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部活顧問の「不適切な指導」で弟亡くした女性、教員向け「基本書」の初改訂に「時代の変化を感じた」「指導死もっと知って」
大臣面談後、記者に説明する「安全な生徒指導を考える会のメンバー(夏希さんは右。2022年9月15日)

部活顧問の「不適切な指導」で弟亡くした女性、教員向け「基本書」の初改訂に「時代の変化を感じた」「指導死もっと知って」

小学校から高校までの生徒指導に関する考え方や方法を教員向けにまとめた基本書「生徒指導提要」が初めて改訂される。

いじめの重大事態や不登校となる児童・生徒、さらに自殺者数が増加傾向を示している中で、生徒指導の方向性を再整理するためだ。

生徒指導提要は2010年に作成された。改訂に関する協力者会議が2021年7月から議論を重ね、今年8月に改訂案がまとまった。現在は、デジタルテキストとして公表するための作業中だ。

今回の改訂のポイントの一つは、「不適切な指導」という文言が入ったことだ。

教員の不適切な指導によって児童生徒が不登校になったり、自殺する可能性を指摘しており、現行のものにない画期的な内容となっている。(ライター・渋井哲也)

●指導死の遺族「時代の変化を感じた」

改訂案に「不適切な指導」を加えるように要望してきたのは「安全な生徒指導を考える会」だ。北海道から九州までの、不適切指導による自殺、いわゆる「指導死」の遺族たちで作られている。

考える会のメンバーは、改訂案の公表後の9月15日、永岡桂子文部科学大臣と伊藤高江政務官に面談したうえでさらなる要望書を手渡した。

改訂案の公表時、同会は、「こども基本法の成立を求めるプロジェクトチーム」の日本大学文理学部の末冨芳教授らとともに文科省で共同記者会見をおこなった。岡山市や鹿児島県奄美市からも、指導死遺族がオンライン参加した。

その後、共同会見をおこなった他団体のメンバーとともに、永岡大臣や伊藤政務官と面談した。その場で永岡大臣は「指導死ゼロは基本」と明言した。

この面談に同席した同会メンバーで、2013年3月に、北海道立高校1年の悠太さん(当時16歳)を自殺で亡くした姉の夏希さん(仮名)に話を聞くことができた。

弟の悠太さんは、所属していた吹奏楽部内の部員同士のトラブルに関連して、顧問から「もう誰とも連絡を取るな。しゃべるな。行事にも参加しなくていい」などと言われた。その後、他の部員に遺書めいたメールを送り、自ら命を絶った。

この件で、北海道教委は第三者による調査委員会を立ち上げなかった。その後、裁判となったが、札幌高裁(長谷川恭弘裁判長)は判決で、自殺の予見可能性はないとして賠償責任は問わなかったものの、顧問の指導が不適切だったことと、指導が自殺の契機になったことを認めた。

永岡大臣が「指導死ゼロ」と言ったことについて、夏希さんはどう感じたのか。

「大臣が思っている内容を聞かせてもらえること自体、想像していなかったため、びっくりしました。不適切な指導をきっかけにした自殺が起こりうることが知られてきたと思いました。時代の変化を感じました」

画像タイトル 「安全な生徒指導を考える会」は、他団体ともに永岡大臣と面談。要望書を提出した(同会は顔出しメンバーがいないため、撮影時は他団体のみ。2022年9月15日)

●暴力を伴わない不適切指導が「違法」とされることは難しい

指導死という言葉は、不適切な指導による自殺で次男(当時中学2年)を亡くした大貫隆志さん(「指導死」親の会・代表世話人)の造語だ。

自民党内の「Children Firstの子ども行政のあり方勉強会」から出された「こども庁創設に向けた第二次提言」や、同党の地方議員から出された「こども庁設置を求める要望書」の中でも使われている。

きっかけは、大貫さんが、勉強会で講師として話したことだ。

これまでも不適切指導による自殺が起きた際、調査委員会が立ち上がったり、裁判となることはあった。しかし、調査委で、不適切な指導によって自殺が起きたと報告されても、裁判では、暴力を伴わない不適切指導が「違法」とされることは難しい。

「弟が自殺で亡くなったとき、初めて『提要』の存在を知り、読みました。内容は非常に良いことが書かれていました。同時に『きちんと教員間で普及されていれば、弟の自殺を防げたのではないか』と感じました。

それに加えて、指導するうえで、気をつけるべき点を挙げ、その根拠を入れてほしいとも思っていました。作成されたのは2010年ですから、時代に合わせて、内容を改めたり、さらなる周知をしてほしいと思っていました。

そんな中、『協力者会議』ができ、改訂の話が進んでいるという話を知りました」(夏希さん)

●要望書を手渡すことが実現した背景

安全な生徒指導を考える会は2021年12月、文科省へ要望書を提出した。その後も、改訂試案が公表された2022年5月と8月にも、追加の要望書を提出した。

「重要だと思ったのは、『指導の手順』です。指導前に十分な事実確認をし、意見を聞くことが必要です。そのうえで指導することが、適切かつ必要なのか、組織的に話し合う。そうすれば、教師の思い込みによる指導は起きないと思います。

この『手順』は『少年非行』の部分にはあります。しかし、近年の、不適切な指導による不登校や自殺は、必ずしも『少年非行』に伴うものではありません。むしろ、日常の指導の中で起きています。そのため、各論ではなく、総論で扱ってほしかったのです。その点は、最後まで要望しました」

夏希さんらは2021年12月、要望書を文科省に手渡しすることを目指して「考える会」をつくった。ただ、「先生の指導に対して文句がある人たち」と警戒されないように、文科省に受け入れられる範囲で表現することを心がけた。

「要望書の手渡しにもこだわり、その方法を模索していました。本当に困っている人、指導によって人生が変わった人がいることを知ってほしかったんです。文科省へ問い合わせると、コロナ禍ということもあってか、郵送かメールでなら受け付けると言われました。思いの外、焦りました。そんな中、自民党の山田太郎参議院議員と知り合いました」

山田議員は、党内「勉強会」の事務局を担っていた1人で、子どもの自殺や学校問題は関心事だった。山田議員は文科省側のレクに同席するかたちを取り、要望書を手渡すことが実現した。

「レクでは、具体的にどう盛り込めるかを考えてくれました。少しでも指導が安全なものになってほしいという気持ちを直接伝えることができました。文科省側も聞いてくれて、検討してくれていることが感覚的に伝わりました。

もともと『提要』はすごく完成度も高く、良いものです。ただ、不適切な指導をすると、児童生徒の心が傷つくとか、不登校や自殺に繋がるという発想は感じさせないものでした。今回の改訂でも、『不適切な指導』のことを入れるというのは無理なお願いをしているかもしれないと思っていました」(夏希さん)

画像タイトル 「安全な生徒指導を考える会」は、文科省へ要望書を提出した。その際に夏希さんも会見に同席した(2021年12月21日、文科省内)

●「改訂をきっかけに興味を持ってくれた記者もいたことがすごくありがたい」

最終的には、「不適切な指導」が本文中に入り、目次にも反映された。そして、「不適切な指導と捉えられ得る例」として、以下の内容が例示された。

・大声で怒鳴る、ものを叩く・投げる等の威圧的、感情的な言動で指導する。
・児童生徒の言い分を聞かず、事実確認が不十分なまま思い込みで指導する。
・組織的な対応を全く考慮せず、独断で指導する。
・殊更に児童生徒の面前で叱責するなど、児童生徒の尊厳やプライバシーを損なうような指導を行う。
・児童生徒が著しく不安感や圧迫感を感じる場所で指導する。
・他の児童生徒に連帯責任を負わせることで、本人に必要以上の負担感や罪悪感を 与える指導を行う。
・指導後に教室に一人にする、一人で帰らせる、保護者に連絡しないなど、適切な フォローを行わない。

「『不適切な指導』という言葉を見たとき、本当にびっくりしました。文科省としても『不適切な指導』をなくしていきたいという気持ちがあったのだろうと思いました。

ただ、最初の案では、文脈の中ではわかりにくいものがありました。そのため、要望を重ねることにしました。この機会に一件でも不適切指導が減らせるように、より良いものにしたかったんです」

改訂のニュースは、報道各社が取り上げていた。しかし、話題の中心としては、「校則」が取り上げられることが多く、不適切な指導は取り上げられても小さい扱いか、ローカルなニュースだった。

「考える会」のメンバーがいる地域の北海道新聞は特集でも2度取り上げ、南日本新聞は記者会見のたびに記事化していた。一部の全国紙でも扱われた。

「もともと『不適切な指導』の問題を知らないという報道関係の方も多かったかなと思います。ただ、他の団体と記者会見をすることで、『不適切な指導』のことを勉強したい、具体的な事件を知りたいということで連絡をくれた記者もいました」

地元の新聞が取り上げてくれたのは、具体的な事件を知っているからこそだと思います。ただ、もともと繋がっていなかったNHKや東京新聞などでも、改訂案が公表されたことで、『不適切指導』や『指導死』を取り上げてくれました。

知らないとイメージが湧きづらく、スルーされがちです。今回の改訂をきっかけに興味を持ってくれた記者もいたことがすごくありがたいと思いました」

●「教職員以外にも『提要』を読んでもらいたい」

「考える会」のメンバーは全国各地にいるが、コロナ禍でもあり、なかなか1カ所に集まれなかった。そのため、動画配信サービス(Zoom)でのシンポジウムをおこなってきた。

「1年前から約2カ月に1回、Zoomでシンポジウムを開催してきました。1つの指導死事件でも論点や切り口はいろいろあります。たとえば、部活動にからむ指導の場面、遺族対応などの自殺後の学校対応、調査や裁判、再発防止などがあります。そうした話に1年間付き合ってくれた人たちが思ったよりもたくさんいました」

今後はどんな活動をしていくのか。

「まだ会として決めてはいませんので、個人的な考えになりますが、具体的に不適切指導がどういうものか、多くの人にイメージを持ってもらいたいため、今後も話す機会をZoomなどで続けていきたいです。

また、改訂される『提要』を周知していきたい。おそらく『提要』を多くの人が読んでいないと思います。教職員向けですから、読まなくてもふつうかもしれません。しかし、少しでも多くの人に知ってもらえるように何か企画したいです。

さらに、『不適切な指導』に関して相談しやすい窓口を作ってもらいたいと思っていますので、要望していきたいです。学校が責任を感じて、早めに隠蔽されやすいと思われるので、実態を明らかにするような提案もしていきたいですね」

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