あるとき、栃木県生まれの若者が、大阪駅の立ち食いソバ屋で「たぬきそば」を注文したら、なかに入っていたのは「油揚げ」だった。彼の地元では「たぬき」といえば「天かす」だ。店員に「たぬきを注文したんだけど」と文句をいった。ところが店員は「だから、たぬきでしょ」と怪訝な顔をされた。若者は知らなかったのだが、大阪で「たぬき」といえば、それは「そば」のこと。「たぬき」=「油揚げ+そば」なのだった。
ところ変われば、食べ物の呼び名も変わる。おでん種の「すじ」も、関東では「白身魚のすり身に軟骨を加えたもの」をいうが、関西にいけば「牛すじ」となる。香川のうどん屋で「てんぷら」を注文したら薩摩揚げが出てくるし、北海道室蘭で「やきとり」を注文すれば、豚の串焼きが出てくるだろう。
旅先の飲食店で、自分の想像と違う料理が出てくるのは新鮮で、これぞ旅の醍醐味だといえるが、なかには「注文したのと違う!」と文句をいう客もいるかもしれない。食べ物の呼び名が地域で異なるため、期待したのとは違う料理が出てきた場合、はたしてキャンセルすることはできるのだろうか。兼光弘幸弁護士に聞いた。
●注文した人に重大な過失がなければ、「錯誤」としてキャンセルが可能
「今回のケースは、『多数説』では、大阪地方の慣習に沿って『油揚げ入りそばの注文契約が成立している』と考えるでしょう。ただ、契約は成立していても、その内容には誤解があります。こういった誤解のある状態を民法では『錯誤』といいます。
意思表示の重要な部分に『錯誤』があって、『錯誤がなければその意思表示をしなかった』と考えられるような場合には、その意思表示は無効とされます。今回はこのケースに該当し、意思表示(注文)は無効だと、主張できるでしょう。なおこのように、自分が言った言葉『たぬき』が、大阪では『油揚げ+そば』を意味すると知らなかったというようなケースは、『表示行為の意味に関する錯誤』と呼ばれています」
——では法的には、注文はキャンセル可能で、お金も払わなくてもいい?
「はい。一見、お店側にとっては、酷な結論のように思われます。しかし、錯誤の場合でも注文した側に『重大な過失』がある場合には、無効を主張できません。例えばお店の中に写真入りのメニューがあるなど、少し注意すれば、たぬきが『油揚げ+そば』だと分かるような場合には、キャンセルはできません。
また、重大ではない過失があるケースでも、注文をキャンセルした側は、店に発生した損害を賠償する義務があるというのが通説です。とはいえ、大阪駅構内など全国から人が集まるような場所では、店側も最初から店内やメニューに注意書きをしておくのが無難でしょうね」
確かに、写真やイラスト付きのメニューがあれば誤解が減るし、日本語の読めない外国人観光客にとっても便利だろう。観光地や交通の要所では、メニューに一手間かけてみるのも良いかもしれない。