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安倍元首相の「国葬差し止め」却下、「気に食わない」判断した裁判官を罷免できるのか? 市民団体による訴追請求の行方
安倍元首相(左)と裁判官の罷免をもとめた市民団体(弁護士ドットコムニュース)

安倍元首相の「国葬差し止め」却下、「気に食わない」判断した裁判官を罷免できるのか? 市民団体による訴追請求の行方

安倍晋三元首相の国葬をめぐり、市民団体が裁判官をやめさせることをもとめて訴追請求の手続きをおこなった。

市民団体は、安倍元首相の国葬差し止めの仮処分をもとめていた。ところが、東京地裁が却下の決定をしたため、これに不服があるとして、その決定を下した裁判官3人の罷免をもとめ、8月16日付けで訴追委員会に訴追請求したのだ。

なお、市民団体は、東京高裁に即時抗告もしている。

もし、訴追委員会が「罷免の訴追」をすれば、弾劾裁判が開かれ、裁判官をやめさせるかどうか判断されることになる。

ただ、簡単に裁判官をやめさせられるかというと、罷免には法律で定められた「罷免事由」が必要となる。「裁判所の判断に不服があるから、裁判官としてふさわしくない」という理由での罷免は可能なのだろうか。

過去の弾劾裁判において罷免された裁判官らの罷免事由を振り返ると、「接待」や「盗撮」など裁判外での振る舞いが問題視されている。元裁判官の弁護士は「罷免の訴追はなされないだろう」と話す。

●そもそも弾劾裁判とは

国民が裁判官をやめさせたいと考えた場合、まず、裁判官訴追委員会に罷免の訴追の請求をする。訴追委員会(衆参両議員から10人ずつの訴追委員)において審議され、罷免の事由があって、必要があると判断すれば、訴追状を弾劾裁判所に出すことになる(罷免の訴追)。

訴追委員会は、刑事裁判における被疑者の起訴・不起訴を判断する検察のような機関だととらえるとわかりやすい。

続いて、弾劾裁判で、裁判官をやめさせるかどうか決定するのは、衆参から7人ずつ選ばれた国会議員(「裁判員」)だ。

裁判官弾劾法に定められた「罷免の事由」は2つ。

(1)職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠ったとき
(2)その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき

1948年から2021までの間で、訴追委員会に受理された件数は、2万2801件で、そのうち、訴追された件数は58件(1人の裁判官に複数の訴追請求があった場合もあり、人数としては10人)だ。

こうして弾劾裁判を受けた10人の裁判官のうち、7人がやめさせられた。

●「事件記録を放置」「児童買春」「ゴルフクラブの供与」

弾劾裁判所から初めて罷免の判決を宣告されたのは、元帯広簡裁の判事だった。事件記録の不整頓を放置し、なんと395件もの略式命令請求事件を失効させ、そのうち3分の2について再起訴も断念させたことなどが、職務上の義務に著しく違反するなどが理由だ(1956年判決宣告)。

ほかには、担当する破産事件の破産管財人からゴルフクラブやスーツの供与を受けたもの(東京地裁判事補・1981年判決宣告)や、検事総長の名をかたり、内閣総理大臣に電話をかけ、前内閣総理大臣の関係する汚職事件(ロッキード事件)に関して虚偽の捜査状況を報告するなど、政治的策動にかかわったもの(京都地裁判事補・1977年判決宣告)などがある。

平成に入ると、性的な不祥事での罷免が続いた。3人の少女に対する児童買春・児童ポルノ禁止法違反の罪で有罪判決を受けた東京高裁判事(職務代行)が罷免された(2001年判決宣告)ほか、裁判所職員の女性にストーカー行為をした宇都宮地裁判事(2008年判決宣告)や、電車内で女性の下着を盗撮した大阪地裁判事補(2013年、もっとも最新の罷免)も罷免となっている。

弾劾裁判では、審理に出席した裁判員の3分の2以上が辞めさせると判断すれば、罷免される。三審制の司法裁判所と異なり、判決は宣告と同時に確定する。不服を申し立てる制度はない。

裁判官の身分を失うだけではなく、弁護士、検察官になる資格まで失う重い処分が下される。

こうして見ていくと、裁判における判断が不当だとして罷免させられたケースはないことがわかる。

●元裁判官の視点「罷免の訴追はなされないだろう」

裁判官の罷免の仕組みと歴史を踏まえたうえで、本題に入りたい。

今回の市民団体による裁判官の訴追請求は、口頭弁論や審尋(当事者の言い分を聞くこと)をしないで決定を下したことが、弾劾裁判法における「職務上の義務違反」にあたるとしている。

過去のケースを踏まえて、訴追委員会はどのような判断をすると考えられるだろうか。元裁判官の森中剛弁護士に見通しを聞いた。

——本件は弾劾裁判所での審理に至るのでしょうか

結論から言えば、おそらく、罷免の訴追はなされず、弾劾裁判所での審理にはならないと思われます。

訴追請求というのは、ざっくり説明すると、「裁判官としての資質を欠いているので辞めさせてくれ」と訴追委員会に申し立てることです。

今回の件は、裁判所の判断や手続きが、法律や憲法に違反していることから、この裁判官が、職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠ったときに該当するとして、訴追請求がなされたようです。

本来、裁判所の判断に不服がある場合には、控訴や上告(今回は仮処分申立てが却下されたとのことですので、即時抗告という種類の不服申立てになります)等で、是正を求めるのが通常で、法律もそれを予定しております。

また、裁判官は、憲法で身分が保障され、その保障のもとに良心に従って独立して職権を行使するものとされています。

判決を出す場合、主張が対立している当事者がいる以上、どちらか一方は、ときには双方が、判決内容に不満をもつことがほとんどでしょう。判決に不満だから罷免の訴追請求をしていいとなってしまうと、憲法で保障された身分が簡単に剥奪されてしまうおそれが出てしまいます。そうすると、良心に従い、独立して職権を行使するという裁判官の独立が侵される可能性が高くなってしまいます。

このような観点からすると、判断が間違っていたということを理由に罷免の訴追をおこなうことは、基本的にはないであろうと思われるわけです。

●不満があれば訴訟手続きで対処すべき

——判決が間違っていても、罷免の事由にならないということですね

裁判官訴追委員会のHPでも「判決が間違っている、自分の証拠を採用してくれない等の不満は、上訴や再審等の訴訟手続の中で対処すべきものであり、原則として罷免の事由になりません」と説明されております。

なお、先述の裁判官の独立についても、国民主権の下で存在するものである以上、国民の意思が反映されることも重要であり、そのために裁判官弾劾制度があり、最高裁判所裁判官の国民審査があります。

こうした国民主権の考え方からすれば、裁判官の判断が間違っていたときに、罷免の訴追のような選択肢がまったくないとまでするのは、行きすぎのような気がします。

ただ、訴追委員会も弾劾裁判所も、国会議員で構成されますので、運用次第では、三権分立を崩しかねないことになりますので、非常に慎重な運用が求められる制度であると考えられます。

——森中弁護士は裁判官時代に訴追請求された経験はありますか

私は訴追請求された経験はありません。

統計資料によりますと、罷免事由として主張された事実についても、誤判、不当裁判等が50%以上、その他の裁判手続きに対する不満等で、約95%を占めているようです。

これをみると、判決等に不満があるとして、訴追請求がなされることはそこまで珍しいものでもないようですね。

●実は罷免された場合でも法曹資格回復もできる

以上が森中弁護士の解説となる。

なお、弾劾裁判において、罷免された場合に不服を申し立てる制度はないと説明したが、罷免判決から5年が経過し、資格を回復させても良いという相当な理由があるときなどの場合、弾劾裁判所に失った法曹資格の回復をもとめることができる。これまで、やめさせられた7人のうち、4人の資格回復が認められている。

初めて法曹資格の回復が認められたのは、元厚木簡裁の判事。調停の帰り道、申立人所有の車(オート三輪)に便乗して旅館に行き、そこで酒食をふるまわれたのだが、さらにその非行を隠蔽しようとして、関係者に酒を持参するなどの行為があった。これは裁判官の威信を失う行為として罷免された(1957年判決宣告)。

この判事は罷免後、2度にわたって回復を求めたが、請求棄却とされ、3回目にようやく資格回復が認められた(1963年回復決定)。

先述のストーカー行為によって罷免された元判事も、「弁護士として社会貢献したいという意志を有するに至った」として資格回復が認められている(2016年回復決定)。

プロフィール

森中 剛
森中 剛(もりなか ごう)弁護士 弁護士法人Authense法律事務所
元裁判官。退官後、福岡県にて弁護士活動を開始し、2020年、弁護士法人Authense法律事務所入所。中小企業だけでなく大企業に対しても、予防法務から訴訟対応まで、幅広いリーガルサービスを提供している。

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