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人として生きる術を奪われた「無戸籍児」を救うには(下)~山下敏雅弁護士に聞く
「無戸籍」状態を解消するための調停にかかわる山下敏雅弁護士

人として生きる術を奪われた「無戸籍児」を救うには(下)~山下敏雅弁護士に聞く

親が出生届を出すことをためらったために「無戸籍」になってしまった子どもたち。その原因の一つとして指摘されているのが、民法772条の「離婚後300日規定」だ。これは、離婚した女性が300日以内に子どもを産んだ場合、法律上は「前の夫の子」と考えるというルールである。

今の日本社会では、離婚後300日以内に生まれた子どもでも、実際には「前の夫の子」でない場合が多いが、この「300日規定」のために、法律上は「前の夫の子」とされてしまう。そのことを恐れた母親が出生届を役所に出さなかった結果、「無戸籍児」が次々と生まれてしまっているのだ。

このような事態を解決するため、明治時代に作られた「離婚後300日規定」を改正すべき――そう訴えるのは、「無戸籍」状態を解消するための調停にかかわっている山下敏雅弁護士だ。今の時代にあった「親子関係を決めるルール」とはどんなものか。山下弁護士に話を聞いた。

●「今の男女間のあり方と『ずれ』が出ている」

――「無戸籍」の問題をどうとらえているか?

「以前、性同一性障害の方の裁判の弁護団長をしていました。女性から性別の取り扱いの変更で男性になった夫と、その妻の間に、第三者の精子提供による人工授精で長男が生まれたのですが、出生届を出した際に『夫の子』と認められなかったため、裁判になったのです。こちらの裁判でも、父子関係を決める民法772条の推定規定が問題になりました。『妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する』(772条1項)という条文通りであれば、父子関係を認めなければならないのですが、『血のつながりがない』として役所が認めませんでした。最終的に2年かけて、最高裁で父子関係が認められました。

離婚後300日問題はこの逆で、同じ民法772条でも第2項の問題です。『婚姻の成立の日から200日を経過した後または婚姻の解消もしくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する』という条文に基づいて、血のつながりがなくても、父子関係があると推定されてしまいます。この2つを対比すると、役所は一方で、性同一性障害のケースで『血のつながりが大事だ』と条文に反する対応をとったのに、一方では、300日問題で、婚姻関係が破綻して、血のつながりがないのにもかかわらず、杓子定規に父子関係があると推定しています。役所のやっていることには一貫性がなく、しかも当事者たちを苦しめているのです」

――父子関係を「推定」する仕組み自体が不要ということなのか?

「父子関係を安定させる法的な枠組み自体は重要ですが、その推定の方法がおかしいのです。法律が制定された明治時代には、『夫婦の性交渉は婚姻期間だけ、それも離婚直前までつづく』と考えていたんでしょうが、今はそう単純ではありません。男女間のあり方も多様になっています。いわゆる『できちゃった婚』も増えましたし、離婚直前まで性交渉のある夫婦は、そうないはずです。『成立後200日、離婚後300日規定』は、頭の中の理屈であって、今の男女間のあり方とは『ずれ』が出ています」

――どんな制度にすべきなのか?

「法律の条文から『300日』という日数の部分を取り払い、婚姻期間中に出産した時に父子関係を推定するなど、婚姻期間外に生まれた子どもの場合は、前の夫と関係させずに父子関係を決める仕組みが必要でしょう。今でも、離婚後に懐胎したことの医師の証明書があれば、役所は前夫を絡ませずに届出を受理してくれます。しかし、懐胎が離婚前だと容易ではありません。ただし、家族法に関することでは、立法はなかなか動かないのが現実です。法律を変えるのにすごく時間がかかるので、裁判で何とかするしかありません」

――司法としてやれることは何なのか?

「認知や親子関係の確認請求があったとき、裁判所には、前の夫を絡ませずに早期に父子関係を安定させて、出生届をだせるような柔軟な判断をしていただきたい。裁判所も判例の積み重ねで、前の夫を絡ませずに父子関係を認めるようになってきています。このことは裁判所のホームページにも書いていることなのですが、当事者には届いていません。当事者が知らないと何もできません」

●「戸籍がないと免許をとることや、社会保険に加入することも難しい」

――どんな支援が求められているのか?

「本来は、国が、父子関係を安定させるための費用をサポートすべきでしょう。国の制度のせいで、当事者は苦しめられているのですから。もちろん、法テラスを使うなど、いろいろな方法がありますが、無戸籍ゆえに経済的に厳しい状況に置かれています。当事者の負担にならないようにすべきです」

――山下弁護士が担当する調停はどんな状況か?

「弁護士費用を払うのも厳しい状態です。戸籍がないままだと、免許をとることや、社会保険に加入することも、全くできないわけではないですが、非常に難しいです。無戸籍でも結婚できますが、戸籍はまるで、日本人と外国人の結婚のような形になり、名字の選択もできません」

――弁護士の間で、この問題は認識されているのか?

「たとえば私の場合でいうと、大学の法学部で『300日問題』は学びましたが、それが当事者をどう苦しめるのかまでは知りませんでした。法学部で学んだのは、『300日規定によって、前の夫であるとの推定が及ぶから、前の夫に嫡出否認をしてもらうことが必要だ』という手続き論だけでした。『前の夫と絡むのがいやで出生届を出さない』という実態の話までは大学で学んでいないので、私も『無戸籍』のまま何十年も生きている方々の話を聞いてびっくりしたところです。弁護士の間でも、きちんと理解できていない人がいるのが実情です」

――弁護士として、何ができると考えているのか?

「それぞれの当事者ごとに、『婚姻期間中どうだったのか』『いつ関係が破綻したのか』『血縁関係がどうなっているのか』について、裁判のなかで一つずつ明らかにしていくことが、弁護士の役目です。判例の積み重ねによって社会を変えていくことができます。事例が積み重なれば、後追いのような形で法律も変わるかもしれません」

「人として生きる術を奪われた『無戸籍児』を救うには(上)〜支援団体の井戸代表に聞く」はこちら

(弁護士ドットコムニュース)

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