妻が「夫から暴力を受けた」と虚偽の主張をして、夫を「DV夫」にしてしまう「冤罪DV」と呼ばれるケースが起きている。その実態と課題について、ライターの西牟田靖氏によるレポートを紹介したい。
●口論の末、妻が警察に出動を要請
東海地方に住む30代の会社員、Aさんの場合、妻と子どもと暮らしてきた日常が、今年に入ってから、突然、壊れてしまった。
「年明けに口論となりました。私が謝ったところ、いったんは収まったんですが、妻はすぐに蒸し返してきまして。携帯電話で録音を始めたんです。さらには、激高して平手で叩いてきました。叩くのを止めないので、腕をつかんで止めさせました。すると妻は電話をかけ、警察に出動を要請してしまったんです」
その後、夫婦はそれぞれ警察署で事情聴取を受けた。「しばらくは別に暮らした方がいい」という警察の助言にしたがい、どちらも近所にある、それぞれの実家で過ごすこととなった。2日ほどで家に戻ってきたAさんに対し、子どもを連れて行った妻は、家に帰ってこなかった。それ以来、一緒に住むことはなくなった。
「5月に地方裁判所から出頭命令が下りました。20分ほど弁明する機会が与えられましたが、裁判官の結論は決まっていたようです。その日のうちに、私に対して保護命令(裁判所がパートナーへの暴力の加害者に対して、被害者へのつきまとい等をしてはならないことを命ずること)が発令され、事件の2日後から戻っていた自宅から、退去させられることになってしまいました」
Aさんは、その後、抗告したが、高等裁判所でも判断が覆ることはなかった。
Aさんは妻子に会いに行くことはできない。実行すれば、保護命令違反で逮捕される可能性もある。しかし、月に5万円、婚姻費用(離婚前の養育費)を振り込んでいる。また、持って行かれた車を取り戻そうともしない。
「支払いは欠かしません。車は不便ですが我慢しています。すべては子どものためです」
Aさんは、子どもに対する思いを語っている。なぜ、このような事態になってしまったのか。
●妻が撮った写真で、Aさんを「暴力夫」と認定
Aさんの案件を担当した杉山程彦弁護士が語る。
「高等裁判所の裁判官が記した『決定』と記された書類があります。これには、身体精神への危険を防ぐために、6か月間の奥さんや子どもへのつきまとい、幼稚園や職場周辺の徘徊を禁じたり、自宅から2か月間退去することを命じたりする、保護命令発令の理由が記されています。
それによると、腕に10センチほどのアザのある奥さんの写真が警察によって撮られたとあり、その写真によって、Aさんが『暴力夫』だと認定されてしまいました。どの警察官が、いつどこで撮ったのかという、写真撮影証明書があるはずなんです。ところがそれがどこにもない。ですので、その写真が警察で撮られたものだとは証明ができません」
(DV防止法第14条第2項に基づいて、警察署から裁判所に送られた報告書では)「平成28年〇月×日当署において、両当事者の取り扱いがあるものの、身体に対する暴力及び生命に対する脅迫を確認できなかったため該当書面なし」とある。その書類のほかにも、争っているときに、Aさんが携帯電話で撮影したアザのない妻の腕の映像は、証拠として裁判官に採用されなかった。
Aさんは、「『決定』には、映像について『動きが素早すぎて確認できない』と書いてありました。スローモーションにするとか、一時停止すれば確認できるはずなのにですよ。妻からは警察への被害届はおろか、医者による診断書も出ていません。妻が通院した病院にカルテを出させるとか、本来、裁判所にはそこまでやってもらいたい。私の生活に制限をかけてるわけですから。人権侵害にほかならないですよ」と憤っていた。
●警察へのDV相談件数が16倍に増加
2001年、DV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律)が制定された。この法律は当初、身体的な暴力のみを対象としていたが、後に改正され、精神的な暴力などにも範囲が広がり、近年は女性からの暴力も対象とされるようになった。主に以下の3つの命令からなっている。
・半年間、被害者へのつきまといや徘徊を禁ずる「接見禁止命令」(同法10条1項1号)
・被害者が転居する目的で2か月間、加害者を住居から退去させる「退去命令」(同法10条1項2号)
・学校や保育園などに現れ、子どもへつきまとったり、徘徊したりすることを禁ずる「子に対する接近の禁止命令」(同法10条3項)
Aさんの場合、「接見禁止命令」「子に対する接近の禁止命令」によって妻や子とは会えなくなり、「退去命令」によって家から出ざるを得なくなったのだ。
内閣府調査によれば、2002年度に婦人相談所などに寄せられたDVの相談件数は、3万5943件。それが2014年度は、10万2963件と約3倍近くに増加している。また警察への相談件数(認知件数)に至っては、2001年の3608件に対し、2014年は5万9072件と16倍あまりに跳ね上がっている。その一方で、保護命令の既済件数に関しては、2002年が1398件(270)、2008年3143件(619)、2014年3125件(597)。2002年と比べ、現在は2倍強にとどまっており、ここ7年間はほとんど横ばいである。(かっこ内は取り下げと却下の合計)。
これらの数字を比較すると、相談件数が保護命令に比べ桁違いに多いこと、保護命令が横ばいで相談件数だけが年々増えていることがわかる。つまり、保護命令には至らないような相談が増えており、この中には、冤罪DVも一定数含まれているものと考えられる。
「こうした冤罪DVの件数は近年高止まりしていると関連団体からは聞いています。残念ながら解決の目処がたたないのが現状です」(杉山弁護士)
●訴えるリスクが少なく、プラスが大きい
杉山弁護士はこれまでも冤罪DVのケースを扱ってきた。今回以外にはどのようなケースがあったのか。実態を聞いた。
「『コーヒーカップを投げつけられたり、太ももを蹴飛ばされたりした』と離婚調停や訴訟の場でDVを主張されたケースでは、診断書や証拠写真に残る多数の不審点を指摘したところ、DVが虚偽だということが裁判で確定したこともありました。
ほかには、相手側が子どもを脱臼させたため、病院が子どもの診断書を出したんですが、裁判官が『夫が脱臼させた』として、保護命令を出したケースや、相手側が不利だと思ったために一方的に取り下げたというケースといったものもありました」
他の民事訴訟との相違点はあるのか。「普通の民事訴訟では、取り下げは被告の同意がいるのですが、DVの保護命令の場合はそれが必要ありません。そのため、相手方は自分が不利だと思った場合、取り下げによって、訴えていない場合と同じ状態にすることができます。さらに、妻が取り下げた場合でも、行政機関は夫に対し、妻と子の住所を秘匿し続けます。もし、DVの申し立てが虚偽だったことがわかった場合、過料10万円と決まっているのですが、実際、科されるケースがほとんどないのが現実です」(杉山弁護士)
つまり、相手方からすると、訴えるリスクが非常に少なく、成功したときのプラスがすごく大きいということだ。
問題は司法の場以外にも及んでいるという。杉山弁護士は話を続けた。
「女性センターなどの行政機関にしても、明らかに女性の意見ばかり聞きます。チェック機能は全く働きません。加害者とされる男性の意見を聞く機会はありません。冤罪をふせぐチェック機能は女性センターには制度として存在しないのです。加害者とされた側は、反論する機会さえ与えられません。だからハナからいきなり『DV夫』だということで『あなたには住所教えられません』となります」
保護命令が出れば、面会交流ができなくなるし、親権争いにもほぼ勝てなくなる。それどころか、保護命令の取り下げを行った人に対しても、住所秘匿がずっと続くということだ。
「人生を破壊するほどの弊害が、しっかりとチェックされることがないまま行われるのです。DVをやっていない人が、やったことにされて、子どもと引き離されてしまう。Aさんもそうですが、加害者とされた人の生活が変わってしまいますし、なにより子どもが一番の被害者です」(杉山弁護士)
救われるべきDV被害者はたくさんいる。しかし、しっかりとしたチェックのないまま、配偶者をDV加害者と決めつけ、人権侵害をしてしまうことは許されることではない。