映画館を運営するTOHOシネマズが、配給会社に圧力をかけて、映画作品を優先的に配給するよう求めていたとされる問題で、公正取引委員会は10月3日、独占禁止法の規定(拘束条件付取引)に違反する疑いが認められたと発表した。
公正取引委員会によると、独占禁止法の規定に違反することを認めたものではないという。また、TOHOシネマズが再発を防止する「改善計画」を提出しており、公正取引委員会は同日、十分かつ確実に実施されると見込まれるとして、この「改善計画」を認定した。
TOHOシネマズによると、同社は全国で70を超える映画館を運営し、来場者数は国内トップシェアだという。今回、公正取引委員会から調査を受けていた行為はどのような問題があったのだろうか。西山晴基弁護士に聞いた。
●独占禁止法の「違反」まで認定されなかったワケ
――どのような問題があった?
配給会社としては、できるだけ多くの観客に映画作品を見てもらいたいので、来場者数トップのTOHOシネマズで、数多くの作品を上映してほしいと考えます。
今回、TOHOシネマズは、そうした有利な立場を利用し、複数の配給会社に対して、TOHOシネマズで作品を上映してほしいのであれば、「他社に映画を配給するな」「上映数が限定された作品は自社に優先しろ」などと求めていたとされます。
こうした行為は、他社の映画館に対して、集客に必要な作品を上映できなくさせる妨害行為として問題があります。
――「拘束条件付取引」はどういうものか?
拘束条件付取引とは、取引相手に「不当な」「条件」を付けることを「従わせる」行為です。
詳しく見ていくと、ここでいう「条件」とは、取引相手である配給会社の自由な活動を制限するものであり、誰と取引するかを選択する自由を制限するものも含まれます。
次に、「従わせる」というには、契約上の条件になっている必要はなく、取引拒否などの経済的不利益を背景に、実質的に従わせていたといえれば足ります。
報道によると、TOHOシネマズは、要請に応じなければ取引を拒否することも示唆し、実際に従わなかった配給会社とは一時取引を停止したこともあったということです。「他社と取引するな」などという取引先選択の自由を制限する「条件」を付けることを取引拒否などの経済的不利益を背景に「従わせる」行為をしていたといえます。
このような行為は、他社の映画館の妨害行為になるだけではなく、配給会社にも上映してほしい映画館で上映してもらえないという不利益を与え、観客にも一定の映画館では見たい映画を見られないという不利益を与えることになります。
――独占禁止法の違反とまでは認定されてなかったのはなぜか?
拘束条件付取引として違法というには、さらに、その条件が「不当な」ものといえる必要があります。
「不当な」といえるには、今回の行為によって、TOHOシネマズの競争相手である他社の映画館が、事業活動を継続することが困難になるおそれなどがあるといえる必要があります。
公正取引委員会が「独占禁止法の規定に違反することを認定したものではない」とした理由の1つには、現段階では、そうした「おそれ」までは確認できなかったことがあるのではないかと思われます。
――では、どのような場合であれば違法認定されていたか?
たとえば、仮に、ほとんどすべての配給会社に同様の行為をしていたり、気に食わない特定他社の映画館を狙い撃ちして、多くの作品を配給させないようにし続けていたりしていたのであれば、映画館によっては十分な集客ができなくなり、事業活動を継続することが困難になるおそれがあるでしょうから、違法認定される可能性があったと考えられます。
公正取引委員会のページより
●独占禁止法は「自由な競争秩序」を守るためにある
――今後、映画・エンタメ業界でどういうことが期待されるか?
そもそも、映画業界では、スクリーンが1つの映画館の時代から、次第に複数のスクリーンがある複合映画館(シネコン)が多い時代になったことに伴い、今では、1つの映画館でさまざまな系列の作品が上映されるようになっています。
その時代の変化によって、映画館には、どの映画を上映するかを選択する自由が生まれてきたわけで、それ自体は、映画業界の発展につながる良いことであるといえます。
ですが、どうしても自由な競争が生まれると、エンターテインメント業界も含めて、当然、強者と弱者が出てくることになります。
そして、強い力を持った者は、さらにその自由を自分だけのものにしようと考え、他者を妨害する行為を始めてしまうといった現象が、自由な競争の裏返しとして、これまでにもたくさん起こってきました。
独占禁止法はそうした行為を規制し、自由な競争秩序を守るための法律です。
今回のように、有力な映画館が、配給会社に対して、他の映画館に配給しないよう要請することも、「にぎり」と呼ばれる映画業界の慣習としてこれまでにもあったようですが、ようやく公正取引委員会のメスが入り、少し明るみに出ました。
こうした悪い慣習をなくしていくためには、行政によるさらなる監視に加え、世の中全体で監視機能を増やしていく必要があるでしょう。また、自由な競争下では、まだまだ顕在化しているとはいえない、現行法では守り切れない弱い立場の方が多くいますので、必要に応じた立法による保護も不可欠になってきます。
そして、エンターテインメント業界には、一部の力を持った立場に権利や利益が集中してしまうことが多々ありますが、そうした方々が、利益を得ることを優先するのではなく、積極的に、エンターテインメントを楽しむ顧客やファンのためにも、エンターテインメントを生み出す俳優・タレント・アーティストやクリエイターの権利や自由を守るようにして、業界全体を良い方向に発展させていってほしいと思います。