Interview

生成AIで進化が加速。リーガルブレイン開発室が切り拓く、リーガルテックの新時代

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リーガルブレイン

  • #テクノロジー
  • #生成AI
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生成AIで進化が加速。リーガルブレイン開発室が切り拓く、リーガルテックの新時代

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2023年5月にリリースされて大きな反響を呼んだ、生成AIを用いた法律相談チャットサービス「弁護士ドットコム チャット法律相談」。弁護士ドットコムが掲げる「リーガルブレイン構想」実現への最初の一歩に位置づけられ、以前からアイデアを温めていたものの、実際のプロダクトの開発にはなかなか踏み切れずにいました。その理由と今後の展望について、リーガルブレイン開発室を率いる田上嘉一と稲垣有二、エンジニアの伊藤嘉洋に聞きました。

【Profile】
田上嘉一(弁護士ドットコム株式会社 元取締役)
早稲田大学大学院法学研究科卒業。アンダーソン・毛利・友常法律事務所に入所し、企業のM&Aや不動産証券化などの案件に従事。 2010年、Queen Mary University of Londonに留学。2012年、アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業に復帰し、2013年グリー株式会社に入社、法務や新規事業の立ち上げに携わる。2015年7月に弁護士ドットコム株式会社に入社。2017年4月より執行役員に、2019年6月より取締役に就任。

稲垣有二(リーガルブレイン開発部 部長)
名古屋大学卒業後、株式会社ワークスアプリケーションズに入社。エンジニア・プロダクトマネージャーとして大企業向けERPの開発に携わる。その後、株式会社リクルートライフスタイルでAirレジのプロデューサー、トラボックス株式会社でのSaaS事業責任者を経て、2024年、弁護士ドットコムに入社。リーガルブレイン開発責任者を務める。

伊藤嘉洋(リーガルブレイン開発室 rasenganチーム)
複数の企業でサーバーサイド開発に携わり、2020年、弁護士ドットコムに入社。クラウドサインの開発に携わり、2023年2月、Professional Tech Labの設立に伴い異動。異動から1年足らずの間に「弁護士ドットコム チャット法律相談」と「弁護士ドットコムLIBRARY AIアシスタント」をローンチさせた功績により、19期年間MVPを獲得。設計からインフラ構築、実装までこなすオールラウンドプレイヤー。

ChatGPTの登場によりリーガルブレイン開発プロジェクトが始動

田上嘉一(弁護士ドットコム元取締役)

──まずは、リーガルブレイン開発室でみなさんがどのような役割を担っているのか教えてください。

田上:リーガルブレイン開発室は、当社が長年温めてきた「リーガルブレイン構想」を実現すべく設立された部署です。私は室長として全体を統括しています。

稲垣:私は田上さんのもと、開発責任者兼プロダクトマネージャーとしてチームを率いる役割を担っています。

伊藤:ソフトウェアエンジニアとして、生成AIを活用したプロダクトの開発に携わっています。担当領域は、インフラ構築やフロントエンド、バックエンドの実装まですべてやる、という感じですね。

──リーガルブレイン開発室は、昨年できた比較的新しい部署だそうですね。まずは設立の経緯から教えていただけますか?

田上:当社は「専門家をもっと身近に」をテーマに掲げ、長年にわたってさまざまなウェブサービスを展開してきました。「弁護士ドットコム」や「税理士ドットコム」が代表例で、いずれも専門家の知見を使い、世の中の社会課題を解決しようとするものです。そうした取り組みを20年以上つづけてきた結果、社内には膨大な量のリーガルデータが蓄積されつつあります。

たとえば「弁護士ドットコム」の理念に賛同して会員登録をしてくださる弁護士の数は、2万人以上。それだけでもかなりの情報量になりますが、加えて言えば、「弁護士ドットコム」内に設置する無料の法律相談所「みんなの法律相談」へ寄せられた相談の累計は130万件以上にのぼります。

そして、2020年に約2000冊の法律書籍を検索・閲覧することができるリーガルサーチサービス「弁護士ドットコムLIBRARY(弁護士ドットコムライブラリー)」を開始したことで、書籍自体に関するデータはもちろんのこと、ユーザーがどのように書籍を検索しているか、どのように閲覧しているかといった“使い方”に関するデータも集まってきています。さらに、判例データベース「判例秘書」の開発および提供を行う株式会社LIC(エル・アイ・シー)がグループにジョインし、法律の実務家にとっては非常に重要な「判例」というデータも活用できるようになりました。

それだけ膨大な法律にまつわるデータにAIを組み合わせれば、これまでにない画期的なプロダクトをつくることができるのではないか。そんな可能性を以前から模索していたものの、AIの技術的な制約や限界が足かせとなり、プロダクトの開発には踏み入れずにいました。その状況を一変させたのがChatGPTの登場です。

ChatGPTが出てきた当時、「人間のように自然な会話ができる!」と世界に驚きをもたらしたのは記憶に新しいところです。われわれも衝撃を受けるとともに、ChatGPTのような生成AIを使えば、これまで二の足を踏んでいたプロダクト開発に着手できると確信しました。そこで実際に開発を始めるべく設立されたのがリーガルブレイン開発室です。

半年間で2つのAIプロダクトをリリース

伊藤嘉洋(リーガルブレイン開発室 rasenganチーム)

──生成AIを活用したプロダクトの第一弾として、2023年5月に「弁護士ドットコム チャット法律相談」をリリースしていますね。

田上:第一弾のプロダクトとしてどんなものがふさわしいか考えたときに、まずは専門家だけでなく一般の方々にも広く使ってもらえるようなものを出そうと。そこで着目したのが、先ほども触れた「みんなの法律相談」です。

「みんなの法律相談」に寄せられた130万件以上の相談や回答といったデータを用いてAIに学習させれば、AIが自動的に法律相談に回答するプロダクトをつくれるよね、と始まったプロジェクトでした。ここにいるエンジニアの伊藤くんがチームを率いてクオリティの高いプロダクトをつくってくれたんです。

──伊藤さんはAI関連プロダクトを開発した経験はあったのでしょうか?

伊藤:いえ、まったく。これまでやってきたのは一般的なウェブアプリケーションの開発だけで、機械学習やAIに関わったことはありませんでした。世間を見渡しても、当時は一般ユーザー向けの生成AIを組み込んだアプリケーションの事例が乏しく、まずは独学で言語処理や機械学習の知識を身につけるところからのスタートとなりました。

知見がないことにも苦労しましたが、開発を通してもっとも難しかったのは、ユーザーに満足してもらえるレベルの回答精度を担保することです。プロダクトを共同開発する外部のエンジニアの方々にもアドバイスを仰ぎながら、これならリリースできるだろうというクオリティに達するまで試行錯誤を繰り返しました。

田上:そうして完成したプロダクトを実際にリリースしたところ、テレビや新聞、雑誌をはじめとするメディアに取り上げられるなど、非常に大きな反響がありました。生成AIはまだ進化の過程にあり、つねに完璧な回答を出せるわけではありませんから、ネガティブな反応も少しはあるだろうと覚悟していたんです。けれども概ねポジティブな評価をいただくことができ、われわれのほうが驚いたくらいです。


──その後、2023年9月には第二弾のプロダクト「弁護士ドットコムLIBRARY AIアシスタント」をリリースしています。こちらはどういったサービスなのでしょうか。

田上:第一弾が一般向けのプロダクトだったので、次は法律の実務家にフォーカスしたものをつくろうと。先ほどお話した、弁護士向けのサービス「弁護士ドットコムLIBRARY」だけでも、弁護士の方々からは「業務効率の改善につながった」と好評をいただいていましたが、それでも事案ごとに論点を整理し、関連書籍を探すのには結構な時間がかかっていました。

その課題を解決するために、弁護士ドットコムLIBRARY AIアシスタントは、ユーザーが文章形式で質問を投げかけると、AIがその文脈を理解し、検索ワードが含まれている・いないにかかわらず、関連する書籍のページを見つけ出して表示します。わかりやすく言うと、図書館の司書に「こういう本を探してるんだけど、ありますか?」と聞いたら「ここにありますよ」と教えてくれるようなイメージ。さらに、AIが複数の書籍をベースに論点を整理し、サマリーを自動生成します。

こちらもユーザーからの反応は上々で、「思っていた以上に使い勝手が良い」「他社のライブラリーサービスと迷っていたけれど、AIのプロダクトが出たのでこちらを選んだ」など、うれしいお言葉をたくさん頂戴しています。


──2023年5月に「弁護士ドットコム チャット法律相談」、2023年9月に「弁護士ドットコムLIBRARY AIアシスタント」と、立て続けに2つのプロダクトをリリースしたんですね。

田上:アイデアを思いつくことは誰にでもできますが、考えているだけでは意味がないですよね。実際につくってみると計画通りにいかないことだらけだし、プロダクトのリリースまで漕ぎ着けたとしても、それで終わりではありません。ユーザーからのフィードバックを得て改善しながら良いサービスに育てていくものだと思うんです。

なので、今後もスピード感をもってプロダクトを出していくことを大切にしたいです。ちなみに、エンジニアの伊藤は短期間で2つのプロダクトをつくったことで、社内の年間MVPを獲得しました。ねえ、伊藤くん。

伊藤:はい、おかげさまで。ただ、第二弾のプロダクト開発からは自走できる優秀なエンジニアが増えたので、僕だけの力ではないんです。

AIが弁護士業務の一部を代替する時代へ

──お話をうかがっていると、いまも水面下で開発が進んでいる新しいプロダクトの計画がある気がするのですが……。

稲垣:実は、あります。ひとつは法務向けのリーガルリサーチサービスで、2024年8月のリリースをめざしています(2024年7月取材)。たとえば弁護士が依頼者から法律相談を受けた場合、その相談に関連する法令、判例、政府が発表するガイドライン、専門書籍と、検索対象は多岐にわたります。そういった作業を、弁護士の先生方や法務の方々は膨大な時間をかけて行っているんですね。

現在開発中のリサーチサービスは、法令から専門書籍まで、さまざまな情報を一度の検索で探し出します。しかも、弁護士ドットコムLIBRARY AIアシスタントと同様に、AIが質問の文脈を読んで検索ワードに含まれない関連情報もサーチ結果として提示するという、まさに人間の作業工程と同じような働きをしてくれます。

田上:検索結果に対してさらなる質問を投げ、双方向の会話をすることもできる。実現すれば、かなりのインパクトを与えられるのではないかと思っていますが、ネックはやはり精度の高さだよね……。

稲垣:リーガル領域って独特で、どうしても質問が複雑になってしまうのに加え、データも複雑なんです。どのような指示に対してAIがどのようなふるまいをするのか、最高のサーチ結果を出すにはどうすればいいのか、社内外の弁護士にも検証に参加してもらって試行錯誤しているところです。

──弁護士や法務の業務のあり方を根底から変えうる、すばらしいプロダクトですね。リリースを心待ちにしています。それでは最後に、リーガルブレイン開発室の今後の展望をみなさんに聞いてよろしいでしょうか。

伊藤:まずは、予定通り8月に新しいプロダクトをリリースすること(2024年7月時点)。そして、リリース後も改善を重ね、より良いプロダクトに育てていくこと。このところリーガルテック界隈が勢いづいてますが、そうしたことには気を取られずに目の前の業務に集中したいですね。こと法律分野に関しては自分たちの持つリーガルに関するデータが最良のものだと信じ、それを活かしてクオリティの高いプロダクトを次々とつくっていく。それが直近の目標であり、永遠の目標でもあると思っています。

稲垣:リーガルブレイン開発室が手がけるプロダクトは技術面では先進的かもしれませんが、お客様の声に耳を傾け、課題を解決するためのサービスをつくるという意味では、本質はこれまで我々がやってきたサービスづくりと変わりません。これからも法の専門家に「わかってるな」と喜んで使っていただけるような、愛されるプロダクトをつくっていきたいです。

田上:長年ビジネスを続けてきたことでリーガルに関するデータが貯まってきたタイミングと、待ち望んでいた技術が実現したタイミングがたまたま重なったという事実に、個人的には運命的なものすら感じていて。もしかしたら私はリーガルブレイン開発室でプロダクトをつくるために、10年近くこの会社にいたのかもしれない──なんて言うと、「田上さん死ぬのかな?」と心配されそうですが(笑)。

今後もとにかくプロダクトをどんどんリリースして多くの人に活用してもらい、社会的なインパクトを出していくことができれば。当社にとっても私にとっても、この数年が大きなターニングポイントになる気がしています。