夫41歳、妻39歳。成熟した夫婦関係が期待されるところだが、現実はそう甘くない。妻が不倫して家を出ていってしまったのだという。残された夫は半年間悩んだあげく、離婚することを決めた。
離婚に向けた協議をするとき、問題となるのが財産分与だ。サラリーマンの夫に対して、専業主婦の妻からは「将来の退職金も分与してほしい」という請求があった。だが、定年は20年も先の話だ。夫は「拒否したい」というのだが、その主張は認められるだろうか。離婚問題にくわしい遠藤秀幸弁護士に聞いた。
●将来の「退職金」が財産分与されるのは限定的なケース
「退職金は、賃金の後払いとしての性質もあるとされているので、所得の中から形成した預貯金等と同様に、財産分与の対象となりえます」
遠藤弁護士は、こう切り出した。しかし、退職金を受け取るのは、最終的に会社を辞めたときだ。退職金がもらえない可能性もあるのではないだろうか。
「まず、定年まで勤務するかは分かりませんから『定年退職金』がもらえるかどうかは不明と言わざるをえません。また、自己都合や会社都合退職についても、その辞めた事情などによっては退職金が支払われなかったり、金額が変わる可能性があります。さらに退職時、会社の経営状態の理由で、支払いがなされないということも十分考えられます」
そんな性質を持つ退職金を分与するのは簡単ではなさそうだが、基本的なルールはどうなっているのだろうか。
「将来の退職金については、『離婚時において、その存否および内容が確定しているとは言い難く、これを現存する積極財産として財産分与とすることはできない』とするのが原則と言えます」
やはり、もらえるかどうか分からないものを「財産分与」する――というケースは、一部に限られるようだ。それでは、どういった場合に「退職金が財産分与の対象となりうる」のだろうか。
●「もうすぐ退職予定」だったり「確実にもらえそう」なら分与の対象になりやすい
「『近い将来に退職金を受領できる蓋然性が高い場合』には財産分与の対象とするのが裁判例です」
遠藤弁護士はこう語る。具体的には、どれぐらいの期間であれば認められるのだろう。
「この『近い将来』というのは、どれくらい先までか、ということが問題となりますが、公務員であればかなり先まで認められる傾向があります。なぜなら、公務員の場合には、倒産する可能性がなく、解雇される可能性も極めて低いので、かなり先でも『蓋然性が高い』と認定されやすいからです。地方公務員の場合で、13年後の定年退職金を認めた裁判例もあります。一方、中小企業の会社員の場合には、不確定要素が多いので、1年先とかせいぜい数年先くらいまでしか認めない場合が多いです。大企業はその中間といったところでしょうか」
分与される場合、支払いの時期や金額をどう決めるかも問題となってきそうだが……。
「将来の定年退職金を分与の対象とする場合、その給付の時期(将来給付か現在給付か)や算定方法をどうするのかについては、裁判例が分かれています。
ただ、質問のケースでは、定年が20年先ですから、『定年退職金』が財産分与の対象とされる可能性はまずないと思われます」
そうすると、夫は妻の要求を拒否することができる、という結論なのだろうか。
●「離婚時点で会社を辞めた」と仮定した額で分与されるケースも
「将来の退職金についてはそうなります。しかし一方で、将来の退職金ではなく、《仮に離婚時(または別居時)に退職したら支給されるであろう退職金相当額》が、財産分与の対象となる、とする裁判例も数多く存在します」
つまり、離婚時に会社を辞めたらもらえる分を仮に計算して、その金額を分割するという考え方のようだ。確かにそれならその時点で金額を確定することはできるだろう。具体的な計算式もあるのだろうか。
「この裁判例の考え方に従った場合、『退職金相当額』に対する分与額を算定する計算式は、離婚時(または別居時)の予定退職金額×同居期間÷在職期間×寄与度となります。
仮に予定退職金額:1000万円、同居期間:10年、在職期間:20年、寄与度5割とすると、1000万円×10÷20×50%=250万円、となります」
ということは、仮にこのケースなら、250万円までの支払いは覚悟した方が良いということだろうか。
「ただし、妻側がこの予定退職金額の財産分与を請求してくるとは限りませんし、家庭裁判所の調停や審判の手続においても、妻側が特にそれを請求していないときに、裁判所の方で妻側にそれを請求するよう積極的に促すようなことは通常はありません。もちろん、当事者が請求もしていないのに、裁判所が勝手にその分与をせよ、などと判断することもありません。
上記の場合に夫の立場に立ってアドバイスするとすれば、
(1)将来の退職金についての財産分与請求は拒否すべきだ。
(2)しかし、もし相手方から《離婚(または別居)時に退職したら支給されるであろう退職金相当額》を財産分与として請求された場合には、250万円以下でまとまるように交渉したらどうか。
というところでしょうか」