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「ここがなかったら、生きていなかった」施設等出身の女子学生に学びの保障と居場所を  NPO団体の奮闘
「ようこそ」の卒業パーティー(写真はいずれも「ようこそ」提供)

「ここがなかったら、生きていなかった」施設等出身の女子学生に学びの保障と居場所を  NPO団体の奮闘

児童養護施設や里親家庭出身の子どもにとって、高校卒業後の学びの継続は経済的困窮もあって困難を伴う。しかし厳しい社会を渡り歩くためにも、学歴は大きな味方になる。そこで、高校卒業後も施設等出身の子どもが学び続けられるよう支援する動きが広がっている。

女子学生のための支援つきシェアハウスを運営する、NPO法人「学生支援ハウスようこそ」が2016年4月に設立されて7年が経った。

児童養護施設、里親家庭などから入居した学生は、現在入居中も含めてこれまで総勢16名を数える。今年の春には、4年制大学生が2名、3年制専門学校生の2名が卒業して巣立っていき、今年度(2023年度)も2名の新入居者を迎え4名となった。

入居者は家賃3万円、朝夕の食事は無償提供という破格の待遇で暮らすことができるが、公的支援を受けられないため寄付に頼っていて、法人の運営は大変だ。「格差のいちばん厳しいところに置かれている彼女たちの学びの支援の重要性を考えてほしい」と理事長の庄司洋子さんらは公的制度の拡充を訴えている。(ルポライター・樋田敦子)

●「大人に守られたい」

「ケアリーバー」という言葉を聞いたことがあるだろうか。児童養護施設や里親など、社会的養護の経験者のことである。厚生労働省によれば、社会的養護で暮らす子どもたちは、全国に4万2000人。そのうち児童養護施設が2万4000人でもっとも多い。毎年約2000人の18歳の若者が措置解除となり社会に出ていく。

また厚労省の調査(平成28年)によれば、全世帯の大学等への進学率は74.1%(大学52.2%・専修学校等21.9%)に対し、児童養護施設出身の生徒の進学率は、24%(大学12.5%・専修学校等11.6%)。金銭面などから進学をあきらめざるを得ない現状がある。

「ようこそ」は、理事長の庄司さんが譲り受けた古民家をリフォームして、2016年に開設された。入居は、大学や専門学校に通う女子学生が対象だ。1階は、リビング、台所、食堂浴室、トイレの共用スペース、2階には4畳半の個室が5室のほかトイレ、物干し用のサンルームがある。

画像タイトル 「ようこそ」提供

5人が定員だが、コロナ期に患者が発生した場合を考慮して療育室に1室を充てるため、現在の入居者数は4人。家賃は光熱費を入れて3万円。当初は5万円だったが、学生の経済状況を考慮して3万円に値下げした。しかも食事は無償提供。

原則として午後5時頃から翌朝の9時までは、社会福祉の現場経験のあるスタッフ(中心的役割を担うハウスアテンダント2人を含む)のうち必ず1人が常駐するシステムをとっている。完全に自活する前のワンクッションとして、支援付きシェアハウスの機能を持たせた形で、制約もあるが、安全な生活が守られている。

「アパート生活では生活費もかさみますし、安全な場所で卒業まで暮らしてほしいという施設職員さんの願いがあって、入居希望者とともにここを見学にきます。

見学者と面談していると、おもに2つの傾向があるように思います。1つ目は集団生活から離れてアパートなどで自活して自由になりたい気持ちが強い人。2つ目は退所後も継続して大人からのサポートのある安全な場所で暮らしたいと思う人ですね。結局、後者の方が入居されていますが、前者の方でも職員酸と相談を重ね手入居を選択する場合もあります」(統括理事の湯澤直美さん)

●「食べたいもの」を伝えられるように

三菱UFJリサーチ&コンサルティング会社が厚労省の調査研究事業として実施した「児童養護施設等への入所措置や里親委託等が解除された者の実態把握に関する全国調査(令和2年度)」によれば、「今の暮らしで困っていること心配なことは何か」の設問について33・6%が「生活費や学費のこと」を挙げ、「将来のこと」が31・5%、「仕事のこと」が26・6%と続く。

「今後利用したいサポートやサービスの内容は?」については「奨学金や生活費の貸付など金銭面に関する支援」「住居や食事・食料に関する支援」「心身の健康に関する支援」と続く。お金の不安がのしかかっている現実が見える。

「ようこそ」の学生たちも同様で、門限の11時までの時間帯に、ほぼ全員がアルバイトをして帰宅してくる。授業料は日本学生支援機構で奨学金を借りるほか、家賃や生活費は、5年働けば返済が免除される国の貸付制度「児童養護施設退所者等自立支援貸付」や東京都社会福祉協議会の貸付を利用するなどして生活している。

暮らしのなかのルールは入居者との話し合いで設けていて、基本的には自主的に生活していくようになる。施設で職員にやってもらっていたことを、自らの手でやらなければならない部分もあり、初めは戸惑いもする。緊張して口数が少なかった入居者も、やがて慣れるにつれて、学校やアルバイト先であった悩みを相談するようになっていく。

画像タイトル 「ようこそ」提供

「ようこそ」では手作りの食事提供と食事を通した対話を大切にしている。苦手なもの、好きな料理などの対話を重ねることは、ひとりひとりに関心を持っていることや「あなたを大切に思っている」ことを伝える術になるからだという。

「食べたいもの」を「食べたい」と正直にホワイトボードに書いてきたり、話したりする場面は多い。気持ちのこもった料理が心を溶解するのか。これもスタッフとの信頼関係が深まった証拠でもあるといえよう。

●「『ようこそ』がなかったら、死んでいたよ」

「ようこそ」の活動がこのほど小冊子「暮らしの現場から 学生支援ハウスようこその7年」として報告された。

画像タイトル 「暮らしの現場から 学生支援ハウスようこその7年」

この冊子では退去者のインタビューも掲載されている。

ある専門学校卒業生は「『ようこそ』がなかったら、生きていなかったし、死んでいたよ……」とも話している。またある卒業生は「ここにいる間になんでもやらかしておくといいよ。ここはなんとかしようとしてくれるところだから」と後輩に託した。

若者たちの心に寄り添い、命を守るためにも、必要な居場所となってきた。

「退去後も、誕生日にメッセージを送ったり、地震があったら無事であったか連絡をとったりしています。国家資格を取得しても、労働の現場は厳しく、退職を余儀なくされることもあります。そんな時にも『あんなにみんなで応援して資格をとらせてもらったんだから、仕事を辞めるわけにはいかないよ』と、転職できた報告をいただくこともありました。人生の伴走者として、細く長く繋がりあっていければと思っています」(湯澤さん)

2022年6月に改正児童福祉法が成立し、原則18歳までだった対象年齢が2年後には撤廃され20歳まで延長される予定だ。日々、「ようこそ」の入居者と交流のある事務局次長の深田耕一郎さんが次のように話す。

「新しい子どもが施設に次から次へとやってくる中で、18歳になった以降も施設がケアできるかは、とても難しいと思うのです。最近では施設や里親を経由してやってくる若者ばかりではなく、地域の相談窓口を通じてやってくる若者やホームページを見て直接SOSを出してくる若者もいます。

非社会的養護といいますか、潜在的な社会的養護というのかはわかりませんが、とても苦しい状況にある学生がいるのだと思います。社会的養護に限らず、様々な事情を抱えた若者を受け入れる『ようこそ』のような形態の支援も必要になっていくのではないでしょうか」

●18歳からの多感な時期。道半ばで退去した人も

18歳でやってくる入居者は、社会的養護からの自立もあって悩みや不安も大きい。「ようこそ」に入居したものの、中途退去者がこの7年で7名いるという結果となった。今回あえて中途退去者の数を公表した。学生のうちから一人暮らしを経験したいと卒業の少し前に退去した人。進路変更や様々な理由から退去していった人もいた。

「入居学生の悩みは様々です。ケアリーバーであってもなくても、なかなか難しいお年頃なのです。普通の家庭でも、親との戦いを経て大人になっていきますからね。多少冒険をしたいけれど完全に自分でやっていくのは無理だと思い、自分の意思で『ようこそ』に来ているのですが、最初に考えていたようにはなかなかいかないわけです。

親しい異性ができてその人との生活を選択する人も当然出てきますし、それは不思議なことではありません。一般的な若者よりは、早い段階から深い親密な関係を望む傾向にあるかもしれません。その結果、中途退去した方もいました。自立支援をしている他の施設でも同様なことが起きているという話は聞いています」(庄司さん)

「児童養護施設では生い立ちの整理をしながら、退所後の自活をサポートできるよう、職員のみなさんが努力をなさっています。しかし心の傷つき体験の影響や親子関係への葛藤などは、退所後も続いていきます。まして18歳から20歳前半の頃は、社会人としての暮らしや結婚生活など将来への不安や葛藤を、若者ならだれでも抱える多感な時期です。

『ようこそ』にはさまざまなタイプのスタッフがいますので、親でも先生でも施設の職員でもない第3の大人として活用してもらえたらいいな、と願っています」(湯澤さん)

●必要なのは学びの保障と公的支援

7年間「ようこそ」の活動を続けてきて思うのは「私たちのような団体は、いつ消えてもおかしくない状態であること」と庄司さんは話す。運営資金は、会員の年会費3000円と会員からの寄付のみ。応募して獲得する助成金や大口の寄付もあるが、いくら満室になっても、これだけで成り立たせるのは困難だ。

「立ち上げのころに思ったのは、若者にとっての学びは、その後社会に出て自立していくにあたってとても大事だということです。社会に出て多様な学びの機会はあったとしても、やはり学校で学んでいくことが基本だと思います。特に社会的条件の悪い育ち方をしてきた方にとって学歴を得ることは、本人にとっても励みであり、生きていくうえでも大切な財産になると思うのです。ですから、学びの支援に力点を置いて活動してきました。

私たちの活動は、公的な制度になっている自立援助ホームに近い活動ですが、目標は学生支援なのです。自立援助ホームで学生だけを対象とすることは、今の制度下ではできません。制度の外側にいますから公的な補助が出ない。学生支援に特化した自立援助ホームという制度の可能性を探り、なおかつ財政面でも持続可能な道を求めていかなければなりません」

母子生活支援施設、児童養護施設に勤務した経験のある湯澤さんは「ようこそ」にピアサポートの機能があるのが大きいという。

「母子生活支援施設では、お母さんたちが事務所に集まってきて日々いろいろな話をしました。『ようこそ』でもキッチンやダイニングでは、日々学生さん同士のさまざまな会話が溢れていて、若者版の母子生活支援のようだと感じます。ピアサポート的な機能が学生さんのエンパワーメントになるように心がけています。スタッフが毎日必ずいるということの意味は安全だけではないはず。

とかく現在の福祉のあり方では、就労促進、就労自立が強調されますが、学びの保障ということを、もっと全面に打ち出すということは重要です。学歴は一生ついて回りますから、暴力や虐待被害の経験がある若い女性たちにこそ、さまざまな学びの保障が必要。ぜひ公的な福祉制度として定着してほしいです」

筆者は勉強とアルバイトの両立が大変で、大学や専門学校を中途退学する人を見てきた。最後までやり遂げる力とともに、やり遂げる環境とサポートが必要だったのではないかと考えている。ケアリーバーたちは、頼るところも少ない。産休中のリスキングを提唱するよりも、今学んでいる次世代を支える学生たちの支援をしていくことのほうが、意義が大きいと思っている。「ようこそ」も女子学生のための支援を持続していってほしい。

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