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美味しんぼ「鼻血問題」 福島出身の弁護士はどう見たか?
ビッグコミックスピリッツ誌に掲載された「福島の真実 その22」(雁屋哲、2014)

美味しんぼ「鼻血問題」 福島出身の弁護士はどう見たか?

福島に行ったら鼻血が出た――。原発事故以降の福島県を描いた漫画『美味しんぼ』の表現が、大きな論争を巻き起こしている。漫画そのものは「福島の真実編」と題した一連のエピソードが終わったところで休載に入ったが、その後も論争は続いている。福島生まれの弁護士は『美味しんぼ』の表現をどう受け止めたのだろうか。福島県出身で、現在は広島市で開業する石森雄一郎弁護士に話を聞いた。

●多様な意見や可能性を慎重に検討すべき

「私は東日本大震災発生時、福島県郡山市に住んでいました。そして震災から2年の間、同地に居住し、福島県内で家族、友人、職場関係者、被災者と話してきましたが、この期間に震災前と比べて鼻血が出やすくなったという声を聞いたことはありませんでした。私自身、原発事故後に鼻血が出たことはありません。

ただ、もしかしたら、『美味しんぼ』で書いてあるような症状に悩んでいる人がいるかもしれません。仮に作中の『放射性物質の影響で鼻血が出る』という意見が、現在の医学的通説と大きくかけ離れたものであっても、これを『真実と異なる』と簡単に断じることはすべきではないでしょう。

今後の福島の状況を慎重に判断するためには、『美味しんぼ』に出てくる意見を簡単に否定することはむしろマイナスで、多様な意見、可能性を慎重に検証する姿勢は絶対に必要です」

●簡単に結論を出せないから、苦しんでいる

「一方で、『放射性物質の汚染が健康に及ぼす影響』については、福島第一原子力発電所の事故直後から、さまざまな意見が福島県民を取り巻いています。

安全なのか、危険なのか。福島県民の中には、どの意見を信じていいのか判断できず、それゆえに、解消できない不安を抱えている人が大勢います。

そうした観点から、子育てのあり方や生活のあり方について、家庭内で大きな意見の対立が起き、それがきっかけで離婚に至る夫婦も現実にいるのです。

福島県民にとって、この問題はそれぐらい繊細なことがらで、現在も多くの人が翻弄され続けています。『安全か否か』について、簡単に結論を出せないからこそ、福島県内に残った人も、県外に避難した人も、避難先から帰還した人も、それぞれの決断が正しいのかどうかを考え、悩み、苦しみ続けているのです」

●いとも簡単に「断定」した姿勢が問題

「しかし、『美味しんぼ』の作者は、『福島は危険』『福島に滞在することで鼻血が出る』という意見をもつ双葉町前町長や岐阜環境医学研究所所長ら、極めて限定された人の意見を聞いただけで、いとも簡単に、そして安易に、その意見が客観的に正しいと『断定』し、それが『福島の真実』であるとしました。

騒動後に発表された言葉をみると、作者は『福島を危険視する意見内容が批判されている』と感じたようです。たしかに、そうした観点から批判した人も少なからずいたでしょう。しかし、もし作者の表現に、結論に至るまでの悩みや慎重さが感じとれたならば、今回のような大騒動までには至らなかったはずです。

問題となった『美味しんぼ』の回を読んで、私が率直に思ったのは、『こんなに簡単に結論が出せるはずがない』ということです。作中の『意見内容』が問題なのではなく、一つの意見にすぎないものを、ほとんど悩みを見せずに、いとも簡単に客観的事実として『断定』する表現姿勢が問題なのです。

福島県民ですら、いまだに悩み続け、判断できないことがらについて、いとも簡単に『福島は危険』と『断定』した作者の姿勢が、騒動の大きな原因です。作者はそのことに気付くべきです」

●「福島だけの問題」なのか?

「作者が意識しているかどうかは分かりませんが、『放射性物質の拡散と人体への影響という問題』を、『福島県だけの問題』のように描くことについても強い異議があります。

原発事故による放射性物質の拡散は、福島県のみならず東北、関東も含む非常に広範囲に及ぶものです。場所が離れていても高い値の放射線量が検出される場所は、福島県外にも広範囲で存在しています。

放射線の健康への影響について描くのであれば、『福島の真実』という表題は明らかに読者を誤導するものですし、福島県外にも取材範囲を広げるべきだったと思います。そうした表題をつけてしまった作者自身も、『原発事故の問題は福島だけの問題』と、誤解しているように思えてなりません」

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

石森 雄一郎
石森 雄一郎(いしもり ゆういちろう)弁護士 石森総合法律事務所
1979年福島県郡山市生まれ。2009年、福島県弁護士会で弁護士登録。2013年に広島弁護士会に登録替えし、石森総合法律事務所設立

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