4月25日、東京・大阪・京都・兵庫の4都道府県に、3度目の緊急事態宣言が発令された。不要不急の外出や都道府県をまたぐ移動の自粛、大型の商業施設への休業要請などのほか、「飲食店への酒類の提供禁止(もしくは休業)」が要請された。これまでの時短要請(20時閉店・酒類の提供19時まで)より、さらに厳しい措置である。
筆者は新宿でバーを経営している。2度目の緊急事態宣言が発令された1月8日から、お店は休業している。通常は19時開店のため、時短要請に従うとそもそも営業ができないのだ。4月25日も休業は継続中のため、今回の緊急事態宣言に、先の見えない徒労感を覚えてはいるものの、営業面で直接的な影響は受けていない。
ただ、それはあくまで筆者の店の場合である。3度目の緊急事態宣言、さらに酒類の提供禁止要請を受けて、やるせなさや憤りを感じている飲食店は少なくない。また感染拡大防止という観点からも、今回の要請には疑問の声が多い。緊急事態宣言発令直後の新宿を中心に、飲食店関係者に取材した。(ジャーナリスト・肥沼和之)
●「お酒の持ち込みOK」と貼り紙をしている店も
要請を受けて、飲食店の対応は「(1)休業」「(2)酒類の提供なしで営業」「(3)通常営業」の3つにわかれていた。飲食店が立ち並ぶエリアでは、見たところ7~8割が(1)(2)だったが、(3)のお店もあった。そして、例外なく混雑していた。
つい先日まで、20時までの時短要請に従わない店に、客が殺到していたのと同じ現象だった。象徴的な光景として、酒を出さない店はガラガラだったが、隣接する通常営業の店は客であふれかえっていた。
酒は提供しないが、「お酒の持ち込みOK」と貼り紙をしている店もあった。一休さんのとんちのようである。また、ある居酒屋のスタッフは、「お酒は出さないことにしていますが、注文があれば(出します)……」とこっそり明かした。禁酒法のさなかの営業を思わせる。
近隣のレストランバーの店主に話を聞いた。同店は要請に従い、酒を出さずに20時までの時短営業を行うという。ただし、客によって対応を変えると明かした。
「常連客が来ればお酒は出すかもしれません。一見の人に出すと、SNSに投稿されたりするリスクがある。でも知っている人だったら、そこはね。せっかくお店に来たのに、料理だけじゃつまらないという人もいますから」
酒を出せない分、売上は50%以下になる見込みだが、今回の要請に不満や怒りの言葉はなかった。むしろ、政府の迷走に散々突き合わされ、諦めの境地のようだと感じた。さらに同店の店主は、酒を出している店に客が殺到していることを挙げ、「前回の時短要請と同じ。今回の措置も、感染拡大防止という意味では大して効果がないのでは」と話した。
●「営業妨害」と憤りをあらわにする店主も
一方で、休業を決めた居酒屋の店主は、「今回のような流れは営業妨害」と憤りをあらわにする。酒の提供を禁止することで、飲食店に人が集まることや、会話が弾むのを抑制できる側面はある、と理解している。ただ、政府からの説明が不足しているため、酒や飲食店が諸悪の根源とされてしまわないか、危惧しているという。
人通りが少なくなった新宿(2021年4月、筆者撮影)
「コロナが広まりだしたころ、悪の主役は歌舞伎町でした。それが飲食店、アルコールという風に、スケープゴートの種類が変わっただけに過ぎません。
しかも、感染拡大防止の施策として、『何をするのか? なぜそれをするのか? かかる費用の捻出、配分はどうするのか?』に、国民が納得できるような説明が圧倒的に足りない。首相や都知事の記者会見での質疑応答の不十分さを例に挙げるだけでも明らかです」
これまでも同様に、国民を置き去りにして施策が進められてきた結果、「効果は少なく、財源を無駄に遣い、国民の不公平感だけが増す、という状況がつくられている」と厳しい口調だった。
●「罰金を払っても営業を続けた方がいい」
要請に従わずに通常営業をする、ホストクラブの経営者に話を聞いた。酒の提供禁止について、「抑止力にはなると思う」と見解を示すが、従っていてはお店が維持できない、というのが本音だ。
「平常時だったら、国や世論に従うべきだと思います。ただ、緊急事態のようなときは、自分たちで考え判断していく必要がある。今回の施策は、世間一般に合わせて考えられたもので、夜の街で商売をしている我々に合わせたものではない。
家賃も従業員の給料もあるし、きれいごと抜きで食っていかないといけない。罰金があるらしいけど、払って営業を続けた方がいい」
上記のホストクラブとは別の理由で、通常営業に踏み切ったバーもある。酒場を愛し、「居場所」「拠り所」にしている客を大事にしたいという思いからだ。
「緊急事態宣言になると、飲みに行けなくなったお客さんや、お店を営業できなくなった店主など、酒場が好きな人たちはふさぎ込んでしまうんです。お店を開けていると、そういう人たちが来てくれて、『開けてくれてありがとう』と口を揃える。コロナは怖いけど、このお店が必要で来てくれる人を大事にしたいので、営業しています」
もちろん感染対策は徹底し、当面は会員制にしている。目指すのは、営業は続け、なおかつ感染者を一人も出さないことだという。今回の施策については、「お酒は全く悪くない、飲む人のマナーや秩序の問題。本当にお酒が悪いのであれば、国中のお酒を撤去しないと意味がないのでは」と話した。
●酒屋店主「12時間あけても、お客さんは一人来るか来ないか」
今回の要請で、酒屋も甚大な影響を受けている。飲食店街にある酒屋の店主は、「12時間開けて、お客さんが一人来るか来ないか」と憔悴しきった様子だった。
金銭面でももちろん厳しい。酒屋への支援は、2度目の緊急事態宣言に伴う一時支援金(30万~60万円)のほか、4月に発表された月次支援金(月10~20万円)しかなく、全く足りないのが現状だという。
さらに今回の要請は、酒屋の存在自体を否定されているように感じ、精神的に辛いと吐露する。
「お酒は悪者なのか、世の中から必要とされていないのか、と感じてしまいます。お客さんも減って、交流もつながりも絶たれて、なおさら社会から分断されているようです。緊急事態が明けても良くなるとは思えず、不安しかない」
●「いい加減にしてほしい」という思い
飲食店の多くは、疑問を感じながらも、国や都道府県の要請に従っている。一年以上前からそうしてきた。だが、コロナは収束の気配を一向に見せない。筆者のような、小さなバーの経営者が、飲食店関係者の総意を代弁するのはおこがましいが、「いい加減にしてほしい」というのが本音だろう。
コロナが未曽有の事態であり、どうするのがベストなのか、簡単に答えが出ないことは理解している。身を削って奔走している政府関係者や、医療従事者の方々には感謝しかない。
けれど、厳しい要請が出されても、首相や都知事が訴えかけても、従わない飲食店はある。客も同様で、外飲みや越境飲み、開いている店で飲む人は減らない。致し方ないのでは、と思う。自粛疲れ、疑問しかない施策、不平等な支援への不満のほか、国会議員の会食報道などもあり、もう限界なのである。
実際に取材で、「今回の施策が科学的だとは全く思えない」「国会議員の給料を減らして支援に回してほしい」「この状況でオリンピックを開催しようとしていることに怒りしかない」など、さまざまな声があった。
こういった意見は、メディアやSNSにも多数上がっているが、偉い人たちの耳に届いているのだろうか。きっと届いていて、民意を反映した意思決定や、施策づくりに奔走しているのだと信じたい。
最後になるが、小規模な飲食店は、協力金によるコロナバブルと言われている。筆者の店もその立場なので、自己弁護のようになってしまうが、協力金は課税対象のため、納税という形で跳ね返ってくる。
今回、取材をした小規模な飲食店も、「信頼できるNPO・NGOなどに寄付して、有意な税金対策をしようと思う」とのことだった。筆者も同じ考えだ。私利私欲のためだけに使えるお金が入る、というわけではないことをご理解いただけると幸いである。
【著者プロフィール】 肥沼和之。1980年東京都生まれ。ジャーナリスト、ライター。ルポルタージュを主に手掛ける。東京・新宿ゴールデン街のプチ文壇バー「月に吠える」のマスターという顔ももつ。