「通勤地獄」と呼ばれる首都圏の電車通勤。できれば「席に座りたい」と望む人は多いだろう。そんな願いをかなえるために、始発の少し先の駅から乗車する客が、あえて始発駅まで戻って座席を確保しようとすることがある。いわゆる「折り返し乗車」と呼ばれる行為だ。そんな折り返し乗車が、神奈川県横浜市のみなとみらい線で、大きな問題となっている。
みなとみらい線は、『元町・中華街』と『横浜』を結ぶ、わずか6駅の短い路線だ。ただ、横浜から先は東急東横線に乗り入れて東京方面に向かっているため、東京都心部に通勤する人にとっては、『元町・中華街』が始発駅となることも多い。そこで、『横浜』で乗った客がいったん『元町・中華街』やその手前の『みなとみらい』などに戻り、そこで始発電車に乗り換えて東京方面を目指すということがおこなわれている。
相互乗り入れしているとはいえ、東急東横線とみなとみらい線は、それぞれ異なる鉄道会社が運営する別の路線だ。利用するには東急東横線の乗車運賃のほかに、みなとみらい線の運賃(横浜~元町・中華街で片道210円)を支払う必要がある。ところが、みなとみらい線の運賃を払わずに「折り返し乗車」をしている通勤客が多いのだという。
みなとみらい線を運行する横浜高速鉄道は、駅の構内にポスターを貼るなどして、乗車券をもたない「折り返し乗車」をしないよう乗客に呼びかけている。鉄道会社からすれば、乗車する以上はきちんと運賃を払ってほしいということだろうが、そもそも「折り返し乗車」は法的に問題ないのか。徳永博久弁護士に聞いた。
●キセル乗車は「犯罪」になる
「今回は『折り返し乗車』が問題となっていますが、似たような事例で、かなり前から問題視されているのが『キセル乗車』です」
キセル乗車とは、具体的にはどういうものか。
「本件で問題となっている東急東横線を例にして考えてみましょう。
東横線は、東京の渋谷と横浜を結ぶ路線ですが、横浜から渋谷へ通勤するサラリーマンからすれば、始発駅が横浜で、終点が渋谷ということになります。そして、『横浜』の次の駅は『反町』で、『渋谷』の一つ手前の駅は『代官山』です。
このようなときに、本来ならば、乗車駅の『横浜』から降車駅の『渋谷』までの定期券を買わなければいけないのに、『横浜から反町まで』の定期券と『代官山から渋谷まで』の定期券を利用することで、『反町から代官山まで』の乗車料金を不正に免れる行為を言います」
現在は定期券が電子化したために、このようなキセル乗車は難しくなったが、かつては多くみられた。
「電車を利用する乗客には、『乗車した区間の運送サービス』に応じた対価、つまり、乗車料金を支払う義務が発生します。
ただ単に、乗車駅と降車駅の改札口を通過するための切符や定期券を購入すればよいというものではありません」
きちんと乗車駅から降車駅までの運賃を、対価として支払わなければならないわけだ。こうしたキセル乗車がよくない行為であるのは明らかだが、犯罪になるのだろうか。
「今のように自動改札機がなく、駅員が改札で定期券や切符をチェックしていた時代の話ですが、詐欺罪が成立するとした裁判例があります」
●「折り返し乗車」も不正行為であるのは「キセル」と同じ
では、「折り返し乗車」については、どう考えればよいのだろうか。
「本件で問題となっている事例に即して、東横線で『横浜』から『渋谷』へ通勤するサラリーマンが、みなとみらい線の『横浜』から『元町・中華街』までの区間を折り返し乗車するケースを考えてみましょう。
この場合、折り返し乗車をしている乗客は、『元町・中華街→横浜(乗車駅)→渋谷(降車駅)』という鉄道路線において、『横浜→元町・中華街→横浜→渋谷』という運送サービスを受けています。
しかし、横浜で乗車して渋谷で降車しているために、『横浜→渋谷』の運賃しか払っていません。つまり、『横浜→元町・中華街→横浜』の乗車料金を支払う義務があるにもかかわらず、その分を支払っていないわけです。
これは、キセル乗車と同じ構造ですので、改札を通過する際に精算義務を不正に免れたとして、詐欺罪または電子計算機使用詐欺罪(自動改札の場合)が成立します。
なお、このような不正乗車が発覚した場合は、民事上も、鉄道の運営会社の規則にしたがって、正規運賃の他に違約金を徴収されることがあります。こうした行為は差し控えるべきでしょう」
徳永弁護士はこのように注意を呼びかけていた。