スナックやバー、キャバクラなど、いわゆる「水商売」が苦境に立っている。2年前に業界の活性化を目的として設立された一般社団法人「日本水商売協会」の甲賀香織代表は「このままでは、店もキャストも半減する」と話す。はたして、"アフターコロナ"の水商売はどうなるのだろうか。(ライター・渋井哲也)
●「緊急事態宣言でとどめを刺された」
政府は4月7日、新型コロナウイルスの感染が急速に拡大していることを受けて、東京など7都府県を対象に緊急事態宣言を発令した。それでも歯止めがかからないことから、4月16日に対象範囲を全都道府県に拡大した。
筆者は4月7日の夜、新宿・歌舞伎町を歩いた。普段より客足は少なかったものの、小池百合子都知事が、「夜の街」への自粛要請した記者会見のとき(3月30日)と比べると、やや多かった印象だ。キャバクラやガールズバー、バーの一部は開店していた。
感染拡大による自粛モードは、仕方がないところもあるが、自粛要請と緊急事態宣言は、「夜の街」に大きな打撃を与えた。この"ダブルパンチ"の影響について、甲賀代表はどうみているのか。
「小池知事の記者会見の前から、客は減っていました。緊急事態宣言で、とどめを刺されたかたちですね。宣言以降、開店している店は、日ごろから法令を守っていないアンダーグラウンドの店や、明日のお金がないから開けざるをえない店です。一方で、客層は、感染を気にしない人たちなので、働いている女の子は大変ですよ」
●銀座と歌舞伎町の違い
都内には、銀座や六本木と、歌舞伎町など、いくつか歓楽街がある。それぞれに違いはあろうだろうか。
「銀座や六本木の店の多くは、仕事に関連して飲んでいる人が多いです。だからこそ、新型コロナの感染拡大が起きると、『夜の接待』をしなくなりました。一方、歌舞伎町は、個人で楽しむ人が多い。きちんとしている店は、早めに自主休業をしていましたが、法令遵守しない人たち、あるいは、社会のルールに対して意識が低い人たちは、まだ続けています」(甲賀代表)
たしかに、筆者のスマホにも、歌舞伎町のキャバクラ嬢から「開店してるよ」というLINEが送られてきていた。もう何年も顔を見ていない子だった。客が少ないからか、おそらくIDを交換した客全員に営業の連絡をしているのだろう。
●固定費だけで「500万円」の店も
こんな店を1つでもなくしたい――。それが3月30日の小池知事の会見だった。「夜の街」と新型コロナの感染者の関連性について、小池知事は「夜の街といいますか、夜間から早朝にかけての接客を伴う飲食業の場での感染者が東京都で多発していることが明らかになりつつあります」と述べていた。
政府や都が、密閉、密接、密集、いわゆる「3密」を避けるように呼びかけているが、水商売は「3密」になりやすい。むしろ、避けられない。しかし、休業してしまえば、家賃や回転資金が枯渇してしまう。
こうした状況を受けて、甲賀代表は4月9日、自民党の岸田文雄政調会長と面会して、新型コロナの感染拡大に伴う企業や個人事業主への緊急支援策の対象として、ほかの業種と区別せず、水商売も給付の対象になるようにもとめた。
甲賀代表(左から3人目・提供写真)
「一番は、家賃がきついのです。家賃の減額交渉をしようとする動きはありますが、『うちが休業しろとは言っていない』として、大家が交渉に応じないというケースがけっこうあります。そうなると、簡単には、店は休めません。
銀座の地域ルールがあるんですが、開業するとき、6カ月分の保証金をもとめられます。仮に、契約途中で閉店すると、保証金をとられてしまいます。閉めるに閉められないのです。家賃が高いところは、何百万円というところもあります。歌舞伎町でも、固定費だけで、500万円という店もあると聞きます」(甲賀代表)
●「水商売を理解してほしい」
しかし、中小企業・小規模事業者向けの資金繰り支援措置「セーフティネット保証5号」は、バー、キャバレー、ナイトクラブは対象とされているが、風営法の許可を受けるキャバクラやクラブは外されている。
自粛要請は、合法な営業についての制限、もしくは事実上の営業禁止をおこなうものといえる。日本水商売協会は、休業をしている間の店舗家賃の補償、最低限の人件費の補償、無担保無利子融資の斡旋をもとめている。
また、店のスタッフは、事業主と雇用契約があるが、ホステス・キャスト・ホストは、個人事業主だ。そのため、日本水商売協会は「確定申告をおこなうなど、正当な経済活動をしている事業主」に対しても平等に手続きをすすめてほしいと訴えている。
同協会は、オンライン署名サイト「Change.org」で署名をあつめた。このページへのアクセス数は、なんと10万PVを超えた。ただし、署名数は7066筆(4月10日現在)と伸び悩んでいる。関心のある一方で、水商売への助成について賛否両論があるとの認識だ。
「なかなか現場のことが伝わってないと思います。私たちの主張は、私たちだけに特別なことをしてほしいというものではありません。一般企業と同じ補償をしてほしいだけなのです。『水商売を除外しないで!』というのが主張なんです」(甲賀代表)
●「除外されてきたことに慣れていた」
ただ、業界内でも、一致団結して、大きな声として、主張しきれていないところがある。ホステスやキャバ嬢、ホストなど、夜の仕事をしている人たちがきちんとしたかたちで、訴えをしていることはあまりみかけない。
たとえば、雇用調整助成金についても、厚労省は当初、キャバクラや風俗などについて、不支給の方針を示していた。そんな中で、風俗の当事者団体が声をあげて、除外規定を見直すようにもとめて、最終的に見直された経緯がある。
「この業界で働く人たちは、これまで、こうした社会的サポートから除外されてきたことに慣れてしまっていたのだと思います。悪い慣習です。今は、誰もが生きるか死ぬかです。ようやく気づきはじめたんです。ただ、一般の人にはなかなか伝わらないことがあります。
夜の世界は、きらびやかというイメージがあったり、『儲かっているんでしょ?』と見られています。しかし、暗黙のルールで、融資を受けることが難しい。裏技を知っている税理士がいるので、相談はできると思いますが、『裏技があるという時点でどうなのか?』と思います。だからこそ、ほかの業種と同じような社会的サポートをしてほしいのです」(甲賀代表)
●ライブ配信をすすめている
やはり厳しいのは、当面の資金繰りだ。仮に、助成されることになったとしても、支給される額では足りないだろう。また、支給される時期もいつになるかわからない。そのため、日本水商売協会は、ライブ配信での営業をすすめている。
「この業界では、新しいことをしたがりません。でも、今はみんな切羽詰まっています。本当にやばいと思っています。声をかければ、のってくる可能性は高いと思います。まだ準備中ですが、トライアルとしてすすめていきたいです」(甲賀代表)
おそらくライブ配信は、店からではなく、キャストの自宅からすることになる。ただ、それでは、店を通さなくてもできてしまう。個人として成り立ったとしても、店としては意味がない。
「すでに、個人でライブ配信をしているキャストもいます。人気YouTuberになれるのなら、それは独立するのもありだと思います。でも、ほとんどの子たちは、工夫するのは苦手なことが多い。協会としては、"お店ありき"で考えています。
顧客サポートの意味でも、店がしていたサービスのすべてを網羅するものじゃないといけない。店もキャストも生き延びることが大切です。銀座のクラブもトライアルしようとしています。それをいかにマネージメントするかでしょうね。それが一番のキーです」(甲賀代表)
●この状況が明けたあとはどうなるのか
もちろん、ライブ配信以外でも、キャストやスタッフたちそれぞれが生き残る戦術はある。たとえば、転職することだ。しかし、日本水商売協会としては、水商売を盛り上げたいという思いから、積極的にはすすめていない。
「キャストやスタッフがひとりで生きていく術はいろいろあると思います。たとえば、昼職への転職を支援する協会理事もいます。問い合わせが、通常の3〜4倍あるといいます。しかし、協会としてのスタンスは、業界を盛り上げることが目的で、転職をすすめているわけではありません。この状況が明けたあと、店の再開につながる施策でないといけません」(甲賀代表)
今後、休業が明けると、夜の街は様変わりが予想される。はたして、アフターコロナの水商売はどうなるのだろうか。
「この状況では、残念ながら、つぶれてしまう店も出てくると思います。2008年のリーマン・ショックや、2011年の東日本大震災のときと比べても、影響は大きいです。そのため、店もキャストも、半減するだろうとみています。
一方で、法令を遵守している店を普通の中小企業と同じ扱いをするのなら、生き残るところも多くなるでしょう。しかも、法令遵守しないブラックはなくなると思います。その意味でも、国の支援が重要です。水商売の"暗黒時代"を断ち切るチャンスでもあると思います」(甲賀代表)