登下校中の児童の列に自動車が突っ込み、幼い命が奪われるという事故が後を絶たない。失われた命はかえってこないが、その遺族には損害賠償金が保険などによって支払われることになる。
損害賠償の金額を決める際に大きなポイントとなるのが、その児童が将来、得られたであろう収入をどのように計算するか、だという。その計算においては「平均賃金」が参考にされるとのことだが、現在の日本社会では、男女の平均賃金には格差があるのが現実だ。
そうなると、児童が交通事故で死亡した場合の損害賠償額は、男子と女子で差が生じてしまうのだろうか。交通事故にくわしい城島聡弁護士に聞いた。
●男女別の平均賃金の格差が「逸失利益」にも反映
法律的には、交通事故による経済的な損害を算定するとき、「事故がなければ得られたはずの収入」すなわち「逸失利益」の計算をすることになる。
「この『逸失利益』の算定にあたっては、被害者がどの程度の収入を得る見込みがあるのか、が重要になります。この額を『基礎収入』と呼び、これが高いほど逸失利益も高額になります。
『基礎収入』は、大人の場合は、基本的に、源泉徴収票や確定申告書等に記載されている収入額(事故直前のもの)ということになります」
このように城島弁護士は説明する。では、児童の場合は何を基準にするのだろう。
「児童の場合、実際に働いて収入を得るのはかなり先の話になりますので、その算定にあたっては、『賃金センサス』という統計データを参考にせざるを得ません」
「賃金センサス」とは厚生労働省が毎年行っている「賃金構造基本統計調査」のことだ。将来の収入がわからない児童の場合、この統計にあらわれたデータが裁判でモノを言うことになる。
「この『賃金センサス』では、男女間の賃金格差を踏まえ、男女別にデータがとられています。具体的には、2011年の賃金センサスにおいて、男子・学歴計・全年齢平均賃金は526万7600円とされている一方、女子・学歴計・全年齢平均賃金の額は355万9000円にとどまっています。この格差が、逸失利益の算定額にも反映されることになるのです」
なるほど、現状では、統計にあらわれる女性の平均賃金が低いのは事実だ。そのため、裁判で認められる損害賠償額も男子と女子で差が出てしまうようだ。
●解消の方向に向かっている損害賠償の「性別格差」
しかし、城島弁護士は「男女間の格差はいまだあるものの、徐々に解消されつつある」という。
「単に性別の違いだけで、被害児童の賠償額が大きく異なってくることには、大きな批判があります。また、女性の社会進出が増えている現状からすれば、今後は男女間の賃金格差は小さくなってゆくことが予想されます」
たしかに、女性の管理職や専門職が増えていくのに、現在の女性の平均賃金がそのまま機械的に適用されるのでは、妥当性を欠くことになる可能性も高い。そんな時代の流れを受けて、裁判実務でも工夫がされ始めているという。
「現在の損害賠償実務においては、男女間の格差を小さくするべく、女児の基礎収入額に、男女計の平均賃金(2011年の賃金センサスにおいて470万9300円)を採用する裁判例が増えており、実務として定着している状況にあります。男児の基礎収入額には、男子・学歴計・全年齢平均賃金(526万7600円)を使用するため、いまだ男女間の格差は存在しますが、以前よりは小さくなっているといえます」
つまり、男児には「男子」のデータを使うものの、女児には「男女計」のデータを使うことで、男女間の格差を小さくしようという試みが行なわれているのだという。
「男女間の格差は依然として存在しますが、徐々に解消されてゆく傾向にあります。将来的には、児童の逸失利益の算定にあたり、男女間の格差が完全になくなる日が来るかもしれません」
と城島弁護士は語る。どうにも腑に落ちなかった命の賠償額の性差だが、時代の流れを受けて解消の方向に向かっているようだ。