法律事務所名を大分析 人名か地名?長さは? 言語学やGoogleにとって望ましい名とは?【CHAPTER03】
法律事務所名は、顧客とのはじめての接点になりがちだ。独立する時に、どんな名前にするか考えることや、 今後考えようとしているケースも少なくないのではないだろうか。どのような事務所名が多いのか、同名の法律事務所はないのかなどを、弊誌独自の調査より紹介する。言語学者とGoogleなどの検索エンジンの専門家が考える望ましい法律事務所名についてのインタビューも掲載。 調査・取材・文/池田宏之 調査協力/魚住あずさ (弁護士ドットコムタイムズ<旧・月刊弁護士ドットコム>Vol.27<2017年11月発行>より)
CHAPTER03 言語学者が考える 良い事務所名・悪い事務所名
法律事務所名は一般的に氏名や地名に由来してつけられるケースが多いが、近年では多様な名前が散見される。キャッチコピーやネーミングを研究する言語学者である、中央大学商学部の飯田朝子教授に、事務所名の考え方について、聞いた(インタビュー:2017年10月31日)。
12文字から13文字がよい「の」は印象が強い
―事務所名の文字数の考え方はありますか。
日本語の場合、1秒で認識できる文字が12文字から13文字といわれています。Yahoo!のニュースタイトルも13文字以内にしているとされます。テレビのテロップも1行が13文字程度になるようになっています。1秒以内に認識できないのは、キャッチーとは言えないのではないでしょうか。短いものは、専門性や人となりがわかりづらいので、少し損かなと思います。
―平仮名や片仮名はどう考えますか。
平仮名や片仮名が入ったほうが、目に残りやすい気がします。漢字ばかりのあとに「法律事務所」がくるような、すべて漢字のネーミングは、固い感じがしますね。また、そもそも難読漢字が入っていると、「読めない」「検索できない」という弊害があります。
氏名を使うならば、政治家のポスターのように、一部を平仮名にすると目に止まりやすいと考えられます。一方、片仮名はシャープな感じ、「切れ者がいそう」な印象を与えます。
―日本語ならではの難しさはありますか。
同音で表記が違うケースが多くあり、検索の際の変換間違いが考えられます。例えば聞いただけでは、「朝日」「旭」「あさひ」「アサヒ」のどれかを理解することが難しいです。一方で、日本語は「光」「速」など、漢字のもつイメージを活用したネーミングが可能な側面もあります。
―助詞を使うのはどうでしょうか。
一般的に、「の」はアイキャッチが強く、真ん中あたりにいれるとバランスがよくなる平仮名として知られています。
本のタイトルでは「の」を入れることは鉄則になっていますし、宮﨑駿監督のヒット映画のタイトルは「魔女の宅急便」をはじめとして「の」が入った作品が多いことで知られています。「の」の活用はおすすめです。
他には、「へ」もいいかもしれません。「に」は助詞としては弱く意味もあまりポジティブではありません。
アルファベットなら 覚えやすさに注意を
―アルファベットはどうでしょうか。
海外ではメンバーの頭文字からとった事務所名があり、業界的には慣れがあるのかもしれません。ただ、頭文字を羅列すると、覚えにくい場合や間違って検索されるおそれがあります。アルファベットを使うときは、覚えやすさを意識したほうが良いとおもいます。
―イタリア語やギリシア語といった英語以外の言語の単語由来のネーミングも散見されます。
馴染みのない言語も、検索しづらいことが考えられます。相手の語彙の中にある単語のほうが、親近感を覚えてもらえるのではないでしょうか。
―やわらかさや敷居の低さを伝える単語はありますか。
女性のクライアントを集めたい場合、花の名前はやわらかめのイメージを与えるので、一つの手かもしれません。多く使われているのかもしれませんが、「青空」や「光」は、どんよりとした気持ちが晴れそうなイメージの言葉として良いでしょう。
新しい言葉を開拓するのであれば、あまり奇抜でなく、固さと親しみやすさの間になるような言葉を選ぶと良いと思います。
―世代によって好みは変わりますか。
「若いからカタカナを好む」といったような年代ごとに好みが変わることはないと考えます。
中国における漢字の意味の違いとは? 「P」は英語で好まれない?
―海外を視野に入れた場合、注意点はありますか。
東京スカイツリーの名称の検討をしているときに、「空」という言葉が入った候補が多くありました。ただ中国で「空」は、「Nothing」「からっぽ」という意味になりますので、中国系の専門家からは入れない方が良いと聞きました。また、「富嶽三十六景のような景色が見える」という意味で、「富嶽タワー」という候補もあったのですが、「嶽」の文字は、中国では「監獄」を意味しますので、絶対に使わないほうが良いという話がありました。漢字の意味は注意が必要です。
―英語で気をつけることはありますか。
英語もNGの言葉はたくさんあります。「F」ではじまる4文字をはじめとした発音をためらうような、下品な言葉がたくさんあります。あと、日本では、お菓子の名前をはじめとしてパ行の言葉を多用する傾向にありますが、「P」は「(大便を意味する)Pooh」をはじめとして、英語では良いイメージがありません。いたずらに使うと、ちょっと変な意味になったり、信頼感が薄い印象のネーミングになりかねません。
海外の人に聞くと、日本では想像しないようなイメージを持つことがあります。ネイティブの人にみてもらったり、漢字の意味を確認したほうがよいと思います。
―発音の面から気をつけることはありますか。
伸ばす音は、まどろっこしい感じを受けます。トラブルはなるべく早く終わらせたい以上、長音が多くあると、解決に時間がかかる印象を与えるかもしれません。
―日本人が好む音はありますか。
大和言葉的な、やわらかい音は好きですね。は行は、風をだす音で、すばやさを感じさせます。ま行は、唇が合うので、親身になってくれるイメージがありますので、良い音といえます。
また、地方の場合、方言や言葉尻がお国言葉になっていると、門をたたきやすいし、覚えやすいでしょう。
キャッチコピーも活用を 古くなる表現にも注意
―ネーミングに失敗しない方法はあるのでしょうか。
ライバル事務所を意識して名前をつけるようなこともあるかもしれませんが、重要なのは、法律に詳しくない人に見てもらうことです。弁護士は、法律を知り抜いていますが、クライアントは当然法律のプロではありません。法律に詳しくない知り合いに、候補をいくつか並べて、どの事務所名の弁護士にお願いしたいか聞いてみるのがよいでしょう。
―時代によって流行が変わる中でどう考えればよいですか。
擬音語や擬態語はものによって古くなります。「さくっと解決法律事務所」などとつけると、「さくっと」の表現が古くなると、かっこ悪くなります。
また、昭和50年代には、「ぶるーす」「すなっく」など、片仮名をあえて平仮名で書くことが流行りましたが、今では古い印象になりました。
クライアントは最新の知識を期待するわけで、古臭くなる要素はなるべく取り除いた方がよいでしょう。
―変化する時代に対応する方法はありますか。
キャッチコピーを活用することが考えられます。事務所名で表現できないことを、広告などの際にキャッチコピーを添えることでメッセージを伝えることができます。
キャッチコピーの良いところは、商標などと関係なく、時代にあわせて、簡単に変えられることです。事務所名では信頼感や親しみやすさを重視しておいて、時代にあわせてキャッチコピーをつけていく。そうすればSNSなどで話題になることも考えられます。
キャッチコピーは、事務所名より長くならないくらい簡潔にしたほうが覚えてもらいやすいと思います。
飯田朝子氏プロフィール
1969年東京都生まれ。中央大学商学部教授。商品名やキャッチフレーズを研究。東京スカイツリー名称検討委員会委員などを歴任。コピーライターとしても活動し、宣伝会議賞企業協賛賞受賞。著作に『ネーミングがモノを言う』(中央大学出版部)、『広告コピーのことば辞典』(日経BP社)など。