人生一度。不倫をしましょう――。そんなキャッチフレーズで物議をかもしている世界最大級の既婚者向けSNS「アシュレイ・マディソン」。昨年6月の日本版の開設後、なんと世界最速ペースで会員数を伸ばし、このほど100万人を突破したという。
しかし、日本において、不倫は単に「倫理的に悪い」というだけでなく、法的に離婚が認められる原因になったり、不法行為として慰謝料請求の根拠になるとされている。日本の弁護士のなかには、サイトの利用者が不倫で訴えられれば、サイト側にも責任の一端が認められるだろうという見解を示している人もいる。
アシュレイ・マディソンを運営するアビッド・ライフ・メディア社のノエル・バイダーマンCEOは、カナダのロースクール卒で、以前はスポーツマネジメント会社でアスリートの代理人弁護士をしていた経歴の持ち主だ。自らが運営するサイトの「法的責任」については、どのように考えているのだろうか。来日していたバイダーマン氏にインタビューした。
●「我々は単なるプラットフォーム」
――いきなり直球の質問ですが、「アシュレイ・マディソン」に登録している日本の利用者が不倫をして、不法行為責任を問われたら、運営会社にも責任があるとは言えませんか。
「不法行為の損害賠償責任があると言うためには、因果関係が必要です。もし利用者が不倫を行ったとして、アシュレイ・マディソンに責任があるというのは難しいでしょう。
不倫をしている人は、アシュレイ・マディソンの利用者以外にもたくさんいますよね。たとえば、ある会社の同僚2人が不倫をしたら、その会社が『不倫を促進した』ことになるのでしょうか? 有名ホテルの一室で不倫をしたら、ホテルが責任を負うのでしょうか? 不倫をした2人が携帯で連絡を取っていたら、その携帯会社が責任を負う? そんなことはないですよね。
突きつめて考えると、恋愛の邪魔をしたり、結婚に影響を与えたり、夫婦関係に立ち入ったりした人に対して、損害賠償請求を認めるためには、法律でそう定めておく必要があります。コモンローでは『愛情移転』(alienation of affection)と言いますが、結局は日本がそういうことの不法行為責任を認めるかどうかの問題でしょうね」
――「アシュレイ・マディソン」の責任については?
「もし愛情移転の法的責任を認めるとしても、それをコミュニケーション手段を提供しているだけの企業に押し付けることはできないと思います。
少なくとも、もし、アシュレイ・マディソンに責任を認めるとすれば、フェイスブックをはじめ他のSNSにも責任を認めるべきでしょう。どんなSNSでも、最終的に不倫に結びつく可能性のあるやりとりは行われていますからね。
我々は単なるコミュニケーションのプラットフォームです。我々がやっていることは、単にそういう場を提供して、他の人たちと話せるようにしているだけです。『自由な言論の場』ですよ」
●「我々は一歩引いたところにいる」
――「不倫をしましょう」とあおっているのではないでしょうか?
「我々のサイトでは、たとえば性的接触をした人に、何かボーナスがあるような仕組みにはなっていません。不倫を手助けした? 後押しした? いやいや、そんなことはしていません。利用者が勝手に書き込んでいるだけで、我々はそこから一歩引いたところにいます。具体的に、うちの会社の誰が、利用者の不倫を後押ししたっていうんですかね?
決断しているのは、利用者自身です。不法行為法についてどんな『リベラルな』解釈をしたとしても、アシュレイ・マディソンが不法行為をしたという結論にはならないと思いますよ。ですから、アシュレイ・マディソンをめぐって、そうした訴訟が起きるとは思っていません」
――不倫をうながした責任も感じないのですか?
「一人の人間として、個人として、自分の置かれた状況が不幸だと思って、不倫をすると決めた。このことについて責任があるのは、突き詰めればその人自身だけなんじゃないですかね。
それに、もし妻が誰かと不倫したとして、私が責めるとすれば、それは自分自身ですけどね。妻の相手に『不倫の責任がある』というのは、正直、私には考えられないですね。
『愛情移転』の不法行為を認めるというルールは、アメリカではもう一部にしか残っていません。むしろ、そういった法律は廃れていくんじゃないですか」
●「バレた不倫」と「バレなかった不倫」はまったく別物
――ところで、バイダーマンさんは『不倫は結婚を救う』という本を書いていますね。どんな風に考えれば、そうなるのでしょうか。
「不倫には、2つの見え方があると思うんですよ。ほとんどの人が『不倫』があったことを知るのは、有名俳優や有名政治家の不倫がバレてニュースになったとか、友達が不倫していると近所の人から聞いたとか・・・そういう形ですね。
つまり、ほとんどの人は不倫が『バレた』とき、はじめてそれと認識するんですよ。だから、みんな『バレた不倫』のことを話すわけですね。
でも、実際には、80~90%の不倫は閉めたドアの向こう側で、密やかに行われるものです。つまり、バレなかった不倫のほうがほとんどなわけですよ。
突きつめると、この『バレた不倫』と『バレなかった不倫』の2つは、まったく別物です。不倫って、秘密のまま、誰にもバレずにすんで、初めて成功と言えるわけですよね。不倫関係を始める人は、結婚を継続したいわけですよ。子育ての義務から逃れたいわけでもなく、家庭の恩恵を受け続けたいんですよね」
――バレなきゃOKということですか?
「我々が利用者から受け取ったメッセージでは、不倫をしたことで気持ちが改善したと、多くの人が言っていますね。
不倫をする前は、極度なストレスを感じたり、すっかり落ち込んでしまっていた。仕事にも集中できないし、周りの人にも優しくできないし、投薬を受けている・・・。そんな人が、自分に関心をもってくれる誰かと出会って、気持ちが改善するんですよ。落ち込まず、仕事に集中して、子どもに優しくできて・・・。それって不倫がもたらした恩恵ですよね?
いま、私はこうした立場で、数多くの不倫を見ているわけですが、これだけ多くの不倫がこっそり行われていて、多くの人がそこから恩恵を受けているわけです。そうなれば、全体としてみれば、『不倫は結婚を救う』と言えると思いますね」
――逆に、バレたらダメなのではないですか?
「そこも、カップルしだいというところもありますよね。今日知られる『最も悪名高い不倫』は、ビル・クリントン元大統領が、ホワイトハウスでやったものでしょう。でもね。今日でもまだ彼らは結婚したままですよ。しかも、その結婚相手は、次の大統領候補ですからね・・・。
要は、世間が注目した、世界の誰でも知っているような不倫をした夫婦でも、結婚を続けられているんですよ。ダメな夫婦もいる。乗り越えられる夫婦もいる。それだけです」
●結婚がうまくいっていれば夫婦は不倫を乗り越えられる
――不倫は「離婚の原因」になるのではないですか?
「こう考えるべきです。不倫は『症状』だと。
不倫は決して何かの原因じゃないんですね。つまり、不倫がバレることは、結婚を終わらせる原因ではない。因果関係でいう『原因』にはならないんですよ。
たとえばですが、20年間結婚したカップルがいたとします。20年も結婚していれば、数え切れない親密な時間を一緒に過ごしたでしょうね。お互いの会話にも、ものすごい時間を費やしたでしょう。
それに対して、一夜の不倫があったとします。
これって、量りにかけたら、どっちが重いんですかね? 不倫って、結婚を壊しちゃうほどのものなんですか? 私はそうは思いませんけどね。
もしこのカップルが離婚したら、不倫は離婚に至った要素の一つとはいえるでしょう。でも、すべてを総合したうえで不倫が原因と言えるんですかね。本当の原因は20年以上にわたって積み重ねられたものでしょう。
離婚するとき、不倫は『原因』というよりも、『言い訳』に使われる場合が多いでしょうね。ここは信頼してもらいたいですが、もし結婚そのものがうまくいっていたなら、夫婦は不倫を乗り越えられますよ」
――不倫をした人たちは後悔しないものでしょうか?
「後悔するのは、バレたときですよね。結果として良くないことが起きたときに、初めて後悔するんだと思います。我々のサービス利用者で、後悔している人の割合はたったの2~3%じゃないかな。
しかも、日本はユダヤ教・キリスト教の伝統がありませんから、もっと満足度が高いと思いますよ。不倫をした人は『罪人』となり、不倫のせいで地獄に行く。罪の意識は、そうした伝統から来ているわけですから。
そうした宗教的ドグマがない日本の人たちは、不倫やセックスを、より現実的に考えていると思いますね。そういうことが、日本での会員数増加ペースが速いという点にあらわれているのだと思います」