いまだ世界各国で新型コロナウイルスが猛威をふるっている。
累計感染者数は、1828万人を超え、死者は約69万人にのぼっている(8月4日現在)。日本は欧米や南米諸国に比べて、感染者数、死者数ともに少ないものの、日々感染者数は全国で増加し続け、予断を許さない状況だ。
そんな状況下で、いち早く中国・武漢市から未知のウイルスが発生したことに気付き、対策を迅速に行なった数少ない国が台湾だ。8月6日現在、感染者わずか477人、死者7人と、被害を最小限に抑え込むことに成功した。
日本と台湾は何が違ったのか。元朝日新聞台北支局長で、『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)を上梓した、ジャーナリスト・大東文化大学特任教授の野嶋剛氏は「日本は台湾よりも2カ月遅れていた」と指摘する。なぜ台湾は新型コロナウイルスに立ち向かった際、世界トップレベルの対応ができたのだろうか。野嶋氏に詳しく話を聞いた。(福田晃広)
●新型コロナ発生を独自にキャッチした台湾
台湾の新型コロナウイルス対策は、日本とどんな違いがあったのか。野嶋氏は(1)政府の初動、2)SARSによる経験、3)台湾に根付く民主主義と社会の共感力、の3点にとくに注目している。
まず1)の政府の初動について、野嶋氏は「単にスピーディーだっただけではなく、コレクティブ(集約的)であった」と評価する。
中国の中部に位置する武漢市で、原因不明の肺炎症例が出たのは、2019年11月中だとされている。ただし、国の国家衛生健康委員会へ報告があげられたのは、12月30 日。武漢市の海鮮卸売市場での新型コロナウイルスによる感染爆発が起きた後だった。
台湾は、12月末には、深刻なウイルスが中国・武漢で発生したという情報を独自につかみ、12月31日には、緊急の関係閣僚会議を開催。すぐに武漢市からの直行便に対する厳しい検疫や、国民への注意喚起、中国への確認、WHO(世界保健機関)への通報も行なっている。
年が明けてからは、検疫に加えて、感染の疑いがある人には隔離政策を徹底的に行なったり、他国に依存せずマスクの自主確保に動いたりするなど、感染拡大防止に全力を注いだ。
この一連の台湾政府の動きについて、野嶋氏はこう語る。
「日本が当初、中国やWHOからの情報提供に頼っていたのに対し、台湾は、独自のヒューミント(人的諜報活動)やウエブ上の民間の議論から情報を得て、武漢の実態が深刻なものだと知っていました。中国からの反対があり、WHOから排除されていますし、中国政府の構造的な問題として正しい情報が発信されないだろうとわかっていたからです」
ビジネスやそれに伴う家族帯同、留学などで、約80万人の台湾人が中国で生活しているとされる。野嶋氏によると、台湾の情報機関はこうした人材と密接なパイプを持っていたことから、新型コロナ対策においても、早い段階からの正確な情報収集に成功した可能性が高い。
こうして、世界がまだ事態を注視していない中、2019年の大晦日には、国をあげて新型コロナ対策に舵を切ることができたのである。
●SARSの教訓を活かし、万全の体制で臨む
加えて、2002年から03年にかけて流行したSARSの教訓を新型コロナ対策にうまく活かしたことも台湾の感染拡大に歯止めをかけた理由だと、野嶋氏は指摘する。初動における体制作り、その後の水際対策にもそれは現れていた。
「当時、世界的にもSARSウイルスへの知識が不足していた上に、今回の新型コロナよりも中国の情報統制は徹底していました。その影響もあり、台北の大きな病院で十分な感染症対策が取られないまま、院内でSARSが蔓延し、計31人が死亡してしまった。国民はパニック状態になり、政府は厳しく批判されましたその反省に基づき、台湾政府は感染症対策に着手し、行政機構と法制度を見直して、一からつくりかえたのです」
台湾は、SARSから約17年間、外部から評価されることがなくとも、未知のウイルスの襲来に備えるため、対策を積み重ねてきた。そうしてつくりあげたのが、公衆衛生上、重要な事態だと判断されたとき始動する『中央流行疫情指揮センター』の開設だ。
日本では、マスクの在庫を一目でわかるアプリを開発した、デジタル担当政務委員の唐鳳(オードリー・タン)の存在が目立っている。一方で、この指揮センターが今回、新型コロナ対策では強力な司令塔として大きな役割を果たした。
指揮センターの傘下には、専門家会議、疫病監視チーム、国境検疫チーム、メディア担当チームなどが設置される。野嶋氏が説明する。
「台湾の首相にあたる行政院長よりも、指揮センターの指揮官に与えられる法的権限は大きく、軍を含めた政府のあらゆるリソースを動員できるのです。たとえば、軍隊によって都市封鎖も実施できますし、企業の施設や工場を使って、マスクの生産を計画したりもできます。実際、今回のコロナ対策においても、医療関係者や高校生以下の海外渡航を禁止しましたが、法的根拠があると政府は主張しています」
また、蔡英文総統のリーダーシップもさることながら、副総統のポストに陳建仁という公衆衛生の専門家がいたことも見逃せない。あたかも、新型コロナが襲来するのを予感していたように、台湾は万全の体制で未知のウイルスに挑んでいたのだ。
●日本と違い、民主主義がしっかり機能
野嶋氏は「台湾が新型コロナ対策を見事に遂行できたのは、民主主義が機能している点に帰する」と話す。
「たとえば、今年1月にあった台湾総統選の投票率は74.9%と、日本と比べてかなり高い。これほど国民が政治への関心が高ければ、政治家はちゃんと仕事をしないと『次の選挙は痛い目に遭う』ことがわかっている。政治と世論との間に緊張関係があるのです」
また、マスク入手をめぐっても「生活に密接した物資が手に入らなければ、コロナ対策そのものの信頼度が問われるという危機意識が政府にはありました。選挙では圧勝した蔡英文・民進党政権でしたが、危機感をもって対応を続けたのです」と、指摘する。
日本では、2017年に行われた衆議院議員選挙の投票率は、53.68%、2019年の参議院議員選挙にいたっては48.8%にすぎない。このような状況では、政府が国民のニーズを汲み取ることは期待できないだろう。
台湾が新型コロナ感染拡大をほぼ完璧に防ぐことができた背景として、本書(『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』)で野嶋氏は「自分たちの国家は自分たちで守らないとならないという感覚が社会に定着している」ために、民主主義の厚みがあることも強調する。
その結果として、「社会の共感力」が生まれたともいう。「『守護台湾(台湾を守る)』のスローガンの下に、コロナを食い止め、台湾を守るためには、いかなるコストも辞さない」という強い共感力でもって、コロナに立ち向かうことができたのだろう。
ひるがえって考えると、日本はどうだろうか。本書で野嶋氏は、重い問いを投げかけている。