命にかかわる病気で、もし家族が誤診されたら――。妻(当時28歳)が死亡したのは、救急搬送された診療所で誤診された結果だとして、夫(31歳)が昨年12月、診療所の男性院長などを相手取って計約9000万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。
報道によると、妻は昨年8月、激しい腹痛を訴え、東京都内の診療所へ搬送された。治療にあたった男性院長は「急性胃炎、過呼吸症候群」と診断して処置したが、女性は翌朝死亡した。行政解剖で、死因は「子宮外妊娠破裂による腹腔内出血」だったと分かった。遺族側は、妻の妊娠のことは救急隊員を通じて医師に伝わっていたのに、医師が超音波検査などをしなかったため死亡したと主張している。
最高裁の資料によると、医療過誤の民事訴訟は年間、約800件に上る。高い専門性が必要なため、通常の民事裁判よりも審理に時間がかかる。さらに訴えた患者側の主張が通る勝訴率は、約2割にすぎない。通常の裁判では8割だから、医療過誤で裁判を起こすには、極めて厳しい覚悟が必要になるようだ。しかし、それでも患者本人や残された遺族は、医師の謝罪を求め、何が起こったかを知りたいがために提訴する。
なぜ、患者側が勝訴することが難しいのか。裁判では、誰がどのように医療ミスを立証していくのか。医療訴訟にくわしい浅尾美喜子弁護士に聞いた。
●過失が明らかな事案は「示談」になりやすい
「医療過誤事件においては、患者側の弁護士は、訴訟にする前に医療機関側と話し合いの機会を持つのが通常です。医療機関側の過失が明らかな事案では、この話し合いの段階で、医療機関が自らの過失を認めて示談にする例がほとんどです。
つまり、医療機関側の過失が相当程度明らかな場合は、訴訟にはならず、訴訟前和解(=示談)で解決されるということです。
したがって、訴訟にあがってくる案件は、必然的に過失の有無が明らかではない、立証が困難な案件と言うことになります。これが、医療事件で、患者側の勝訴率が低くなる理由の1つです」
浅尾弁護士はこのように指摘する。医療事件の裁判は、一般事件の裁判と何か違いがあるのだろうか?
「まず、医療事件における過失は、『一般の方が考える過失』とは微妙に異なります。たとえば、治療が奏効しなかったとしても、その治療が標準的な治療水準に達していれば、過失が認められないケースも多々あります。
また、医療行為は専門性が高いので、過失の立証が通常事件より難しい、といった問題もあります。
さらに、医療機関側の過失は原告(患者側)が立証しなければなりませんが、一般的に医師は医師をかばう傾向があり、過失があったと証言してくれる医師を見つけることは、至難の業です」
浅尾弁護士はこのように医療訴訟の特徴を指摘したうえで、「医療事件で患者側の勝訴率が低くなるのは、医療がきわめて専門的で閉鎖性が高い分野だから、という側面があります」と話していた。