「許せない」思いを抱えた遺族・被害者に寄り添い、医療過誤事件を解決へと導く
社会問題に興味を持ち、医療過誤事件に関わるように
ーー弁護士を志したきっかけを教えてください。
大学の法学部に行ったというところがまずは最初かなと思います。法学部を選んだ理由は『仕事に使える学問』だということ。その一方で、社会問題にも興味があったので、自然と法律家を目指すようなりました。
ーー先生は医療過誤事件に強みを持たれていると思います。医療過誤事件に興味を持った経緯は?
これは今でも一般的に言われていることなんですけど、学生の時に『医療過誤事件は患者側の勝訴率が低い』という新聞記事を読んだことです。
ーー先生が所属されている『九州合同法律事務所』は、医療過誤事件に長年取り組まれている事務所です。事務所HPでは「当事務所の先生がたの仕事ぶりに感銘を受けて」入ることになったと書かれていますが、修習生時代に、方向性がある程度決まったということなんでしょうか。
そうですね。司法試験に合格して修習生になり、配属されたのがうちの事務所で、それ以来ずーっといます。でも、配属されたのはたまたまなんです。なぜか福岡は、修習生を五十音順に振り分けていくんですよ(笑)。だから、私の修習生は「井上さん」とか「上野さん」みたいな感じです。
ーー先生の苗字が安倍じゃなかったら、違う事務所に行っていたかもしれないと。
そうですね。ただ、当時から医療過誤事件には興味があったので、うちの事務所にも訪問するつもりではいました。だから、訪問する手間が省けたと言いますか(笑)。
ーー社会問題にも興味があったということですが、なにか勉強されていたのでしょうか。
大学生の頃、社会問題を扱う本を読んで議論するみたいな、真面目なサークルに入っていました。活動のなかで、公害問題を扱う先生に話を聞きに行く機会もあり、新潟水俣病訴訟に関わられていた坂東克彦先生の事務所を訪ねて、お話を伺ったこともあります。
専門家の協力で和解・勝訴を勝ち取る
ーー医療過誤事件は医学的な知識も必要と思います。どんな風に勉強を?
私は事件によって勉強する感じですね。ただ最初はもう、カルテを見てもちんぷんかんぷんでした。何を書いてるかさっぱりわからず、カルテ用語辞典を読んで、すべての用語を調べていましたね。今だったらネットに打ち込んで調べるんでしょうけど、わたしが弁護士になった2000年頃はネット検索はまだまだなくて。
ただ、勉強と言っても医療過誤事件で弁護士がする作業は、医者とは異なっています。医者はどういう病気かを、症状から当たって判別し、命に関わる病気の場合は素早く処置する、というようにやっていくと思うんですけど、わたしたちの場合はもう結果が生じています。たとえば死亡診断書や退院時のサマリー(要約)などの経過がまとめられた書類から入って、その原因を探っていく……という、事件の分析が仕事なんです。つまり、医者とは順序が逆なんです。
ーーレントゲン写真を見て、なんの病気かを自分でもわかる…みたいなのではないんですね。
そうですね。医療過誤事件では、患者さんが別の病院へと移っていることも多いです。救命救急だったり、より高度な医療機関に移って治療されることが多いからなのですが、そこの担当医の意見を訊くと「この時点で手術すべきだった」(より早い時点で外科手術に踏み切るべきだった)ということがわかります。そういう時に「先生だったらどう治療されますか?」と尋ねて、問題点を言ってもらいます。
ーー専門家に協力を仰ぎつつ、お仕事を進められると。
後のお医者さんのことを、わたしたちは『後医(こうい)』と呼んでいるんですけど、彼らが問題点を指摘してくれると、責任追及に近づきます。法律以外の専門家の話が聞けるところは、仕事をしているなかでも大変興味深いところですね。
被害者・遺族に寄り添い、最後は笑顔でお別れ
ーー医療過誤事件では、家族を失ったり、自分自身が後遺症を抱えるなど、辛い状況に置かれた方も多いです。接するうえで意識していることは?
間違った結果が起こってしまって、ご家族が大変な被害を受けてというところから始まるので、医療過誤はどうしても辛いスタートになることが多いです。ご遺族の中には「家族を返してほしい」という思いがとても強かったり、「刑事告訴してほしい」とおっしゃって、実際にそうされる方もいらっしゃいます。病院側に、大変厳しい感情を抱いている方も少なくありません。ご本人の場合も、ご自身で思いを訴えられるとは言え、「元の体に戻らない」という絶望を抱えた状態での出会いから始まります。ですので、気を遣うことは多いですね。
ただ、時が解決するところもあってですね、「許せない」という気持ちから次第に「自分と同じような思いをする人を出さないでほしい」という、再発防止を望む気持ちへと変化する方も増えていくんです。すごく厳しい感情を抱いておられた方が再発防止を願うようになって、一定の解決を見たときに、色々他愛ない話も含めて談笑して別れることができる……そういうことがあると、わたしも「やって良かったな」って思いますね。
ーーインタビュー冒頭、弁護士を志した頃のお話で「医療過誤事件は患者側の勝訴率が低い」とおっしゃっていました。
じつはこの『勝訴率が低い』という言葉にも色んな意味があってですね。どういうことかと言うと、ほとんどの医療過誤は『和解』で解決するんです。明らかなミスがあったり、賠償責任を問われる可能性が高いとわかっている場合には、病院側もミスを認め、加入している賠償責任保険で賠償金を支払う。訴訟を起こす前に和解・示談で解決することが多いという意味で、そもそも提訴に至るケースが少ないんですよ。
だからこそ、提訴に至るケースは難しいことが多いのも事実です。責任追及が難しかったり、もしくはどうしても双方の折り合いがつかず、提訴に至るとか。そうして起こした訴訟も、大部分は和解で解決します。訴訟でも和解に至らず、判決をもらうことになると、勝訴判決の率は自ずと低くなる傾向にあるというわけです。
ーーそういう意味もあっての『勝訴率が低い』なんですね。医療過誤事件に専門性を持って取り組む弁護士は全体的にも少数と思いますが、その分、他の地域からの相談も多いのでしょうか?
そうですね。ただ、そうなると医療機関も他地域になるので、相談があっても、費用負担の観点から「オススメしないですよ」とお伝えすることが多いです。医療機関が他県にあると、そこで裁判も行われますので。
その場合、医療過誤事件に強い、その地域の弁護団や研究会の相談窓口を紹介することが多いです。医療過誤事件はどうしても医療知識が必要で、難しいことは確かなわけで、だからこそ我々も全国の患者側弁護士で交流会を開催し、情報交換をして研鑽を積んでいます。今は、コロナの関係でなかなか集まれないんですけど。
学生時代から美術鑑賞が好き。今はロードレースに夢中
ーー大学・受験生時代は京都と伺いました。具体的にどんな過ごし方を?
自転車で、友達と相当色んな神社仏閣を回りましたよ。有名なところで言うと鹿苑寺(金閣寺)・慈照寺(銀閣寺)とか。マニアックなところで言うと苔寺(西芳寺)とか、桂離宮や修学院離宮ですね。
しかもあの頃は、桂離宮や修学院離宮は宮内庁に往復葉書に拝観希望日を書いて申し込む必要がありました。今は申し込み方法も変わっているかもしれませんね。もともと京都に住んでみたかったので、京都生活を満喫していましたね。
昔から美術鑑賞が好きで、奈良に行ったこともありました。印象的だったのは、興福寺で見た阿修羅像。10年ほど前に、九州国立博物館(※)に来たことがあって、「まさか九州に来るとは…!」と思いましたね。他にも、もうだいぶ前になりますがスペインを訪れたときはまだまだ建設現場のようだったサグラダ・ファミリアに行ったり、バレンシアの火祭りも見ました。(※編集補/平成21年の『興福寺創建1300年記念国宝阿修羅展』)
ーー今はどんな風に休日を過ごされていますか?
家族と過ごしていますね。あとはロードレース鑑賞にハマってます。
ーーロードバイクの、長距離レースですね。
東京オリンピックでも放送されていましたが、きっかけは夫が『J SPORTS』でツール・ド・フランスやジロ・デ・イタリア、ブエルタ・ア・エスパーニャなどのレースを見ていたことです。
ーー余談ですが、僕もロードバイク乗るんですよ。
そうなんですね! 何に乗ってるんですか?
ーーキャノンデールです。
そうですか、はいはい! わたしはハートマークがかわいいデローザ(ウーゴ・デ・ローザ・エ・フィーリ)に一時期乗っていたんですけど、たまに乗ると背中や腰やら全部痛いので(笑)。 今は見る専門ですね。
法律トラブルは早めに相談を。
ーー今後の展望を聞かせてください。
仕事と家庭の両立があるので、正直今はそんなにバリバリ仕事はできていないんです。だから、まずは無理のない範囲で両立してやっていきたいですね。医療過誤事件はどうしても一件一件時間がかかるので、そんなにたくさんは抱えられないんですよ。
ーー最後に、法律トラブルを抱えて悩んでる方にメッセージをお願いします。
「何かおかしいな」「納得がいかない」というときは、早めにご相談いただければと思います。そのまま抱えていると、取り返しがつかないことになる場合も法律トラブルでは結構あるので。
また、今回は医療過誤の話を多くしましたが、弁護士ドットコムさん経由の電話では離婚関係のご相談が多いので、そういった方もお気軽にご相談いただけますと嬉しいです。