余命1カ月という診断結果を告知しなかったため、残りの人生を家族で充実させることができなかった――。大分市の50代女性が2018年1月、がんで亡くなったことをめぐって、遺族と病院側(市医師会と主治医)が民事裁判で争っている。
報道によると、女性は2005年ごろ、乳がんを患った。2009年に再発して、肺などに転移していたため、大分市内の病院に通院して抗がん剤治療を受けていた。今年1月下旬、女性は容体が急変して亡くなった。
不審に思った遺族が、病院に説明をもとめた話し合いの中で、主治医が1月中旬の検査時に「余命1カ月」と判断していたことがわかった。しかし、女性と遺族には余命を告知していなかった。病院側は「余命告知の義務はない」と説明したそうだ。
遺族は病院側に対して、慰謝料など3190万円をもとめる訴訟を大分地裁に起こした。10月下旬に開かれた第1回口頭弁論で、病院側は請求の棄却をもとめたという。そもそも法的に「余命告知」はどう位置づけられているのだろうか。鈴木沙良夢弁護士に聞いた。
●医師・病院には病状について適切に説明する義務がある
医師・病院には、患者に対して、病状について適切に説明する義務があるとされています。
医療は「診療契約」という契約に基づいて提供されていると考えられていますが、この契約の中には、診療行為のほか、診断結果や治療方針を適切に説明する義務も含まれているとされています(医療法第1条の4第2項)。
そのため、病院側は、病名・病状について、患者に対して十分に説明する必要がありますし、検査や診断の結果を適切に伝えなければならないとされています。
●「余命告知まですべきか」という問題は残る
かつて日本では、特に「がんである」という診断がされた場合、患者本人が受ける精神的ショックに配慮して、がんの告知はしない、ということもおこなわれていました。
しかし、30年くらい前より、「インフォームド・コンセント」(患者に適切な説明をして合意を得ること)の必要性が認識されるようになり、現在はたとえ、がんであっても、原則としては病名・病状を告知するようになりました。 ただし、残された時間を患者に告げるべきか、つまり「余命告知」まですべきか、ということについては難しい問題があります。
そもそも、それぞれの患者の余命を正確に予測することが困難であるという実情があります。余命の予測に「生存期間中央値(Median Survival Time)」を用いる場合もあります。ただ、これはある疾患で50%の患者が亡くなるまでの期間の統計であって、それぞれの患者本人の余命を推測するものではありません。
今回のケースでも、統計としての期間ではなく、患者本人の当時の病状から見た余命が問題となっているのではないでしょうか。
●常に余命告知をしなければならないのか
たしかに、余命がわかることによって、患者とその家族としては、残された時間を有効に過ごす見通しが立てられることになります。しかし、一方で、配慮のない、あるいは確度の低い余命の告知は、患者の不安をいたずらに増してしまうこともあります。
治癒が困難な病状であると診断された場合には、その時点でそのことを伝えることは、原則としては病状の説明として説明義務の範囲内だと考えます。
ただし、患者本人が期間としての余命を知りたいという意思を明確にしていたような場合はともかくとして、「常に、期間としての余命告知をしなければならない義務」までは、ないように思います。
今回のケースでも、患者側の主張としては、治癒困難な病状であることの説明が適切な時期にされなかったということの一事情として、「余命告知」がなされなかったことを主張しているのかもしれません。