京都造形芸術大学(学校法人瓜生山学園)が「京都芸術大学」に名称を変更したことをめぐり、よく似ているために混乱が生じるなどとして、京都市立芸術大学が、名称の使用差し止めをもとめた裁判で、大阪地裁は8月27日、請求を棄却する判決を言い渡した。
京都市立芸術大学は9月8日、1審判決について「およそ承服しかねる」として、大阪高裁に控訴した。同・赤松玉女理事長「訴えの正当性が認められるよう、引き続き主張してまいります」としている。
今回の1審判決は、どのようなものだったのだろうか。また、控訴審の争点はどうなるのだろうか。知的財産権にくわしい齋藤理央弁護士に聞いた。
●1審は「似ていない」と判断した
――1審判決をどんなものだったのか?
訴訟では、不正競争防止法2条1項1号と2号が問題となりました。
不正競争防止法は、事業者間の公正な競争を確保することを目的とします。
京都市立芸術大学は、瓜生山学園が大学の名称を変更したことについて、「公正な競争を害する行為だ」として訴えを提起したことになります。これに対して、1審・大阪地裁は、京都市立芸術大学の請求を認めませんでした。
――1号と2号はそれぞれどういうものか?
不正競争防止法2条1項1号と2号は、まさに今回問題となった大学名称のような『標識』を保護する規定です。
大雑把にいうと、2号は"全国的に著名な価値のある標識を保護"し、1号は"全国的な知名度まではないが一地方では知名度のある標識を一定の悪質な行為から保護"しているという役割分担です。
――裁判ではどう適用されたのか?
大阪地裁は、(1)京都市立芸術大学、(2)京都芸術大学、(3)京都芸大、(4)京芸、(5)Kyoto City University of Arts のいずれも、全国区の知名度はなく、著名ではないと判断しています。この時点で、2号の保護は受けられません。
一方で、裁判所は、(1)京都市立芸術大学という大学名は、京都及びその近隣では需要者に広く認識されていると判示しています。つまり、全国的な知名度まではないが、京都や周辺では広く知られていると判断して、周知性の要件を認めています。
これに対して、(2)京都芸術大学、(3)京都芸大、(4)京芸、(5)Kyoto City University of Arts の4つの名称について、周知性もないという判断をしています。この時点で4つの名称は1号の保護もなく不正競争防止法では保護されません。
そこで、瓜生山学園が(1)京都市立芸術大学について、1号に当たるような行為をしたかが問題となります。
――どういう行為なのか?
今回の場合、1号で禁止される行為は、京都市立芸術大学という名称とまったく同じか、似ている名称を用いて、京都市立芸術大学が運営していると勘違いさせるような学校運営をおこなうことです。そして、今回、京都市立芸術大学との関係で問題となっているのは、瓜生山学園が新たに使用した京都芸術大学という名称です。
しかし、裁判所は瓜生山学園の行動が、需要者を勘違いさせるような悪質な行動かどうかを判断する前に、そもそも、『京都市立芸術大学』と『京都芸術大学』は似ていないという判断をしました。
つまり、大学は似ている名前が多くあり(例:大阪大学と大阪市立大学、大阪府立大学、東大阪大学など)、大学の名前について、需要者は一部でも違えば、異なる大学だと理解できるから、『京都市立芸術大学』と『京都芸術大学』は区別がつくと判断したのです。
●京都市立芸術大学の一手
――控訴審はどうなると予想されるか?
実は、京都市立芸術大学は、令和2年8月12日に(1)京都市立芸術大学、(4)京芸、(5)Kyoto City University of Arts について商標登録をおこなって、商標権を取得しています。また、商標登録後、訴訟とは別に仮処分を申立ていました。しかし、京都市立芸術大学は、仮処分を取り下げて、控訴審に集中すると発表しています。おそらく、控訴審で商標権侵害に基づく主張を追加するのだろうと思います。
商標法は、不正競争防止法2条1項1号・2号と同じく、「標識」を保護する法律です。ただし、商標法は、著名な標識や、周知の標識でなくとも、登録された標識(法律上は標章と呼ばれます)をすべて保護します。
すると、商標登録がされた以上、名称の著名性や、行為の悪質性を主張する必要はなくなります。1審では、不正競争防止法の保護の対象外とされた(4)京芸、(5)Kyoto City University of Arts も、新たに商標法により保護されることになります。
そうすると、京都市立芸術大学としては、(1)京都市立芸術大学、(4)京芸、(5)Kyoto City University of Arts の3つの名称について、瓜生山学園が使用している名称との類似性さえ認めてもらえばいいことになります。
すると、控訴審でもやはり、京都市立芸術大学と京都芸術大学の類似性(似ているかどうか)が天王山になるでしょう。
●長い歴史を有するからこそ区別できた?
――1審は「似ていない」という判断だった。
ここは、1審の判断にも疑問もあるところです。たしかに大学名称は一部分違いのものも多いのですが、それぞれの大学が長い歴史を有するからこそ、需要者において一部分しか違わない大学名を適切に区別できているところもあります。
そうすると、需要者は一部分の違いでも大学名を適切に区別できるという1審の判断は、それぞれの大学がお互いの大学名を許容し合い、歴史の中で、大学名称に識別性を獲得してきた場合に当てはまる話で、今回のように、一方が新しい名称を使い始めるタイミングで識別力を獲得するに至っていない場合にも妥当する話なのかは疑問もあります。
小僧寿しチェーンの商標が問題となった事案で、最高裁判所は、小僧寿しの名称は一般に浸透し高い識別性を獲得しているため、小僧という商標と勘違いしないと判断しました。このように、名称がどの程度世間に知られているかは、類似性の判断に影響を与えます。
今回は瓜生山学園が名称変更をするタイミングで、京都市立芸術大学が即座に救済を求める法的手続をとっています。「寿し」という商品名が一方にしか入っていなかった小僧寿しの事案とは反対に、両名称に大学というサービス名が入っている今回の件では、一方の大学名称が地域に浸透し識別性を有し、もう片方の大学名称が識別性を獲得していない段階であることはむしろ需要者に運営主体を誤らせるとして、類似性を肯定する事情と評価できる可能性もあります。
この点も含めて、類似性が肯定されるのか、やはり否定されるのか一番のポイントではないかと思います。