各地の弁護団の会議や裁判にも参加させてもらって、弁護士として必要なことを教えていただきました。特に仕事に対する姿勢を教えていただいたと思っています。
また、原告さんたち過ごした時間も濃密でした。一緒に裁判に行き、講演会をして、議員会館まわりもしたし、街宣活動やテレビ出演をして世論に訴えたり、尋問の準備では話したくない被害の話を私も原告さんも涙を流しながら聞き取ったりもしました。そういう中で、被害者の声の強さを知り、被害者の強さにも驚かされました。
薬害肝炎訴訟は、私の弁護士としての出発点であり、成長させてくれた案件でした。今でもその時の原告の方とは交流があり、一緒にマラソン大会に出たりもしています。
「人の役に立ち、地元の役に立つ。それが原動力です」
――先生は、お休みの日はどのように過ごされていますか?
なるべく体を休めるようにしています。
5年ほど前までは、ひと月に半日しか休まない時もあるくらい働きづめでした。
このままで死んでしまうと思ったので、今は、土日はなるべく休むようにしています。
それでも家庭の用事を済ませたり、家族の行事があったり、滞っている家事や用事をしていたらあっという間に休みは終わってしまいますけどね。
気分転換に、息子の野球の応援に行ったり、娘とヨガしたりもしていますよ。
もう少し余裕ができたら、ジョギングを再開したいし、庭の草木を自分好みにしたいなと思っています。
――今後の展望について、お聞かせください。
弁護士になった頃は、これから必死で働いて50歳になったら弁護士をやめようと思っていたんですよ。
でも、実際に50歳を過ぎた今、全くそんな状況じゃないですね。
まだまだ子どもたちが育ちあがっていないというのもありますが、それ以上にまだまだ人の役に立ちたいというのがありますね。
やっぱり、誰かの役に立っているというのが生きている意味みたいなところがあって、そう実感できることが、私の原動力になっています。いつまで続けられるかは分からないけれど、レベルアップしながらがんばっていきたいですね。
あとは、地元の役に立ちたいと思っています。私の実家は商売をしているので、同じように商売をされている方々が、無用なトラブルに巻き込まれないようにしたいですね。同じバックグラウンドを持つ方々の役に立ちたいです。
――本も出版されていますが、それも「役に立ちたい」というお気持ちからでしょうか?
2019年に『それどげんなると? 法律知識で読み解く福岡・博多』という本を出版しました。砕けすぎてちょっとお恥ずかしいのですが、少しでも法律を身近に感じていただきたくてあえて砕けた内容にしています。法律を知らないことでトラブルに巻き込まれたり、状況がひどくなったりしていると、日々の仕事の中で感じていたので。
内容は、福岡の史実や文化を法律で読み解くとどうなるか、例えば「黒田節の飲み取った槍を、翌朝返してくれと言ったら返してもらえるか?」「西鉄の路面バスが都市高速をそのまま走っているけどシートベルトはせんでいいと?」という感じです。
通常の法律に関する本よりもイメージしやすいものにしたつもりです。
――法律トラブルを抱えて悩んでおられる方に、メッセージをお願いします。
「1秒でも早く相談」でしょうか。
「弁護士に相談していいのかな」「自分で何とかできるんじゃないか」と悩んでいるうちに事態は悪化していきます。私たちに相談に来られた時点で、有利な証拠になるものをすでに失くしてしまったり、捨てていたりすることもあります。証拠が勝敗を決する裁判にとってそれは致命的です。
法律相談をしたからといって、依頼しなければいけないわけじゃありません。相談するだけでもいいんですよ。もっと気軽に、相談に来ていただけたら、と思いますね。