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人気司会者ジミー・サビル氏の性的虐待をBBCはどう検証したのか 日本が学ぶべき点とは
ジミー・サビル氏(写真:Press Association/アフロ)

人気司会者ジミー・サビル氏の性的虐待をBBCはどう検証したのか 日本が学ぶべき点とは

ジャニーズ事務所の創業者、故ジャニー喜多川氏による性加害問題で、スマイルアップ(SMILE-UP./旧ジャニーズ事務所)は11月22日、補償内容の連絡を開始したことを発表した。一方で、「再発防止特別チーム」が指摘した「マスメディアの沈黙」は、いまだに続いていると言わざるをえない。

BBCの人気司会者だったジミー・サビル氏が、女性を中心に(男性も含む)主に13歳から15歳の未成年者へのレイプや性的虐待を約50年にわたり繰り返していたという事件で、BBCは外部調査委員会による2つの報告書をまとめているが、日本のメディアとは異なり踏み込んで検証している。

BBCがどう何を調査したのか。そして日本のメディアの検証には何が足りないのだろうか。(吉野嘉高・筑紫女学園大学教授/元フジテレビプロデューサー)

●BBCは2つの報告書を作成

この事件はイギリス、BBCの人気司会者だったジミー・サビル氏(2011年死去)が、女性を中心に(男性も含む)未成年者へのレイプや性的虐待を約50年にわたり繰り返していたというものである。

サビル氏が亡くなった約1年後の2012年、民放局ITVの報道によって表沙汰になったこの事件の被害者は、数百人とみられる。故ジャニー喜多川氏の性的虐待がテレビ局内部でも起きた疑いがあるように、サビル氏の犯行の一部は、BBC施設内で発生していたとされる。

そのためBBCの関係者は事実を知っていたのではないかとの疑惑の他、死後BBCがこの疑惑を取材し放送しようとしたものの直前になって取り止められたことも明らかになり、サビル氏とともにBBCの対応にも批判が殺到する事態となった。

BBCのエントウィッスル会長は議会下院の委員会に召喚され、放送中止に至った理由として証拠不十分だったことをあげながらも、誤った判断であったことを認めることとなった。

その後、BBCは2つの外部検証委員会を立ち上げ、それぞれ調査後に報告書が公表された。1つ目は、スカイニュースの元代表ニック・ポラード氏が、2つ目は英控訴院の元判事ジャネット・スミス氏による報告書だ。今もネット環境さえあれば、世界中どこからでも閲覧可能である。

●BBCは2つの調査委員会を設置

1つ目の外部調査委員会は、商業放送「スカイニュース」の元代表、ニック・ポラード氏が責任者となり調査を実施したもので、「ポラードレポート」という報告書にまとめられた。調査目的は、サビル氏が亡くなった約2カ月後の2011年12月、BBCの夜のニュース番組がサビル氏の性加害疑惑を番組で放送予定だったが、直前で中止になった問題で、その経緯や上層部の圧力の有無を検証することだった。

185ページに及ぶ報告書には、BBCのニューススタッフの警察情報への対応についても詳細な記述がある。例えば、被害者の証言によると、警察官はサビル氏について捜査したものの、彼は高齢のため起訴されることはないと話したという。

しかしその後、BBCのスタッフによる取材で、イギリス検察庁がサビル氏を起訴しなかった理由は、高齢だからではなく、「証拠不十分だった」という確かな情報をつかんだことが、性加害疑惑を追及する番組を放送中止にする引き金になったという。

報告書は、上層部からの圧力はなかったとしながらも、番組を放送しなかったことは「十分に見極めずに放送中止を決めた判断ミス」と指摘。

また、番組編集担当などのキーパーソンだったリッポン氏が、核心となる被害者インタビューを視聴したり、インタビューメモをチェックしたりしていなかったため、これらの証言を正当に評価できなかったと断じている。

2つ目の外部調査委員会は、元控訴院判事のジャネット・スミス氏が主導し、その調査報告書では、被害者は72人であり、少女らに対して番組の楽屋で性的虐待を行い、サビル氏が「性的暴力の犠牲者を獲物のように探していた」と認定した。

また、BBC内ではサビル氏の性的暴力行為を認識していた者もいたが、組織として認識していたとする証拠は得られなかったとした。背景として「不正を告発することを恐れる風潮」というBBCの組織文化があったことにも言及している。

●サビル事件では警察の対応が問題に

サビル事件では、BBCだけでなく、警察の対応にも問題があったとされている。特筆すべきは、これをイギリスの警察自らが検証し、2013年、一般にも報告書を公開したことだ。

イギリスの警察監察局の報告書(HMIC’s review into allegations and intelligence material concerning Jimmy Savile between 1964 and 2012)は、被害者の申告に警察が間違った対応をしたことは明らかとしたうえで、性加害を1960年代には止めることができたはずと痛烈に批判している。

例えば、イングランド北西部チェシャ―州の男性がサビル氏にレイプされた(被害者は男性)ことを警察官に伝えたところ、「忘れよう」「前に進もう」と言われたという。また別のケースでは、ガールフレンドが襲われたことを警察官に伝えたところ、逆に「そんな申し立てをしているとあなたが逮捕されるかもしれない」と突っぱねられたという。

警察監察局の報告書では、こうした個別の被害申告を総合的に関連付けて判断することができなかったため、50年にわたる虐待に歯止めがかからなかったと警察の対応を強く批判している。また、被害者が自ら名乗り出て性的虐待を訴えることはできないと感じてしまったことは、深刻な問題だと指摘している。

●ジャニーズ性加害問題でも警察対応の検証を

故ジャニー喜多川氏による性加害問題をめぐる「マスメディアの沈黙」の原因のひとつに、刑事事件になっていないため、報道関係者が大きな問題として認識できなかったということが挙げられる。(参照:ジャニーズ性加害、「警察任せ」の報道姿勢がメディアの沈黙につながった 元民放記者が考察

被害者側に、警察に話しにくい事情があったことは、十分考えられる。男性の性被害に対する認識が乏しい時代であったこと、被害にあった年齢がまだ10代だったこともふまえれば、当然のことだったとも言える。

さらに再発防止特別チームの調査報告書では、ジャニー氏が現金を渡すことは、「各被害者に罪悪感を植え付けて関係性をコントロールし、被害者を申告させにくくする手段」と分析している。

それ以外にも、性的に手なずけられていたこと(いわゆる「グルーミング」)、被害者の児童もその親も、将来のことを考えると警察沙汰にしたくないと尻込みしたとしてもおかしくはない。

様々な理由から被害の事実を警察に訴えづらかった事情が考えられるが、数百人ともみられている被害者が、誰ひとりとして、一度も声をあげなかったのだろうか。1999年の『週刊文春』の報道後、国会で審議されたこともあった。被害を訴え、警察が捜査するというプロセスに何らかの目詰まりを起こしていない限り、この状況が何十年もの間放置されることは考えにくいのではないだろうか。

例えば、被害届を提出しようにも、受理されず門前払いされることはなかったのだろうか。 物証がないこと、被害から時間が経っていること、男性から男児に対する性加害という事情など、今の時代の感覚や法律では「おかしい」と判断できても、その当時は警察が被害届を受理しなかった事情もあるかもしれない。

警察が、ジャニー氏が続けてきた性加害に適用可能な法令をどう解釈し、どう被害者に接してきたのかは、これだけ社会的に重大な問題なのだから、少なくとも取材をしてその結果を明らかにするべきであろう。

性加害を報道しなかった「沈黙」に関しては、テレビ局の旧ジャニーズ事務所への忖度が疑われている。一方、警察の動きを報道していない「沈黙」に関しては、テレビ局の警察への忖度があるということだろうか。

〈プロフィール〉
吉野嘉高 1962(昭和37)年広島県生まれ。 筑紫女学園大学文学部教授。 1986年フジテレビジョン入社。 情報番組、ニュース番組のディレクターやプロデューサーのほか、社会部記者などを務める。 2009年同社を退職し現職。専門はメディア論。

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