泥臭く、ひたむきに。
運命に導かれた出会い
運命の出会い。そう表現するのがふさわしいと思います。 私が弁護士になったのは、ある人との出会いが大きなきっかけになっています。
私は、幼いころから社会の成り立ちに興味がありました。小学校・中学校では社会科が最も得意で、将来は新聞記者になりたいと思っていました。
高校1年生のある日、父の同級生に偶然お会いする機会がありました。その方は福岡市内で弁護士をされていて、法曹界や弁護士について、にこやかに話をしてくれました。その語り口から、いかに自分の仕事に誇りと情熱を持っているかが手に取るように分かり、私はたちまち法律家の世界に関心を抱きました。
「君が弁護士になることがあったら、僕の事務所にいらっしゃい」
初対面の高校生に“スカウト”じみたことをおっしゃったその先生、もしかすると未来を予測していたのかもしれません。私は次第に弁護士になること以外、考えられなくなりました。家族にも「弁護士になる」と公言し、法学部に進学。司法試験合格を果たしました。
「安武君、待っていたよ。うちで働きなさい」
弁護士になって初めて所属することになったのは、私を“スカウト”してくださった、「あの先生」が所長を務める法律事務所でした。
それから9年間、先生のもとであらゆることを学びました。私が仕事で悩むたびに、親身になって、ときには厳しく、ときには優しく指導してくださいました。その姿は、私を一人前の弁護士にしたいという親心にあふれ、先生の弁護士としての生き方や振る舞い方ひとつひとつには、弁護士業の核となる教えが数多く詰まっていました。
高校生の時に、先生に言われたあの「一言」が私の人生を決定づけました。先生との出会いには、ただただ感謝あるのみです。
「先生……僕はこのまま獄中死したくない」
弁護士になって1年目の春、ある刑事事件で国選弁護人に選任されました。初めての刑事弁護でした。
その事件は、窃盗(スリ)の前科10数犯の60代の被告人がまた同じ罪で現行犯逮捕・起訴されたというもの。人生の半分以上の時間を刑務所で過ごしてきた被告人には、たった一人の身寄りもいませんでした。周りに誰も頼る人がいない状況で、寂しさとやるせなさを感じているのようでした。
そんな被告人の苦悩を目の当たりにして私は、「弁護士としてこの人のために何かできることはないか」と、連日のように接見に通い詰めました。
ある日のこと、彼が小声でこう呟きました。
「ずっと悪いことばかりしてきて、人生の中で半分以上を刑務所で過ごしてきました。だんだんと人生も終わりに近づき、このままだと刑務所の中で死ぬことになるかもしれない。でも刑務所の中で死ぬのは、あまりにわびしい。獄中死だけはしたくありません…」
この言葉が私の心に引っかかりました。
もちろん、事件内容や前科から実刑は免れません。 しかし、これまでの彼の生い立ちや苦悩、そして反省の気持ちをなんとか裁判所に理解してもらえないだろうかと思い、裁判ではできる限りの努力をしました。
そして最終的に、予想された刑期よりもはるかに短い刑期の判決をいただくことができました。
「一生懸命弁護していただいてありがとうございました。控訴せずに、刑に服します」 彼の顔はとても晴れやかでした。
それから数年後。私のもとに一通の手紙が届きました。
“先生、覚えていますか?以前お世話になった者です。 先日、刑務所を出所いたしました。二度と同じことを繰り返さないよう、一生懸命生きていきます”
涙の出る思いでした。私が弁護士として活動することで、その人の人生が少しでもいい方向に向かうのであれば、この仕事には大きな価値がありますし、甲斐があります。
「お手紙ありがとうございました。どうかお身体に気をつけて、頑張ってください」と、お返事を出しました。

ごまかしのない仕事を、積み重ねる
現在、弁護士業の傍ら、法学部や法科大学院で教鞭を執っています。勉強熱心な学生と時間を過ごすのは、私にとっても大きな刺激になります。少しばかり先に法曹として働き始めた私の立場から、法曹を目指している学生のみなさんに、よく申し上げることがあります。
それは、自分がなぜ法曹になりたいと思ったのかを常に考えなが努力してほしい、ということ。
弁護士というと「若い頃から先生と呼ばれる誇り高い特別な仕事」とか、「テレビドラマで見るようなかっこいい仕事」と思われがちなんですが、実際にはとても地味で、忍耐のいる仕事です。
弁護士の仕事に、「模範解答」はありません。また、結果にたどり着くための「近道」も「特効薬」もありません。 もちろん、専門知識は積み重ねることによって仕事の役に立ちますが、事件を解決するために必要な方法論や、その事件にふさわしい着眼点というものは、教科書だけ読んでいても身につきません。
だからどんな事件であっても、ひとりひとりの依頼者に得心してもらうために、妥協を許さず、ごまかしのない仕事を積み重ねるしかないのです。
また、事件を通じて、依頼者などから学ぶことも、気づきを得ることも多いです。素直に人の話を聞くことができることも、弁護士として必要な素養であると考えます。相手の話をきちんと理解しそれに対する自分の考えを的確に伝え、正確に理解してもらうこと。簡単なようですが意外と難しい作業です。
と、偉そうなことを言うようですが、私も若い時は少し尖っていました。視野が狭かった部分もあったと、いまさらながら反省しています。ですが、だからこそ、これからの法曹界をリードする若手のみなさんにお伝えしたいのです。
これからも、次世代の法曹界を担う若手と切磋琢磨し、一緒に成長していきたいと思っています。
なぜ世の中に「弁護士」という職業が存在するか
私にとって最も大事なことは、大きな事務所を構えているとか、どれだけ稼いでいるかとか、そういうことではありません。
私の時間と労力をどれだけ人のために使えるか。
この一言に尽きます。
これまでさまざまな事件を経験する中で実感することは、人間は決して強い存在ではなく、生き抜いていくことは想像以上に難しいということです。
この世に生を受けてから死ぬまでの間、風邪ひとつひかず、一度も揉めごとに巻き込まれないという人は、おそらくいないでしょう。そう考えると医師や弁護士という専門職は、人が生き抜くために必要な職業であり、人が人として生きていくための大事な節目を担う仕事であると言えます。
だから、自分の弱いところや本当は内密にしたいことをさらけ出し、人生や自分自身を取り戻そうとしている人がいる限り、 私自身が持つものを総動員して、お役に立ちたい。
それが専門職という職業を選んだ私の果たすべき役割なのです。
「辛いこともあったけど、安武先生を頼ってよかった。やっと納得できた」と言ってもらえるような“いい仕事”を一つずつ増やしていくこと。 それこそが私の夢であり、永遠の目標です。
人に頼る勇気
法律事務所にお越しになる人は、思いがけないトラブルに巻き込まれ、心身ともに疲弊されています。「全部自分のせいだ」と思い詰め、「誰にも知られたくない」と悶々とされている方も珍しくありません。
今もこのページを見ながら悩まれている方がいたら「ひとりで考え込まないで、誰かを頼ってもいいのですよ」とお伝えしたいです。
まずは一番相談しやすい人・信頼できる人に打ち明けてみてください。 辛い時、誰かに助けを求めることは、当たり前のことです。恥ずかしいことではありません。誰しもが誰かに支えられて生きています。 私自身も家族や友人、恩師をはじめ、いろいろな方の支えがあってここまで来ることができました。
トラブルを抱え、専門家の助力が必要な方は、いつでもご相談にお越しになってください。全力でサポートいたします。
