安定的な皇位継承のための議論が遅々として進まない。現在の皇位継承順位は1位が秋篠宮さま、2位が悠仁さま、3位が常陸宮さまとなるが、若い世代での男性皇族は悠仁さましかおらず、皇位継承の安定性への不安は残される。
2021年12月には、皇位の安定的継承に関する有識者会議が報告書をまとめ、皇族数を確保するため(1)女性皇族(内親王・女王)が婚姻後も皇族の身分を保持する、(2)皇族として認められていない養子縁組を可能にし、旧11宮家の男系男子を皇族とする、の2案を提示した。
自民党は2022年1月に懇談会を一度開催したのみだったが、ここにきて動きも見られる。
10月23日には、岸田文雄首相が「立法府の総意が早期に取りまとめられるよう国会における積極的な議論を期待する」と所信表明演説で述べ、党内に総裁直属機関の新組織をもうける方針と読売新聞が報じた。長く棚上げされた議論が進展するのか、その方向性にも注目が集まっている。
小泉純一郎首相の私的諮問機関として設置された「皇室典範に関する有識者会議」(2005年)で、座長代理を務めた園部逸夫・元最高裁判事(94)は「皇位の安定的継承が危機にさらされ続けている」と指摘し、「皇室制度の安定的継承のためには、直系を維持することが重要。女性天皇、女系天皇を認めなければいけない」と話す。
園部氏が座長代理を務めた有識者会議では、女性・女系天皇を認めるとの報告書を提出しているが、悠仁さまのご誕生によって、議論は立ち消えになった。安定的に皇室制度を維持していくために、皇位継承問題の議論はどうあるべきなのか。皇室法の第一人者である園部氏に聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・山口紗貴子)
●「平成時代から引き継がれた課題が残されたまま」
平成時代から引き継がれた課題が残されたままになっています。現在の皇室は、天皇陛下、秋篠宮皇嗣殿下の次の世代の皇位継承資格者は悠仁親王殿下お一方となります。この先、悠仁親王殿下がご結婚されても、男子が生まれるかどうかはわかりません。安定した皇位継承とは程遠い危機的な状況が続いているのです。
私は法学者として研究、議論を重ねてきましたが、現在の「皇統に属する男系の男子が継承する」という制度では、安定した皇室制度の維持は厳しいと考えています。皇室制度の維持のために何より優先すべきは安定した皇位継承であり、そのためには直系であることが重要です。その先に、それが男性なのか、女性なのかという議論になります。
小泉純一郎首相の私的諮問機関として設置された「皇室典範に関する有識者会議」で、私は座長代理を務めました。女性天皇の可能性について約1年間議論を進め、2005年(平成17年)11月、報告書を提出しています。
主な内容としては、(1)皇位継承資格を女性・女系に広げる、(2)皇位継承順位は直系を優先する、(3)兄弟姉妹では長子を優先する、というものです。
小泉純一郎元首相(2016年、弁護士ドットコム撮影)
提出から2カ月後の2006年1月、首相公邸で食事をした際には、小泉首相は3月の通常国会に皇室典範改正案を提出すると話されていました。ところが2月、紀子妃殿下のご懐妊がわかると、当時、官房長官だった安倍晋三元首相が「改正論議は凍結する」との方針を示し、議論はストップしてしまいました。実は1月に食事をした席には安倍元首相も同席していましたが、不満げな顔を隠すこともなかったことが印象に残っています。
その後、旧民主党の野田佳彦政権下でも有識者会議が設置され、典範改正を目指したようですが、実現はしませんでした。令和に入ってからも「皇室典範特例法」の附帯決議では、政府に対して、お代替わり後速やかに検討するように求めています。
皇室典範に関する動き
ところが政治は進まず、棚上げされたまま、皇位の安定的継承が危機にさらされ続けているのです。議論した上で、国民の声をもとに法改正が必要であればしなければいけません。
議論する上で、まず初めに大事なのは、皇室の具体的な状況を念頭に置かないことです。愛子内親王殿下、秋篠宮皇嗣殿下、悠仁親王殿下などのお名前をあげることなく、本来望ましい皇位継承制度のあり方を考えなくてはいけません。
なぜ皇室制度が日本に必要なのか。必要だとすれば、女性天皇や女系天皇、女性宮家は認められるのか否かを考える。必要だとすれば適用時期、ご対象などについて考えていくこと。これが議論する上で、大事な姿勢です。
●「直系でつながる」重要性
現行の皇室典範は、第一条で「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」とし、第二条で、皇位継承順序は親から子への継承が原則であり、子の中では長子を優先すると定めています。
歴史上、皇位継承は必ずしも直系継承ではありませんでした。初代から現在の第126代天皇までの125の継承では、直系が継承した場合は70例で、天皇の兄・姉・弟あるいはさらに遠い血縁の皇族が継承していた場合が55例あります。
天智天皇が定めたとされる「不改常典」等、理念としては直系継承を尊重するものが見られますし、政治的に安定している時期には直系継承が多いといった傾向からも、本来の原則は直系による継承であると考えられています。
こうした歴史を経て、皇位の直系継承を法制度として定めたのが「明治皇室典範」です。その制定時「皇室典範義解」(伊藤博文著)では、皇位は直系に伝えることが祖宗以来の正しい法則であると説明しています。
●旧皇族の皇籍復帰「国民がはたしてどこまで納得するのか」
「女性天皇には賛成だが、女系天皇には反対だ」という声もあります。
現行の皇室典範では、皇位継承資格を皇統に属する男系男子の皇族に限定しています(第一条、第二条)。法令用語研究会編「有斐閣法律用語辞典」(第4版)によれば、男系と女系とは次のような説明ができます。
男系「家系において、男子の方のみを通してみる血縁の系統的関係。すなわち、血縁系の間に女子が入らない者相互の関係」
女系「厳密には、女子だけを通じた血族関係をいうが、広く、中間に一人でも女子の入った、男系でない血族関係を指して用いられることもある」
明治典範(明治22年制定)でも、現行典範の制定の際にも、女性天皇・女系天皇の可否を議論しています。国民意識、歴史・伝統との関係、皇位の安定性、当事者への配慮など、政治、社会、歴史、文化、宗教をはじめ多くの観点から議論がなされ、その上で直系男子に限定することになりました。
当然ながら、国民の皇室に対する意識や国民との距離感は時代とともに変わります。
女性・女系天皇を認めないとの批判の根底には女性には任せられないという蔑視があるのでしょう。日本の男性中心の政治は、日本を滅ぼすと思います。戦後、男女同権という言葉があれだけ叫ばれて、新しい考え方が入ってきたと思っていましたが、一体どこに行ってしまったのでしょうか。
現在、終戦後に皇籍離脱された旧皇族の男系男子を皇籍復帰させるとの議論も出てきますが、皇籍離脱から70年以上経過し、今の天皇家の血筋とつながるのは600年も前という方も多く、国民がはたしてどこまで納得するのかわかりません。
●「皇室のあり方、国民との距離感は時代とともに変わる」
日本人は大統領制やヨーロッパ的な王制ではなく、もともと非常に古い日本独自の歴史観を持っています。
私は1929年に植民地時代の朝鮮で生まれ、小学2年で台湾へ行き、終戦を台湾で迎えました。皇居というのは東京のど真ん中にあって、植民地からは遠い距離にあります。それでも毎朝、植民地からも朝礼のときは皇居のほうにむかって頭を下げ、天皇を拝んでいました。祝日になると必ず、校長が天皇の写真をご真影を飾ってあるところから恭しく講堂に持ってきて飾り、その前で、様々な式典が開かれていたことが思い起こされます。
先の戦争(第二次世界大戦)では「天皇陛下万歳」で、非常に多くの兵士が亡くなりましたが、天皇制をやめようという話は全然出なかったですからね。これが、日本独特の文化ではないでしょうか。
そして、皇室のあり方、国民との距離感は時代とともに変わります。
戦前は神棚の上にいた天皇が、戦後は国民に近づき、天皇との距離が近づいてきましたね。平成になってからは、(被災地訪問などの公務で)皇族が一般国民の前で頭を下げることもあります。
戦前には、そうした皇族の姿は想像することもなかった。神棚の上にいたわけですし、ご真影を拝むことも非常に恐れ多いことでした。天皇が直接、言葉で国民に挨拶したり、日本国中を走り回ったりすることは、戦前には考えられなかったことです。
●「法律は絶対的な存在ではない」
法律は絶対的な存在ではありません。絶対的な存在は国民の意思です。何でも法律ありきなどということはありませんよ。国民が何を欲しているのか、何をどうしたいのか、「法律というのは、国民のために変えていくべきものだ」という気持ちをもって、法律を変えていけばいいわけです。
皇室典範について言えば、皇室制度が将来も安定した制度として続くために、安定的な皇位継承のためには何が必要なのかという観点で捉えなくてはいけません。本来であれば、悠仁親王殿下がお生まれになった後も、議論は続けるべきでした。
歴代内閣、国会がその責任を放棄してきたために、危機的な状況が続いているわけです。現在の皇位継承資格者の将来への影響を考えると、議論は先送りにせずに早期に取りまとめることが望ましいと考えています。
【園部逸夫氏プロフィール】1929年生まれ。京都大学法学部卒業。同大学法学部助教授などを経て、法学博士。東京地方裁判所判事、東京高等裁判所判事、前橋地方裁判所判事、最高裁判所調査官等を歴任。最高裁判所判事(1989〜1999年)。2005年、小泉純一郎首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」座長代理、2012年内閣官房参与を務める。著書に『皇室法概論』、『皇室制度を考える』、『皇室法入門』など。