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韓国「セウォル号」船長を「殺人罪」で起訴――もし日本で裁判したらどうなる?
海難事故の原因はさまざまだ

韓国「セウォル号」船長を「殺人罪」で起訴――もし日本で裁判したらどうなる?

死者・行方不明者が300人を超える大惨事となった韓国の旅客船「セウォル号」の沈没事故。乗客をおいて避難したとして強く非難されていた船長ら4人が5月中旬、「殺人罪」で韓国検察に起訴された。

報道によると、船長らは、乗客の救護措置を取らないと溺死してしまうことを認識していたにも関わらず、乗客を船内にとどめ、先に脱出したことが「不作為」や「未必の故意」による殺人にあたると判断されたという。

聞き慣れない言葉だが、この「不作為」や「未必の故意」とはどういうことか。また、日本の法律でも、今回のようなケースで船長が「殺人罪」に問われることはあるのだろうか。荒木樹弁護士に聞いた。 

●不作為とは、行動を起こさないで放置すること

「今回の報道を見る限り、日本と韓国では、刑法やその解釈に相当な類似性があるように思われました」

こう荒木弁護士は切り出した。

「不作為とは、目の前で人が死にかかっているのに、なにもしないで放置するといった意味です。不作為犯とは、『ナイフで人を刺す』などといった積極的な行為がないにもかかわらず、犯罪として成立する場合のことです。日本の法律でも、一定の場合には、不作為犯として処罰をされる場合があります」

日本では、どんなときに成立するのだろう。

「殺人罪の不作為犯が成立するのは、次の3つの条件をすべて満たすときです。

(1)被害者の生命を救助すべき義務(作為義務)があること

(2)不作為が、積極的な殺人行為と同程度の危険性があること

(3)殺人の故意があること」

●日本でも「不作為の殺人罪」の可能性あり

今回の韓国の船舶事故のような事案を想定すると、日本でも、不作為の殺人罪になるのだろうか。

「旅客船の船長としては、当然、条件(1)の『事故時の旅客救助義務』がありますね。旅客を甲板に誘導するなどして、救命措置をとることも可能であったと言えるでしょう。

また、今回は沈没しつつある船舶内で、他者からの救命が想定できず、また、旅客自身が自主的に脱出することも極めて難しい状況でした。いわば、閉じ込められた状態です。

つまり、そのような乗客を放置して逃げ出すことは、積極的な殺人行為と同じように生命に対する危険が高い行為といえ、実際、多数の旅客が死亡しています。ですから、条件(2)にも合うでしょう」

条件(3)はどうだろうか。

「そこが問題です。『殺人の故意』がある場合とは、一般の方の場合、被害者が確実に死亡することを認識し、その死を欲していること、と考えがちです。しかし、『故意』とは、そのような場合に限定されません。

被害者が死亡するかもしれないと分かりながら、死亡してもやむを得ないと考えた場合も含まれるのです。このような故意を『未必の故意』といいます。これに対し、確実に死亡すると考えている場合を『確定的故意』といいます」

どうやら、一口に「故意」といっても、いろいろあるようだ。

●故意が認定できなければ、殺人罪は成立しない

ただ、そのような意識があるかどうかは、当人の心の中のことだから、裁判でも判断しづらいのではないか。

「そうですね。未必の故意は、故意があると認定できるかどうかの限界点です。実際の裁判の場では、故意の有無をめぐって争われる可能性は、非常に高いでしょう。

もし、故意が認定できなければ、殺人罪としては処罰できず、業務上過失致死罪などによって処罰されることになるでしょう」

このように荒木弁護士は、裁判のポイントを指摘する。

「今回の場合、旅客の救命措置を講じなかったのは単なる不注意によるものではない、という見方もあるようです。船舶の救命ボートに不具合があって機能しておらず、これを乗客から隠ぺいするために、あえて避難誘導をしなかったという報道もあります。

これが事実であるならば、旅客が死亡してもやむを得ないとの『未必の故意』が認定される可能性があります。もし同じようなことが日本国内で起きれば、未必の故意による不作為の殺人罪が成立する可能性も十分にあるでしょう」

今後、韓国の裁判所がこの船長をどう裁いていくのか、見守りたい。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

荒木 樹
荒木 樹(あらき たつる)弁護士 荒木法律事務所
釧路弁護士会所属。1999年検事任官、東京地検、札幌地検等の勤務を経て、2010年退官。出身地である北海道帯広市で荒木法律事務所を開設し、民事・刑事を問わず、地元の事件を中心に取り扱っている。

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