“啓発”と“ジャーナリズム”の両輪で独自路線を爆走。進化をつづけるWebメディア「弁護士ドットコムニュース」
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弁護士ドットコムニュース
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弁護士を中心とした専門家と連携し、事件や社会問題など話題のテーマを法的観点でわかりやすく伝えるニュースメディア「弁護士ドットコムニュース」。さまざまなニュースメディアが乱立するWebメディア業界において独特の存在感を発揮しているように見える弁護士ドットコムニュースは、どのようにしていまのポジションを築いたのでしょうか。メディアの歴史や今後の展望について、編集長の山口紗貴子と記者の猪谷千香に聞きました。
- 【Profile】
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山口紗貴子(弁護士ドットコムニュース編集長)
弁護士ドットコム編集長。慶應義塾大学総合政策学部卒業。新潮社で週刊新潮や書籍部門などに在籍し、2015年、弁護士ドットコムニュースの記者として弁護士ドットコムに入社。2024年4月から現職。
猪谷千香(弁護士ドットコムニュース記者)
明治大学大学院博士前期課程考古学専修修了。新聞記者、ニコニコ動画のニュース編集者を経て、2013年にはハフポスト日本版の創設に関わり、国内唯一のレポーターとして活動。2017年から弁護士ドットコムニュース記者。著書に『つながる図書館』(ちくま新書)、『ギャラリーストーカー 美術業界を蝕む女性差別と性被害』(中央公論新社)などがある。
啓発メディアからスタートし、徐々に役割を拡大
──弁護士ドットコムニュースは、弁護士ドットコムが展開する複数のサービスのなかでも最も古いサービスのひとつです。まずはメディアの歴史について教えてください。
山口:編集部ができたのは2012年です。当時、「世の中のニュースを弁護士がわかりやすく解説する」スタイルの記事をつくるメディアはほとんどなかったと思いますが、芸能人の離婚から政治経済の問題まで、私たちが日々触れるさまざまなニュースの多くには、法律が関係します。それらに弁護士による法的観点の解説を加えて記事にすれば、「こんなことにも法律が関係するんだ」と多くの方に周知することができる。「弁護士をもっと身近に」という弊社の理念を実現すべく、創業者である元榮(もとえ)太一郎が始めたニュースメディアです。
その後、記事をYahoo!ニュースに配信するようになってメディアの認知度が飛躍的に向上し、2014年くらいから独自取材の記事が増えていきました。立ち上げ当初の記事は新聞やテレビのニュースに弁護士の解説をつけたものが中心でしたが、新聞社出身の記者が増えたこともあり、自分たちで取材したほうが早いんじゃない? と感じる機会が増えたんですね。
そこで、まずは記者会見の模様をストレートニュースとして配信しようとしましたが、われわれは記者クラブに加盟していません。記者クラブが中心の記者会見に参加するにはどうすればいいのかのリサーチからはじめて少しずつ範囲を拡大し、記者会見以外の独自取材もするようになりました。

──現在の編集部の体制は?
山口:外部のライターさんたちを含めたメンバーで、1日に2〜5本の記事を配信しています。専門性を活かした取材記事を中心に動く記者、弁護士による法律解説記事を手がける編集者など、メンバーの個性を生かしてゆるやかに担当を分けてはいるものの、私が編集長になってからは業務を属人化し過ぎずみんなでシェアする方針を掲げています。
猪谷:私は弁護士ドットコムに入社するまでに新聞社やWebメディアの編集部で勤務してきましたが、これまでの職場に比べて編集部内のコミュニケーションが密だなと感じます。たとえば新聞社の場合、一匹狼の遊軍記者的な人が編集部内に複数いて、ほかの記者が何をやってるのかよくわからなかったりするんですね。デスクはすべて把握しているけれど、記者同士は記事が出て初めて「この人こんな取材してたんだ」とお互いの仕事を知ったり。
その点、弁護士ドットコムニュースは記者個人の得意分野を取材させてくれつつもチームで動くので、懸念や不安があればすぐ同僚に相談することができます。ほかの人たちが何をしているのかわかる風通しの良さがありますよね。
山口:日々公開する記事の数こそそれほど多くないですが、年間365日更新しています。その体制ですべてを属人化すると、特定の人に業務が偏ってしまいます。また、取材が得意な記者を、法律に詳しい編集者がバックアップすれば、より深い記事ができる。ネットメディアならではの速報性や機動性を担保するためにも、業務の可視化と共有が必要なのかなと。
たとえばいま猪谷さんには「家族」にまつわる法律問題を追ってもらっていますが、仮に猪谷さんが考えた企画でも、本人が別件の取材で対応できないときは別のスタッフが代わりに対応する。そんな体制が理想です。
ネット炎上をめぐるモヤモヤを解消
──とくにここ数年、社会問題にメスを入れるような記事が増えてきていると感じます。取り上げる企画を検討する際に心がけていることはありますか?
山口:やはり「法律」を強く意識することがほかのニュースメディアにはない特徴でしょうね。どのネタや企画を取り上げるかを検討する際は、その事象や事件が法律違反なのかどうかを最初から気にしますし、法的にどんな解説ができるのかも重視します。逆に、違法ではないけれど問題だと感じるものに対して問題提起することも少なからずあります。
他方で、法律に直接関連しないテーマでも、制度の問題などが絡むものは必ず検討するようにしています。たとえば「産休クッキー」がネットで物議を醸したことがありました。産休に入る前の女性が赤ちゃんのイラストをあしらったクッキーの写真に「職場の人に配るクッキーがかわいい」とコメントを添えて投稿したところ、肯定的なコメントと否定的なコメントが殺到。なかには「なぜこんなものを配るのか!」と怒りをあらわにする人もいました。
産休という法律で認められた制度に対し、「産休のせいで他人がわりをくらうのは不公平だ」と強い憤りを感じている人たちが一定数いることが、浮き彫りになった騒動でした。なぜ職場で産休をめぐる対立が生まれるかを掘り下げると、働き方の制度の問題に行き着くんですね。それを識者に解説してもらい、みなさんのモヤモヤを解消するのもわれわれの役割なのかなと。
ただしネットで話題になっているテーマだからといって、必ず記事にするわけではありません。最近はネットメディアが炎上事件を記事化することによって当事者への誹謗中傷に火を注ぐようなケースも珍しくないので、場合によっては記事化を断念することもあります。そのように当事者へ配慮をしつつ、ホットな議論はつねにウォッチするようにしています。
書籍『ギャラリーストーカー』という足跡
──法律とは直接関係のない記事のなかにも印象的なものはたくさんありますが、とりわけ猪谷さんが担当し、書籍にもなった「ギャラリーストーカー」関連の記事はすばらしい調査報道でした。猪谷さんが「ギャラリーストーカー」に着目したきっかけは何だったのでしょうか?
猪谷:美術作家や映画監督たちからなる「表現の現場調査団」という団体が、表現に関わる現場におけるハラスメントやジェンダーバランスの実態調査をおこない、2021年3月に記者会見をしたんです。私はもともとハラスメントの問題に興味があり取材をつづけていたので、弁護士ドットコムニュースの記者として会見を取材しました。
表現の現場調査団がまとめた「ジェンダーバランス白書2021」によると、美術業界特有のハラスメントの一種に「ギャラリーストーカー」があり、さまざまな被害が報告されているとのことでした。被害者の多くは若い女性作家で、加害者の多くはギャラリーや展覧会に客としてやって来る男性です。被害の実例としては、日常的におこなわれるつきまとい行為やSNSでの粘着行為が中心で、なかには性被害に遭った人もいました。
私自身アートが好きで、長年にわたって美術館に足を運んだりギャラリーで作品を買ったりしていたのに、作家さんたちが受けている被害に気づくことができなかった。その事実に愕然とすると同時に、これまで見過ごされてきた背景には女性たちが声を上げにくい美術業界の構造的な問題があるのではないかと感じ、取材をはじめることにしたんです。

山口:当時、私は編集長ではありませんでしたが、もしいまの立場で猪谷さんにギャラリーストーカーの企画を提案されていたら「やりましょう」と即答していたと思います。猪谷さんの記者としての能力にも美術への造詣の深さにも信頼感がありますし、加えて言えば企画が動き出した3年前には世の中に #metoo の大きな流れがありました。それを後押しする意味でも、われわれがやるべき企画だと思います。たしか企画が動き出してすぐに書籍化が決まってましたよね?
猪谷:はい、最初にいくつかのテーマに絞って取材を進めるなかで、当時の編集長が「本にしたら?」と提案してくれました。弁護士ドットコムニュースのようなネットメディアはネットユーザーに対する影響力は大きいんですけれど、大量の記事に埋もれて時間が経つと忘れられてしまいがちです。当時の編集長が勧めてくれた書籍化には、日々更新するネットの記事とは違うかたちで編集部の足跡を残す意図もあったのではないかと想像しています。
本の出版後は大きな反響があり、いろいろな声をいただきました。とくに大きなシンパシーを感じてくださったのは美大生たちです。大学で開催される芸術祭の時点ですでに女子学生たちはギャラリーストーカーの被害を受けているんですね。展示を見に来た客につきまとわれ、本当に怖い思いをしているにもかかわらず、先生方に訴えてもなかなか取り合ってもらえない、真剣に対策してもらえない状況があったそうです。
けれどもこういう行為が加害だと指摘し、「ギャラリーストーカー」という名前をつけ、書籍でその実態をまとめて伝えることで、先生方に耳を傾けてもらいやすくなった。彼女たち自身も被害に対して声を上げやすくなったようで、たとえば武蔵野美術大学では学生主体になってギャラリーストーカー対策をはじめたり、それが他大学にも波及して複数の学校で対策のための議論がはじまったりといった動きが若い世代に起こっています。
山口:まさに弁護士ドットコムニュースの記事や書籍をきっかけに、業界の構造を変えようと声を上げる動きが現場で起こりはじめている事例のひとつですよね。そうした社会問題にまっすぐ突き進んでいくような記事はこれからも強化していくつもりです。
法律系メディアのトップを突き進む
──最後に、今後どのようなWebメディアをめざそうと考えているのか教えてください。
猪谷:法律って多くの人にとって身近なものではないので、ふだんの暮らしのなかで意識することはあまりないと思います。けれども、たとえば結婚や離婚、遺産の相続、あるいは事故や事件に巻き込まれたりして、ある日突然、法律の知識が必要になる事態がだれの人生にも生じ得ます。
そんなとき、読者の方々に「そういえば弁護士ドットコムニュースで似た事例の解説があったな」と参照していただいたり、あるいはギャラリーストーカーのように「困っている人がこんなにたくさんいるなら、社会の仕組みや法律を変えないといけないんじゃないの?」と問題意識をもっていただくことができれば。そんな、自分の身近なところからはじまり、社会全体について考えることを促すようなメディアになればいいなと思っています。
山口:さきほど言ったように社会問題を掘り起こしたり、提言するような記事を強化していくと同時に、弁護士による法律解説にもさらに注力したいですね。繰り返しになりますが、弁護士ドットコムの創業の理念が「弁護士をもっと身近に」なので、専門家への法律相談を啓発する記事は今後も大切にしていきたい。ジャーナリズムとの両輪で、法律解説に強いんだけれど、なぜか社会問題全般についてもがんばってるなと思ってもらえるメディアをめざしていきます。