本来の自分を取り戻したとき、人生は再始動する
「社会の医者になりたい」
実は私、幼い頃から、医者になろうと思っていたんです。
小さい頃から、怪我をしたらいつも自分で手当てしてみたりと、医者の仕事自体にも興味がありましたし、私の家族が心臓発作で倒れた時に医師がスピード感溢れる処置で助けてくれた場面に遭遇したこともあって、人の命を救うことができる医者という仕事に心底憧れていました。
しかしある時、学校の先生に「君は白黒ハッキリつけるのが割と得意だし、将来は、弁護士や検察官などの法曹も向いてるんじゃないのか」と言われたんです。
それまでは法曹になることなど考えたこともなかったんですが、「健やかな社会づくりに貢献できる法曹の仕事には、人の健康を守る医者の仕事と同じような魅力があるな」と、だんだんと興味が湧き、最終的には生涯の仕事に弁護士を選びました。
大学進学を機に、高校生まで過ごした大分から福岡へ。猛勉強を重ねた末、2004年に同じ福岡県で弁護士登録を果たしました。
弁護士人生を変えた薬害訴訟
初めて就職した福岡市内の法律事務所では、事務所の先輩弁護士たちがC型肝炎訴訟に力を注がれていて、私もその仕事のお手伝いをすることになりました。
C型肝炎発症には、さまざまな原因があり、そのうちのひとつが、「止血剤に混入していたC型肝炎ウィルス」です。
もう少し詳しくお話しすると、例えば、出産時に大量出血をしてしまった患者さんがいた時、お医者さんはそのショック状態から回復させるために止血剤を投与します。そして患者さんも、その時はその止血剤のおかげで命を取り留めます。ところが、出産後しばらくすると急激に体調が悪くなる。そういう患者さんがたくさんいました。
当時はまだその症状の原因は分からず、責任の所在も明確になっていませんでした。
自分が産んだ赤ちゃんも抱けないほど、酷いだるさに襲われる毎日。 そしてそのだるさが“原因不明”であるがゆえに、配偶者や家族にも理解してもらえず、離婚を余儀なくされた人もたくさんいました。
私たち弁護団は、そういった患者さんに、全国を回って話を聞きました。
そして最終的には、患者さんたちに原因を提示することができ、失われた時間やこれからの生活に対しての責任を国に認めてもらうことにも成功しました。
この薬害訴訟に携われたことで、私の弁護士人生は大きく変わりました。
法律で人権や人の暮らしを守ることの意味を知り、弁護士の仕事に無限大の可能性を感じ始めたのです。

声をあげられない人にこそ、法の光が必要
福岡で目まぐるしい毎日を送っていたある日、私は、弁護士である友人から連絡をもらいました。
「弁護士が足りない。君も手伝ってくれないか」
電話口の彼は、その時すでに愛媛県内のひまわり基金法律事務所で働いていました。
ひまわり基金法律事務所とは、弁護士過疎を解消するために弁護士過疎地に設置される公設の事務所のことです。 2018年現在も、福岡県内の弁護士数が1,280人以上なのに対し、愛媛県内では160人あまりと、その差は歴然です。
薬害訴訟経験を通して、「声をあげられない人にこそ、法の光を当てないといけない」と考え始めていた私は、弁護士過疎地域において、適切な法的サービスを求める声が多いことを知り、すぐさま愛媛県弁護士会へ登録替えを決意いたしました。
愛媛県に登録替えをして、もう10年以上が経ちます。
個人の方から離婚や相続の相談を受けることもありますし、企業の方から従業員のトラブルの相談を受けたり、労務に関するアドバイスを求められたりもします。また、時には刑事事件に巻き込まれた方からご相談を受けることもあります。
弁護士が少ない地域ですので、依頼者の方にとって、弁護士に対する敷居は自然と高くなってしまいがちですが、 いつでも気軽に頼っていただけるような存在であれるよう、私は「一緒に考える」というスタンスを大事に活動をしています。
依頼者と一緒に考え、一つ一つ不安を取り除いていく仕事を積み重ねることで、これまで声をあげられずにいた方が、弁護士をだんだんと信用できるようになり、声をあげようと思うきっかけになれば、こんなに嬉しいことはありません。
忘れられないミス
後悔していることがあります。
先ほど「一緒に考えるスタンスを何よりも大事にしている」と申し上げましたが、これは、実は若い頃のある“失敗”から学んだことなんです。
弁護士になりたての頃に担当したある事件。交渉が難航したその事件は、裁判にまでもつれ込みました。 裁判になると、何よりも重要なのが「証拠」です。 私は必死で証拠集めに奔走、有利になるであろう証拠を見つけ出しました。
するとそれと同じ頃、依頼者が直々に「これは使える証拠だと思います」と言って、別の証拠を持ってきたんです。しかしそれは、時系列の側面から考えて、有効なものであるとは言えず、私はその証拠を裁判所へ提出しませんでした。
私の見立て通り、依頼者から提供された証拠がなくても裁判はうまく進み、依頼者の希望通りの結果を出すことができました。相手方とも、円満に示談できたこともあり、この仕事は成功したと思いました。
しかし、事件後、依頼者からは感謝されるどころか、不満の言葉をぶつけられました。
「納得のいく結果のはずなのに、どうしてなのか」と尋ねると、「僕の中ではあの証拠が全てだった」と言われたんです。
ハッとしましたね。 よく考えてみれば、依頼者が提出してくれた証拠は、大変な思いをして得たものかもしれないし、本当は気が引けていたけど、勇気をふりしぼって提出してくれたものかもしれない。
十分なコミュニケーションが取れていないにもかかわらず、それに気づかず、私が独りよがりな弁護活動をしてしまったんですね。
これは、まぎれもなく私のミスです。 今思い出しても、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。 でも、どんなに悔やんでも、“後悔先に立たず”です。
この失敗を二度と繰り返さないように、生涯をかけて、依頼者の気持ちを大事にする弁護活動を貫いていこうと心に決めています。
依頼者は何にこだわるのか。そしてなぜそれにこだわるのか。
いつも気持ちに寄り添い、結果だけでなくプロセスにおいても依頼者を満足させられるような仕事を徹底していきたいのです。
人に甘える勇気
法律相談をしていると、「この人は一体どれだけのことを我慢してきたんだろう」と、私の方が心苦しさを感じてしまうことが多々あります。
なにか大きなトラブル抱えるだけでも辛いことなのに、それに加えて、誰にも相談できないという状況であれば、不安や焦りは倍増してしまいます。
さらに、その大きなトラブルについて一人で悶々と考え込んでしまうと、悪い方向にばかり考えてしまって、頭も心もなかなか切り替えられなくなってしまいます。
「よく眠れない」「食欲が出ない」と、体調を崩してしまう方も少なくありません。これは完全に負のスパイラルそのものです。
他人に迷惑をかけまいと気丈に振る舞うことも大事ですが、あなたの人生をあなたらしく生きていくために、時には勇気を持って、他人に甘えてみてください。
「苦しい」「辛い」と言うだけでも、楽になることがあります。
あなたが心から納得できるその瞬間まで、私が責任を持ってお力になりますので、お困りの方は早めにご相談ください。
