パジャマ姿で保育士の絵本読み聞かせに目を輝かせる子どもたち。お迎えが22時以降になる子どもにとってこれは日常だ。親たちの多様な働き方、多様なニーズにこたえる「夜間保育園」にスポットを当てたドキュメンタリー映画「夜間もやってる保育園」(大宮浩一監督)が、9月30日より上映される。
映画では、安心した表情で眠りにつく子どもたちの姿も描かれる。一方で、夜間に子どもを預けて働くということに寛容でない日本社会の姿も印象に残る。映画の企画者でもある、東京都で唯一24時間保育を行う認可保育園「エイビイシイ保育園」園長の、片野清美さん(66歳)に夜間保育園の現状について聞いた。(ルポライター・樋田敦子)
●歌舞伎町からほど近くに
東京・新宿歌舞伎町に隣接し、韓国料理店が立ち並ぶ大久保にエイビイシイ保育園はある。通園するのは、ゼロ歳児から5歳児まで90人の子どもたちだ。通常の認可保育園がおおむね8時~18時と定められているのに対し、夜間保育園は11時から22時までの11時間が基本時間。延長保育を利用して最大24時間の保育をしている。国は1981年に、モデル事業として夜間保育園を認可し、95年に正規事業として認められた。開園時間のほか、保育士所定数など厳しい規定があり、まだ全国に約80園しかない。
エイビシイ保育園の前身となった「ABC乳児保育園」は、1983年に開業した。その後、社会福祉法人格を取り、2001年には、念願の認可保育園に。現在、東京都の認可保育園として唯一、24時間保育をしている。24時間保育と言っても、どんなに遅くても午前7時には子どもを親元に帰す。休園日は、日曜、祝日、年末年始のみだ。
「深夜まで保育園をやる必要があるのか」「子どもは、特に夜は、親もとで育てるのがいちばん」「子どもの心理発達に夜間保育は影響しないのか」――さまざまな批判的な意見が寄せられる中、34年間、24時間保育を続けてきた。
24時間の保育園というと、水商売の親が多い、育児放棄をしているのではないかという偏見や批判にもさらされることもある。しかし、エイビイシイに子どもを預ける母親の職業は、国家公務員や医者、看護師、会社員、報道関係者など、7割がフルタイムで働く母親だ。また、全体の3割がシングルマザーで、3割が外国人。それぞれの親が必死に働いて、子どもを育てている。
「近くに祖父母がいる、お金に余裕があって長時間ベビーシッターが頼める、という親はいいんです。しかし、それができない親もいる。必要としている親と子どもに、必要としている保育をしたいという、単純な私たちの思いなのです。昼預かる子も夜預かる子もみんな平等でしょう」(片野園長)
長時間保育の子どもへの悪影響も片野園長は否定する。筑波大学大学院の安梅勅江教授の研究によれば「子どもの発達状態には保育の形態や時間帯ではない」とし、家庭における育児環境などが大きく関連しているという。
この点、片野園長も、これまでの経験をもとに「保育園でも家庭的な環境を充実させ質を高めていけば、影響はないと思っています」と力強く語る。
●国家公務員の母「私の働き方を理解してもらえた」
園に通わせる保護者はどんな思いでいるのだろうか。小学生になった子ども2人を9年半、エイビイシイに通わせた、国家公務員の母親、鈴木智子さん(38歳、仮名)は、「エイビイシイがなければ子どもを育てられなかった」と話す。
通常なら定時に退庁できるが、法案作成、国会会期近くになると答弁書の作成などで、帰宅は遅くなる。妊娠中は大きなお腹を抱えて、毎晩タクシーで帰っていた。「こんな毎日で子どもを育てられるのかどうか」と不安の中、知人の紹介で評判の良かった同園を訪ねてみることにした。園の事前見学をする際には、ほとんどの園で見学の時間を指定されることが多いが、エイビイシイだけは「お母さんの都合のいいときに来てください」と言われたそうだ。
「私の働き方が理解してもらえたようでうれしかったですね。多くの園の説明を聞いて回った結果、子どもを入れたい園だと確信しました。入園してからも変わらず、保育士さんは遅くなってお迎えに行っても『お疲れ様です』と迎えてくれました。子どものことは先生たちにはなんでも話せる雰囲気。保護者もいろいろな働きかたをしている人が多く、園も保護者も、保護者同士も互いを認め合っていた気がします」(鈴木さん)
●夜間保育園の夜
夜は、保護者が迎えに来るまで起きて待っているわけではない。子どもたちは夕食を食べた後に入浴し、パジャマを着て、20時30分には就寝している。鈴木さんは夫とやりくりしながら、22時のお迎えを目指した。冬になると親も子も特につらい。寝ている子どもを起こし、コートを着させて、あたふたとベビーカーに乗せた。
ある日、鈴木さんは仕事で疲れていた。眠いところを起こされて言うことをきかない子どもたち。ベビーカーを押しながら帰り道で涙が出た。子どもは大切な存在。でも育児と仕事を続けるのは大変だった。その思いを後押ししてくれたのが、夜間もやっている保育園エイビイシイだった。
早い閉園の保育園ならば、家に帰って食事の支度、入浴、寝かしつけと、目まぐるしい時間となる。子どもにとって寝起きの習慣がつけにくい不規則な日々よりは、エイビイシイでの規則正しい毎日は、むしろ良い影響となるのではないか。鈴木さんは長時間の保育に対する不安はまったくなかった。
また「病後児保育があったこともありがたかった」という。たいていの園では、子どもが37.5度以上の熱を出すと、保護者のもとに連絡が入り、すぐに迎えに行かなければならない。エイビイシイは看護師がいるので病気に対応してもらい、帰宅できる時間まで預かってもらった。
この9年半を振り返って、鈴木さんは「親も子も安心できる保育園でした」と話す。
「引っ越しで下の子は卒園まで半年を残してエイビイシイを辞めて転園しました。そこは延長しても20時までで、子どもの都合に親が合わせるべきという考え方。仕事を切り上げて帰ってください、とはっきり言われました。早く帰りたいけれど、そうもいかないことをわかってもらえない。私に必要だったのは、突発的なことが起こったときに、長く預かってくれ、親も子も安心できる保育園でした」(鈴木さん)
●夜間保育園を舞台にした映画
今回、片野園長は、ドキュメンタリー映画『夜間もやってる保育園』の企画に名を連ねた。なぜ今この映画を作ろうとしたのか、尋ねてみた。
「理事長(夫の仁志氏)のほうが、映画化への熱意が強かったですね。夜間保育園が認可されて36年も経つのに、まだまだ認知度が低い。実際の園の生活も知られていない。夜間子供を預かる『ベビーホテル』(認可外保育施設)は、全国で1579か所、入所児童数は3万121人(厚労省2016年3月現在)が入所しているのに、認可の夜間保育園は増えていない現状があります。少しでも現状を理解してもらい、より安全性が確保される夜間保育園を増やす方向につなげたいという思いがありました」
片野園長は大宮監督に「映画でこの現状を訴えられないか」と手紙を書き、片野園長の熱意に監督が賛同し、約10か月にわたる撮影が始まったのだという。エイビイシイ保育園のほか、帯広、沖縄などの夜間保育園を撮影、ありのままの姿を映画にまとめた。
なぜ、夜間保育園が増えないのか。片野園長は3つの理由があると指摘する。
・経営面の難しさ(夜間の人手確保、安全面など)
・認可にするための財源を確保するのが難しい行政側の事情
・職員側に夜間保育園をやろうという意欲がない
「国や自治体は、今の体制でも十分に対応できるはず、夜間保育園のニーズはそんなにないのではないか、と考えています。しかし認可外のベビーホテルが増えているという現実を見ても、ニーズはあるはずです。これらを認可にし、補助金を出して夜間保育園を増やせばいいのに、手を出していないのです」(片野園長)
ベビーホテルの入所児童数は、待機児童数の2万6081人(2017年4月1日現在)を大きく上回る。夜間保育所に対するニーズがないことはけっしてない。しかも、ベビーホテルの保育士の数や設備面で、認可の夜間保育園には遠く及ばない。管理不足などを原因とする痛ましい死亡事故も起きている。
現在、エイビイシイの保育士は36人、オーガニックの給食を提供する調理師は6人、看護師2人という人員だ。保育士は泊まりも含めて4交代。給与は30歳で手取り30万円、賞与4.35か月。主任保育士の富田千尋は「24時間保育がつらいと思ったことは一度もありません。昼も夜も同じです」と話す。
●「子どもたちが幸せじゃなければ未来はない」
同園は、落ち着きや集中力が不足している子どもの療育をする「ひまわり教室」を併設している。その「ひまわり教室」に通う清くん(4歳、仮名)の母親、中国・四川省出身のシングルマザー、王さん(34歳)は、清くんのために夜の仕事から昼の飲食店の仕事に替えた。
「夜は一緒にご飯を食べたり、入浴することが大事だと、片野先生に言われたからです。近くに頼れる人はあまりいないし外国人だから日本語も含めてわからないことが多い。けれども先生がひとつひとつ丁寧に説明してくれます。夜お迎えに行くと、先生は『今日は誰と遊んで、言葉も増えてますよ』と報告してくれます。それは本当にうれしいです」と王さん。
中国の公立保育園は、給食を提供するところも増えたが、多くは昼にいったん家に戻って昼食を食べ、15時ころまで預かる方式だという。中国でもシングルで子どもを育てるのはかなり難しそうだ。
「本当にエイビイシイはありがたいです。清くんは野菜が苦手で家で残すことがあるのですが、園ではきれいに食べるそうです。私はシングルなので長い時間働かなければいけない。それでも今は以前よりも長く子どもと一緒にいられてうれしい、仕事に合わせて子どもを預かってくれる園がもっと増えてほしいと思います。外国人の友人からは『王さんいいなあ』と、うらやましがられています」(王さん)
仕事や家族観は人によってさまざまだ。昼働く人がいて、ダブルワーク、トリプルワークで夜働かざるをえない人もいる。夜間預かってくれずに困っている人がいたら、それを補完するのが社会保障なはず。親も子も安心できる保育園の増設が急務だと思っている。
「子どもたちが幸せじゃなければ未来はないです」
片野園長の言葉は重い。
【映画情報】
「夜間もやってる保育園」
夜間保育園にスポットを当てたドキュメンタリー映画『夜間もやってる保育園』(大宮浩一監督)は9月30日から、東中野ポレポレにてロードショー。全国で順次公開される。
【著者プロフィール】樋田敦子(ひだ・あつこ)ルポライター。東京生まれ。明治大学法学部卒業後、新聞記者を経て独立。フリーランスとして女性や子どもたちの問題をテーマに取材、執筆を続けてきた。著書に「女性と子どもの貧困」(大和書房)、「僕らの大きな夢の絵本」(竹書房)など多数。