「主文。被告人を懲役●年に処する」。刑事裁判の判決のシーンだ。裁判長はこのように、結論である「主文」をまず読み上げるのが普通だ。ところが、世間の注目を集める重大事件ではときどき、主文が後回しにされるケースがある。
たとえば、広島地裁で3月13日、広島市のお好み焼き店で60代の夫婦が刺殺された事件の判決公判があった。そこでは、強盗殺人罪で起訴された男性に対して無期懲役の判決が言い渡されたが、裁判長は主文を後回しにして、判決理由の朗読を先におこなった。
光市母子殺人事件や首都圏連続不審死事件の判決公判でも見られた「主文後回し」。なぜ、このような事件では、通常とは違い、主文が後回しにされるのだろうか。刑事裁判に詳しい萩原猛弁護士に話を聞いた。
●判決の読み上げの順番は、法律で決まっているわけではない
萩原弁護士によると、「刑事訴訟法や刑事訴訟規則では、主文と理由の『朗読の順序』について何も規定していません」という。刑事訴訟規則35条2項をみると、「判決の宣告をするには、主文及び理由を朗読し、又は主文の朗読と同時に理由の要旨を告げなければならない」と書かれているものの、その「順序」については特に定めがないのだ。
そもそも刑事裁判の判決の「主文」と「理由」に何が書かれているかというと、「『主文』において、被告人に科されるべき刑の内容が具体的に明らかにされ、『理由』では、『主文』を導き出した具体的根拠が説明されます」ということだ。
このように法律で特に順番が指定されているわけではないが、ほとんどの刑事事件の判決で、裁判官は、条文に記載されている順序に従って、「主文」「理由」の順に朗読している。ところが例外的に、「主文」が後回しにされ、「理由」を先に読み上げることがある。それは、「死刑」を言い渡すような場合だ。
●重大事件で「主文」を後回しにするのは、被告人の心理に対する配慮
なぜ、死刑判決のような場合に「主文後回し」がとられるのか。その理由について、萩原弁護士は次のように答える。
「もし死刑判決の場合に、冒頭に『主文』を言い渡せば、死刑を宣告された被告人は動揺してしまい、引き続いて朗読される『理由』など落ち着いて聞いていられなくなるからです」
このように述べたうえで、次のように説明する。
「裁判の宣告、すなわち、判決の言渡しの目的は、被告人にその内容を理解させることにあります。検察官の起訴に対して裁判所がどのような判断を下したのか、そのことが被告人において充分に理解できて初めて、判決に服するか否か、その判決に対する態度を決めることができるからです」
死刑判決における「主文後回し」の理由は、被告人の動揺をさけるため、ということだが、「『死刑=主文後回し』が慣行になると、『主文後回し』になった時点で『死刑』ということが分かってしまう」という問題もある。そこで対策として、「無期刑」を言い渡す場合にも、主文後回しにすることが多くなっているのだという。「主文後回しであっても、必ずしも死刑とは限らず、無期刑の場合もある、というのが最近の傾向でしょう」。
●例外的に「主文後回し」になる、もう一つのケース
また、萩原弁護士によると、死刑や無期刑のほかにも「主文後回し」になるケースがあるという。それは、刑務所に実際に入ることになる「実刑」か、とりあえず服役をまぬがれる「執行猶予」かが争われるような場合だ。その目的について、萩原弁護士は次のように説明する。
「このような事件で主文後回しにする目的は、判決に対する『被告人の充分な理解』にあります。初めに『執行猶予』だということが分かってしまうと、その時点で、被告人は服役を免れたということで安心してしまい、『理由』の朗読を真剣に聞かなくなってしまうのではないか、との懸念があります。
執行猶予になるか微妙な事案の場合、裁判官は様々な点について考慮を巡らします。そのうえで、実刑を回避して執行猶予にしたということは、被告人が社会で更生するのを期待したということです。被告人がそのことを真剣に受け止めて更生してほしい、という裁判官の思いが、通常とは違い『理由』から朗読して『主文』に至るという順序に現れている、と考えられます」
このように刑事裁判の判決で「主文後回し」になるのは、それなりの意味があったのだ。「主文後回し」を選択する裁判官の思いを想像してみれば、判決のニュースを見る目も変わってくるだろう。