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「イチケイのカラス」主人公も弁護士任官、経験者に聞く!広がる「思考の自由」と狭まる「居住の自由」

「イチケイのカラス」主人公も弁護士任官、経験者に聞く!広がる「思考の自由」と狭まる「居住の自由」

1988年から始まった弁護士任官制度。ドラマ「イチケイのカラス」の入間みちお(竹野内 豊)も弁護士から裁判官になった設定のため、法曹以外の人たちにも弁護士任官制度は知られつつある。 弁護士任官には、常勤で勤務する「常勤任官」と、弁護士としての身分をもったまま週1日、特定の曜日に裁判所に登庁する「非常勤任官」がある。 いずれの経験も有する河野匡志弁護士(東京弁護士会・41期)のインタビューを2回に分けてお届けする。1回目は常勤任官の働き方や実務について紹介する(インタビュー日:2021年6月3日、オンラインにて実施)。 ※統計などのデータは「弁護士白書(2020年版)」と日弁連の「弁護士任官Q&A」を参照した。 【写真】写真はイメージです(takeuchi masato / PIXTA)

弁護士任官「高裁部総括」「最高裁調査官」になった人も

ーーなぜ、河野弁護士は「弁護士任官」という道を選んだのでしょうか。

1990〜91年に海外留学していたときに、イギリスのパートタイムジャッジ(非常勤裁判官)に興味を抱きました。そのため、2004年に日本で非常勤任官制度ができたときも、弁護士会から届いた「非常勤裁判官に興味はあるか」というアンケートに「興味がある」と回答しました。正直、自分がなろうという趣旨で「興味がある」と回答したわけではなかったのですが、あれよあれよといううちに、非常勤裁判官になることが決まったんです。

私の場合は、まず2004年10月から民事調停官(非常勤裁判官)として東京地裁で勤務しました。その後、常勤任官として2007年4月から横浜地裁判事、2010年から徳島地家裁判事、2013年から東京家裁立川支部判事を経験しています。2014年3月に退官して同年の6月に弁護士として再登録しました。

ーー常勤任官の定年は65歳となっていますが、なぜ定年を迎える前に弁護士に戻られたのでしょうか。

理由は特殊かもしれません。家庭の事情もありましたが、自分の中で「還暦(一般的には60歳)は50歳にしよう」と決めていたので、節目の年だと思ったんです。

また、東日本大震災のときに弁護士の血が騒いでしまったという理由もあります。私は神戸修習だったこともあり、阪神・淡路大震災のときは、神戸に駆けつけて法律相談を受けるなどしていました。しかし、東日本大震災のときは徳島地家裁の判事で、同じように活動することができませんでした。「弁護士であれば、すぐに駆けつけられたのに」と思ってしまったんですよね。

今は日弁連弁護士任官等推進センターや東京弁護士会の弁護士任官推進委員会の委員として、弁護士任官推進のための活動をしています。

※写真は弁護士会館(Mugimaki / PIXTA)

ーー常勤任官になった場合、どのような事件を担当するのでしょうか。

一般的には民事を担当することが多いと思いますが、支部の裁判官などは民事・刑事ともに扱う場合もあります。裁判所では、それぞれの任官者の希望を参照しながら、人事を決めているようです。私の場合、横浜地裁では民事、徳島地家裁では本庁で民事をおこないながら週に2回は美馬支部で民事・刑事・家事・少年事件、東京家裁立川支部では家事(人事訴訟)を経験しました。

弁護士任官者は、高裁に配属されることが多く、高裁の場合は合議制なので、主に合議事件を担当することになります。したがって、単独事件は基本的にはおこないません。しかし、地裁に配属された場合は事情が違います。慣れるために最初の1年間は合議事件や非訟事件を担当しますが、慣れた後に単独で事件を扱うことになります。

私の場合、常勤任官した最初の年は横浜地裁にいましたが、週のうち3日は非訟部、残りの2日は一般的な民事事件をおこなう通常部に配属されていました。1年目は勝手が分からないので、同僚の裁判官に資料をもらったり、やり方を教えてもらったりしました。通常部に行った後は、部総括判事に起案のやり方を丁寧に見てもらったこともあります。最初の5カ月は合議事件のみを担当し、6カ月目以降は合議事件だけでなく、少しずつ単独事件を担当するようになりました。2年目からは民事部に配属されて単独事件をおこなうとともに、合議の際も右陪席として関与するようになりました。

ーー昇進する任官者もいますか。

います。たとえば、現在は退官されている水野邦夫弁護士(29期・東京弁護士会)は、山形地家裁の所長、仙台高裁部総括判事を経て、東京高裁部総括判事になりました。また、北澤純一判事(39期)は富山地家裁所長を経て、2020年から東京高裁部総括判事をしています。関西では、本多久美子判事(39期)が鳥取地家裁所長などを経て、2021年5月から大阪高裁部総括になっています。九州でも、片山昭人判事(39期)が鹿児島地家裁所長を経て、熊本地裁所長になっています。ほかにも、最高裁調査官になった土井文美判事(50期・現在は大阪地裁部総括)がいます。

常勤任官者数、最高裁の審査で4〜6割が「不適」


ーー常勤任官者数(非常勤から常勤に任官した場合も含む)は、2003年(10人)を除いて毎年一桁台ですが、なぜ少ないのでしょうか。


常勤任官者数の応募者数は増えておらず、少ない現状にあります。要因としては、審査から決定までに約1年かかるために精神的な負担があること、修習修了直後のキャリア任官とは違って、裁判官、検察官、弁護士、学識経験のある人の中から最高裁に任命された11人で構成される下級裁判所裁判官指名諮問委員会(以下「指名諮問委員会」)で詳細な審査がなされること、弁護士会の推薦を得ても最高裁の審査で4〜6割程度が「不適」とされるために尻込みしてしまうこと、などが考えられます。

指名諮問委員会は、2001年に弁護士任官の推進を求めた司法制度改革審議会の意見書が出されたことを受け、2003年に設置されました(実際の弁護士任官は2004年4月から)。また、日弁連と最高裁が協議を重ねてきたこともあり、2003年4月以後は常勤裁判官の任官が進められるようになりました。そのため、応募者数が二桁になった2003年は特殊な年といえるでしょう。

なお、弁護士任官の定員は特にありませんが、裁判所職員定員法が裁判官の定員を定めているので、その枠内での採用となります。

ーー最高裁のデータによると、2020年12月の指名諮問委員会で2021年4月期の弁護士任官候補者5人のうち3人について「指名することは適当でない」とされていますが、「不適」となる理由は何でしょうか。


指名諮問委員会において「不適」とされた理由については公表されていません。また、2011年以降に日弁連が最高裁に推薦した人数は毎年4〜10人ですが、日弁連の推薦に至らなかった応募者についても理由は未公表です。

弁護士連合会など弁護士団体の推薦に至らない理由はさまざまだと思いますが、扱ってきた事件に偏りがあることが要因になる場合もあります。弁護士連合会の審査の際、一般的に「訴訟をどの程度やってきたのか」がみられます。応募者にはこれまで担当してきた事件のリストを提出してもらうのですが、たとえば過払い金返金請求などの同種事件ばかりおこなってきた場合は「裁判官としてすぐに活躍できるのか」と疑問視されることもあります。日弁連では任官希望者に対して、経験した事件の幅を広げるために、公設事務所で多様な事件の経験を積んでもらうなどの支援プログラムをおこなっています。

ただ、企業法務中心に取り組んできた弁護士が採用されることもありますので、かならずしも事件の偏りや出廷回数の少なさだけを理由として、ダメになるわけではありません。

ほかにも、推薦に至らない理由としては、任官動機や起案能力が要因となったり、事務所の同僚、修習時代の同期や教官、事件の相手方の弁護士などの第三者が提出する評価書にネガティブな情報(消極情報)が書かれていることなどが考えられます。特に、事件の相手方の弁護士から、消極情報が出てくることがあります。ただし、どこまで網羅的に評価しているのかは地域の連合会によって違うので、一概にはいえません。

「思考の自由」が広がる一方で「居住地の自由」は狭まる

ーー実際に弁護士任官を経験し、弁護士と裁判官にどのような違いがあると感じましたか。

弁護士は思考に「依頼者に有利にしないといけない」というフィルターがかかっているため、「思考の自由」が阻害されている部分があります。複数の事実がある中で「これは依頼者に有利なのか不利なのか」を考えながら行動しなければなりません。

しかし、裁判官は「思考の自由」があると思いました。実際に、「依頼者の利益に縛られずに、中立公平な立場から紛争を処理したい」という理由で弁護士任官を希望する人は少なくありません。また、裁判官は収入について考える必要がないという利点もあります。

一方で、裁判官は転勤があるので「居住の自由」は弁護士に劣ると言わざるを得ないでしょう。赴任先の希望は聞かれますが、最高裁がどのように判断するかは分かりません。私の場合は「一度四国に行ってみたい」と思っていたので、四国と希望を出したところ、2010年に徳島地家裁に赴任することが決まりました。2013年からは「東京に戻してほしい」と希望を出し、東京家裁立川支部に配属となりました。

また、裁判官には弁護士のような「働き方の自由」もないともいえます。弁護士の場合は、かならずしも事務所にいる必要はなく、執務さえできれば、ある程度は自由に働くことができます。裁判官にも自宅で調査をおこなう「宅調日」はありますが、当然制約はあり、遊んでいてよいわけではありません。1970年代中頃に、宅調日に裁判官がゴルフをしていたために問題となったことがありました。弁護士なら、平日の日中にゴルフをしていても怒られることはないと思います。もちろん、仕事をこなしていることが前提にはなりますけどね。







河野匡志弁護士プロフィール

41期・東京弁護士会所属。河野法律事務所。日弁連弁護士任官等推進センター、弁護士任官推進委員会(東京弁護士会)委員。2004年10月に民事調停官(非常勤任官)として東京地裁で勤務。常勤任官として2007年4月から横浜地裁判事、2010年から徳島地家裁判事、2013年から東京家裁立川支部判事を経験し、2014年3月に退官。同年6月に弁護士再登録。

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