府中刑務所のある東京都府中市のコミュニティFM局の番組「刑務所ラジオ」は、2022年4月から6月までの毎月第2・第4月曜に夜10時から30分間放送された(現在、毎月第2月曜日の夜10時から再放送中)。元受刑者やその家族、支援者などが出演して、リアルな実体験を語った。
番組を企画したのは、受刑者やその家族などの相談を受けたり、刑事施設の処遇の実態調査を行っているNPO法人「監獄人権センター(CPR)」。番組づくりを担当したのは、CPR事務局スタッフの塩田祐子さん(46)だ。
「リスナーのみなさんに、受刑者や出所者などの言葉を直接届けたいと思って番組を企画しました。今は、Youtubeのように誰でもコンテンツを自作できる時代ですが、ラジオ局で放送されたことに価値があると思っています。暇つぶしの娯楽としてではなく、『何日の何時からの放送を聴こう』と思っていただけたら嬉しいです」
「ラジオが好きだったから」という塩田さんに、番組制作の経緯をうかがった。(ライター・小泉カツミ)
●聞かなければわからない「当事者なりの理由」
塩田さんは、フリーのライターとして活動していたが、ひょんなきっかけからこの活動に参加することになったという。
「もともと私は放送作家になりたくて、専門の学校に通っていました。そこで習作を提出することになって、テーマを探していたところ、図書館で死刑制度や刑務所についての本と出会いました。
そしたら、私が住んでいる場所の近くで『死刑の執行』が行われていることを知って、ちょっとショックを覚えました。
そこから『もっと知りたい』という欲求が高じて、どんどん調べているうちに『CPR』と出会い、ボランティアスタッフとして活動するようになりました」
CPRでの活動を始めたのが2009年。5年後の2014年には、塩田さんはCPR事務局の職員として働くようになった。
今回、番組制作について、「収録前の出演者の方達との打ち合わせがとても楽しかった」と語る。
「こちらが予想もしなかった話が飛び出すので、『それ、ぜひ(番組本番で)話してください』と伝えたりしました」
一例として、番組の第1回放送「覚醒剤を買おうとしたら、いきなり7つの罪で起訴された人〜転落からの再生、社会復帰まで〜」でゲストとして参加した元受刑者のクマさん(ニックネーム)のケースを挙げる。
「クマさんに覚せい剤を買う時の話を聞いたんですね。『1グラム3万円』が当時の相場だったところ、彼は『0.2グラム1万円』で買っていたという。お金が貯まるまで待てないのはわかるけど、相当な割高なわけです。理由を聞くと彼は、『毎回、これで最後にしようと思って買うから値段なんて気にしないんだ』と言ったんです。これは当事者にしかわからない理由ですよね」
クマさんは買うたびに「もう、これで最後にしよう」と思うのだが、結局使用歴は10年を超えていた。刑務所に入ったのは2回。出所後、もう二度と再犯はしないと誓い、現在は罪を犯した人の更生・社会復帰のサポートする活動をしているという。
塩田さんは、当事者が出演することにこだわる。
「その人の話の仕方、声のまま出て欲しい。よくテレビなどで元受刑者などのインタビューがあると、顔はモザイクで声も変えて、要所要所だけ切り取って見せますよね。あれだと本人の話になっていないと思う。そういう意味では、今回の放送はリアルに伝わったと思っています」
元受刑者や家族のリアルな肉声を聞く機会はなかなかない。そういう意味でも、「刑務所ラジオ」の試みは貴重といえるだろう。
●雑談の中から政策提言?
「刑務所ラジオ」第6回のテーマ「刑務所を出所した人が住みたい街に住む。地域の人になっていく」のゲストは、府中市市議会議員の結城亮さんだった。
結城議員出演の理由について、塩田さんは「以前に府中刑務所で服役している受刑者からの相談を受けて面会に行ったそうなので、その時の事を話していただきました」と話す。
この回で、塩田さんは、結城議員に対して、2017年12月に閣議決定された「再犯防止推進計画」の進捗具合に関する疑問点をぶつけた。「どの自治体もあまり積極的に取り組んでいない」と感じていたからだ。
すると、結城議員は「その話を9月の議会で質問にしますよ」と言ったのだ。
塩田さんは、「『雑談番組』だと思ってやっていたラジオ番組で、いきなり政策提言に繋がる(かもしれない)発言が飛び出して驚いた」とその時のやり取りの印象を語る。
塩田さん自身、再犯防止推進計画について、府中市に直接取材したこともあるという。
「市のパンフレットを見ても、再犯防止推進計画の記載はあるものの、いまひとつ何をやっているか分からなかったので。でも聞いてみるものですね。『就労や住居の支援について具体的に取り組んでいます』という答えが返ってきました。今後もこちらから色々提案して、もっと具体的に取り組んでもらうようにしていけばいいんですね」
●「社会復帰する手立てさえない状態」
塩田さんは以前に、刑務所を出所したばかりの人の支援をしたことがあった。
「その方は身寄りがなくて、頼れる友人や知人もまったくいない状態だったので、出所後の住居の確保や、生活保護の申請のお手伝いをしました」
その過程で、塩田さんは、事件を起こして逮捕され、起訴、裁判、収監されてしまうとどんなことが起こるかを知ったという。
「たとえば、アパートで一人暮らしの人が、いきなり逮捕されて、保釈されないまま刑が確定して刑務所に入っちゃったら、アパートの家賃は滞納されたままになり、大家さんや管理会社にしてみれば、いわゆる『飛んだ』状態になるわけですね。
出所後、アパートを借りようと思っても、以前の家賃滞納が解消されていないので、いわゆる『ブラックリスト』に入っていて新規の契約ができない。持ち物や家具も全部処分されてしまって、何もない状態。
家族や頼る人がいればまだしも、身寄りのない人にとっては、社会に復帰しようと思っても手立てさえない状態ということもあるんです」
「罪を犯したんだから、それぐらいの不自由があって当然だろう」という声もあるかもしれない。しかし、当事者は法に則り、決められた期間服役し、罪を償ってきたはずである。
再犯を防止する最初の一歩は、まさに社会復帰の途を閉ざさないことにあるのではないか。 そのためのシステム・制度をあらためて考えてみる必要があるだろう。