女装した男性が男性客に性的サービスを提供する風俗店が分譲マンションの一室で営業しているとして、横浜市内にあるマンションの管理組合が営業禁止を求めた仮処分の申し立てについて、4月下旬、横浜地裁で和解が成立した。
神奈川新聞によると、和解は、この風俗店が5月13日までに営業を終了し、同月末までに退去するという内容だ。もし、違反して営業を続けた場合、店側は管理組合に1日あたり2万円の損害金を支払わなければならないという。
店は2012年3月ごろ、営業を開始。女装した男性が男性客に性的サービスを提供していた。不特定多数の人が出入りするため、住民から苦情が相次いでいた。管理組合が神奈川県警や横浜市に相談したが、「同性同士は風営法の規制対象外」とされたのだという。
風俗店を規制する風営法なのに、どうして、このような「法の抜け穴」ができているのだろうか。今後、同性同士の風俗店の規制はどうあるべきなのだろうか。風営法にくわしい山脇康嗣弁護士に聞いた。
●ヘルスなど性風俗は届出制
「奥の深い問題ですが、理解するためには、まず、風営法の基本的な枠組みを知る必要があります」
山脇弁護士はこう切り出した。風営法はどんなルールになっているのだろうか。
「風営法は、『飲む』『打つ』『買う』、すなわち『飲酒』『射幸』『性』といった人間の本能的欲望に基づくサービスを対象にしています。そして、風営法は、サービスを提供する態様や施設などの業態に応じて、個別具体的な規制をおこなっています。
風営法上、いわゆる『飲む』『打つ』『買う』というサービスは、2つに分けられます。1つは、『飲む』『打つ』に関連する『風俗営業』(キャバクラ、パチンコなど)です。もう1つは、『買う』に関連する『性風俗関連特殊営業』(ソープランド、ファッションヘルス、ラブホテルなど)です。
風営法において、『風俗営業』は、健全に営まれる限り、社会的に有益かつ有意義であるものとされる一方で、『性風俗関連特殊営業』は本質的にいかがわしいものと考えられています。
そのため、風営法は、『風俗営業』については許可制をとり、遵守事項(適正化措置)として一定の水準や推奨するべき方向性を設定しています。これに対し、『性風俗関連特殊営業』については、許可制ではなく、届出制で遵守事項を設定していません」
キャバクラなどの風俗営業に比べて、より問題が起きそうなヘルスなど「性風俗関連特殊営業」が、許可不要で届出のみでOKというのは意外なような気がする。
「許可制は、国が一定の水準を設け、国が推奨するべき方向性を決めるということを意味します。法律が性的サービスを公的に認知し、営業を営むための水準や要件を公的に設け、さらには推奨するべき方向性を公的に定めることはふさわしくないと考えられているために、『性風俗関連特殊営業』は、許可制でなく届出制とされているのです」
●キャバクラは同性による「接待」が規制されている
キャバクラなど風俗営業の「接待」には、同性によるものも含まれているのだろうか。
「含まれています。風営法が国会(戦後の昭和23年の第2回国会)に提出されたときの原案では、『婦女が』客を接待してと規定されていましたが、国会審議の過程で『婦女が』という文言が削除されたからです。この審議過程は興味深いものでした。
政府が国会に提出した法案では、規制対象を女性が接待する場合に限っていました。ところが、複数の国会議員が『客の接待と称して、男子がこれに当って、客は多く女子であるというようなことが出てこないとも限らない』『男娼なんというのがあるようでありますが、そういうものもここにあげて取締りの対象にすることが適当ではないか』『一様に取締りをしなければ、脱法行為が行われるおそれがあります』などと繰り返し政府を追及しました。ある意味で先見性のある主張だったといえます。
これに対して、政府(警察官僚)は、『必要最小限度の取締りに止めていきたい、どうしても放任することができないものだけを取締りの対象にしていこう』『男子が接待をするという場合には、それほど重要性がないと思う』『婦女が接待をしないということでありますれば、大して風俗取締りの上からそれほど重大な関心をもたなくてもよろしい』などと答弁しました。
今の警察からはとても想像のつかない謙抑的な姿勢を示し、女性が接待する場合のみ取り締まればよいと抵抗したのです。しかし、最終的には、『婦女が』という文言が削られ、同性による接待も含まれることになりました。実際、裁判でも、無許可のゲイバーは風営法違反だとされています(東京高裁昭和36年2月20日判決)」
●性風俗は同性による「接触」が規制されていない
では、ファッションヘルスなど性風俗関連特殊営業はどうなっているのか。
「『性風俗関連特殊営業』については、風営法上、『異性の』客の性的好奇心に応じて接触する役務(売春や公然わいせつなどに至らない性的なサービス)が対象とされています。したがって、同性のニューハーフヘルスなどは規制されていません。
この点について、国会では、政府は次のような答弁をしています。
『同性の客に行う営業所は非常に少ない現状があります。全国的に見ましてもごく限られた地域にしか現状は存在していないということもございまして、現行法でも規制の対象とはしていない。今後これらの営業の実態等をよく見まして、必要があれば風適法の規制の対象としていくということも、実態によっては考えてまいらなければならない』(平成10年衆議院)
『善良な風俗を侵すというような実態になれば、全体的に社会の通念としてそういうものは耐え難いということになれば、法律としても規制の対象としなければいけない』(平成17年参議院)
『同性』の客に対する性的サービスも、善良の風俗環境や少年の健全育成に影響を与えることは否定できませんし、実際に今回のような問題が起きています。また、キャバクラなど『風俗営業』については同性による接待も対象とされている以上、それとの整合性からも、風営法を改正して、同性向け性風俗を規制の対象とするという方向性もありうるとは思います。
規制するといっても、『性風俗関連特殊営業』は許可制でなく届出制なのだから、厳しすぎるとはいえないかもしれません。ここまでが教科書的な検討です」
●「国は同性向け性風俗店の実態を正確に把握すべき」
では、同性向け性風俗の規制はどうあるべきなのだろうか。
「性の問題は、綺麗事なしに社会の実態をよくみる必要があります。まさに『大人の知恵』が求められる法分野です。
もし仮に、同性向け性風俗が『性風俗関連特殊営業』として風営法の規制の対象となった場合、店舗型の営業はまずできません。各地の条例で営業禁止エリアが非常に広く設定されているからです。そのため、実際には、無店舗型での営業しか可能性がありませんが、現状では困難だと思います。
その理由は次のとおりです。まず、無店舗型性風俗特殊営業を営もうとする場合、届出にあたって、事務所に使用する物件の所有者(大家)などから使用承諾書を取り付ける必要がありますが、困難です。同性向け性風俗はトラブルを起こしやすいなどと考えられているため、なかなか大家は承諾書を出しません。
次に、同性向けの性的サービスを提供する場所も、多くのラブホテルは、トラブルなどをおそれて男性同士の利用を断るところが多いので、確保が困難です。そのような事情があるために、今回のケースでも、分譲マンションの一室で営業していたと推測されます。そうすると、現状では同性向けの性風俗サービスを『性風俗関連特殊営業』として合法的におこなうのは、実際上困難です。
LGBT(性的少数者)に対する社会的な理解が進んできたとはいえ、まだまだ『生き辛さ』を抱えている人が多いといわれています。性欲はそれ自体として悪ではなく、本能的に備わっているものです。同性愛は生まれ持った指向であり、本人が選択してなったものではありません。
同性愛については、ステディな性的関係を構築できる機会が異性間と比べてかなり少ないという実態も見据えて、今ただちに、刑罰をともなう風営法の規制対象に加える必要があるのかを慎重に検討する必要があります。一方、善良の風俗環境や少年の健全育成に対して悪影響を与えることは許されません。
私の意見としては、店側がしかるべき業界団体を早急に結成し、営業に関する実効的なガイドラインを自主的に設け、加盟店に遵守させるなどの措置をとりつつ、国は同性向け性風俗店の実態を正確に把握することを始めるべきだと考えます。
当面の間、同性向け性風俗店が度を超えている場合には、刑事法的対応として『公然わいせつ罪』などで摘発したり、民事法的対応としてマンションなどの管理規約違反を理由とした契約解除などで個別的に対処することになります」