薬物事件を起こした受刑者などを対象に、刑の執行を一部猶予して早期の社会復帰をうながす「一部執行猶予制度」の導入が決まった。新制度を盛り込んだ刑法などの改正案が6月13日、衆議院本会議で全会一致で可決・成立した。公布から3年以内に施行される。
「執行猶予」は一定の条件下で、裁判所が刑の執行を猶予できるという制度。執行猶予中に別の事件で有罪とされた場合などには、猶予は取り消される。
現在の制度では、執行猶予は「刑の全体について付けるか、付けないか」という選択肢しかないが、改正で「一部は実刑、一部は猶予」という判決を出せるようになる。たとえば「懲役2年、うち6カ月は刑の執行を2年間猶予する」という判決を受けたら、受刑者は1年半の間刑務所で服役し、最後の6カ月は「執行猶予」で、釈放される。
なぜ、いまこのような制度が導入されることになったのか。意義や狙い、課題などについて、慶應義塾大学法学部の太田達也教授に聞いた。
●保護観察を充実させ、「再犯率」の減少を目指す
「この制度の狙いは、社会復帰した元受刑者の『再犯』を減らすことです。現在、『再犯のおそれがない』として仮釈放された人のうちの30%、満期釈放者だと56%もの人が5年以内に再犯で刑事施設に戻ってきています」
――なぜそんなに再犯率が高いのか?
「再犯を防ぐ仕組みが十分でないのです。例えば『保護観察』は再犯を防ぐ制度の一つですが、これまでの制度では、再犯リスクが高い釈放後5年間に十分な保護観察期間を確保できませんでした」
――その理由は?
「保護観察にするためには、刑期が残っている必要があるためです。仮釈放の場合、残りの刑期はせいぜい数ヶ月から半年、満期釈放者に至っては刑期が残っていないので、何の措置もできないという状況でした。
ところが、一部執行猶予によって刑期を残したまま釈放すれば、執行猶予期間中は刑期が残りますから、必要性に応じて、社会の中で保護観察を受けながら更生できるようになります」
――保護観察には、どんな効果があるのか?
「保護観察は犯罪者の社会復帰を支援するという側面も大きいのです。特に、この制度が主な対象としている薬物依存者にとっては大きな意味があります。刑事施設内での処遇に続いて、社会の中でも指導や治療を継続して行うことで、より効果的に薬物から離脱できるようになるからです。
また、高齢や障がいのある受刑者も、保護観察をはさむことでスムーズに福祉につなぎ、社会のなかで見守りながら、最終的には福祉に委ねてゆける。このように、新しい制度は、刑事施設と社会とを有機的に連携させることで、犯罪者の更生や再犯率の低下を狙っているのです」
――この制度はうまくいく?
「課題はあります。従来より対象者が増え、はるかに長い期間、保護観察が行われることになりますから、保護観察官の増員などの体制強化は不可欠です。より有効な処遇を行うためには、プログラムの充実や効果の検証も必要ですし、受け皿となる医療・福祉機関を確保し、連携を深めることも必須です。
裁判においても、刑の量定を行う裁判官や裁判員だけでなく、検察官や弁護人も含めた法曹が制度の趣旨を正しく理解し、適切な運用を心がけていく必要があります」
――受刑者にとっては結果的に、監視される期間が長くなってしまうのでは?
「そうとらえる風潮はあります。しかし保護観察は、犯罪者を『補導』し『援護』する、つまり支援するという意味で、極めて大切な役割を果たしています。再犯を防ぐことが、なにより犯罪者本人にとっての利益になることを忘れるべきではありません」
【取材協力】
太田 達也(おおた・たつや)慶應義塾大学法学部教授
専攻は刑事政策、被害者学、アジア法。主に刑罰論、犯罪者処遇論、被害者支援論について研究を進めている。業績等は、http://k-ris.keio.ac.jp/Profiles/0040/0006547/profile.html