難民問題を闘い続ける 「理由」 鈴木雅子弁護士インタビュー〈前編〉

難民問題を闘い続ける 「理由」 鈴木雅子弁護士インタビュー〈前編〉

いずみ橋法律事務所(東京都新宿区)の鈴木雅子弁護士は、長年外国人問題、とりわけ難民問題を数多く手掛けてきた。報われることの少ないその闘いを「苦しいし、辛いです」と語りながらも、手を差し伸べるその理由、異国で暮らす弱者に手を差し伸べ続けるその思いについて話を伺った。(弁護士ドットコムタイムズ<旧・月刊弁護士ドットコム>Vol.26<2017年11月発行>社会正義に生きる 弁護士列伝No.19より)

縁に導かれた弁護士への道 難民問題との出会い

最初から外国人問題や難民問題に強い関心を抱いていたわけではなかった。弁護士になりたいと考えていたわけでもなかった。偶然の出会いや人の縁が、弁護士・鈴木雅子氏を生んだ。

「元々は国連や外務省での勤務を考えていたんです。ですが大学入学後、戦後補償の問題、中でも韓国人のBC級戦犯に関わる裁判が行われていて、ゼミでその支援をしていく中で、人生で初めて身近に弁護士の活動を目の当たりにしたんです」

そこで活動していた弁護士の印象が強く残った。南北問題など海外の問題にも関心がある。社会福祉問題も気になる。困っている人の手助けもしてみたい。自分の将来を考えたときに「弁護士になればいろいろな問題に関われるのでは」との結論にたどり着いた。大学3年生が終わった春休みのことだ。

「私はものに関わるよりも人間に関わる仕事がしたいとは考えていたこともありました」

弁護士は究極の自由業とも呼ばれる。一言で弁護士と言っても企業法務の分野で企業を相手に活躍するケースもあれば、社会の底辺で困っている市井の人々の権利を守るために戦う弁護士たちもいる。鈴木氏は後者の生き方を選び歩みを進めたが、その萌芽は学生時代にあった。大学卒業後、司法試験を受けた。その合否を待っている間、時間ができた。論文試験の受験後、大学時代の親友からアルバイトをしないか?と、ひとつの法律事務所を紹介された。

「そこに、いまの事務所の代表の渡邉彰悟(本誌「Vol.7」参照)がいたんです。あのころは、全国難民弁護団連絡会議を立ち上げる準備をしていたり、ビルマ弁護団が立ち上がって難民を救う活動を開始していた時期でした。そこで事務局としてお手伝いをさせていただくなかで、私もこの人たちの力になりたいと思うようになっていきました」

その後、無事に司法試験を突破。弁護士としてのキャリアを歩み始めることになる。その当時、難民事件について裁判所も本格的に考えていく機運が高まりつつあった。鈴木氏たちもビルマ弁護団で海外に調査に行き、最新動向を日本に持ち帰るなどの活動を進めた。

「通常、難民法は修習時代も受験勉強時代も、学ぶ機会がありません。実務的な面で、本人たちをなんとか助けたいという気持ちと、法理論的に今までにないものを日本に持ってくるような面白さもあって引き込まれていきました。当時は裁判所としても新しい法分野に関して知ろうという姿勢で、新たに一つの分野を作っていっているような感覚がありました」

大人はこの子になにを言えるのか 直面する外国人問題の「残酷」

海外留学、東京パブリック法律事務所での勤務などを経て、難民、入管問題をはじめとする外国人問題に長年携わっている。その活動の中で、虚しさを覚えることも少なくない。

「私は高裁から入ったケースなのですが、日本で生まれ育った子どもが追放を命じられている事件があります。『帰れ』というのは正しくないと思うんです。だって、その国に住んだこともなければ、行ったこともないわけですから。これは、私から見ればあなたは運が悪かったんだから諦めなさい、と言われているようにしか思えないんです」

たしかに世の中は不公平だ。それにしても、と鈴木氏は語る。

「子どもに落ち度はないと思うんです。親は選べないし、在留資格も選べないし、国籍も選べない。自分がある程度大きくなったころに、すべてはなかったものとして出て行けと言われるわけですよね。そこが私にはどうしても分からない。これって昔の身分制度と何が違うんだろうと思うことがあって。だって自分では解決しようがないから。今どんどんオーバーステイの外国人が捕まって帰されているので今後こういうケースは減っていくのかもしれませんが、私の中で大きなテーマのひとつです」

この事件は高裁で棄却され、それでもどうしても帰れないということで日本に在留していた。国内で働いてお金を稼ぐことは認められておらず、一家は教会関係者の支援で生活していた。

「子どもさんが高校受験の時期を迎えました。お父さんはなんとか高校に行かせてあげたいと、塾に通わせるために少し働いてしまったんです。そうしたら入管に見つかって。お父さんはいま、収容されているんです。すでに収容されて1年以上経っているのですが、これってそんなにいけないことですかと思いますね。世の中は不公平なんだと」

高まる国内の「非寛容」 苦しい戦いを続ける理由

2016年に国内で難民認定申請を行った者の数は10,901人を数える。そのうち難民と認定されたのはわずか26人。確率にして0.24%にとどまっている。勝ち目の見えない闘い。報われることの少ない闘いを鈴木氏はなぜ続けるのか。

「本当に困っている人たちがいるので。日本に来なければ良かったのにと思いますけど、来てしまって現に目の前にいる以上、もうどうしようもない。もちろんその人たちの保護が認められたときには、あ 彼らの人生そのものに関われるので本当にうれしいですけど、正直辛いと思うことの方が多いです。手続きをやっているうちはまだいいんですよ。手続きが終わって認められなかったのに、国に本当に帰れないと言うのがつらいですよね」

日本国内の世論が、寛容さが失われている現状にも警鐘を鳴らす。

「日本語というのも大きいと感じます。日本が出している難民についての判決は、国際的にはびっくりされてしまうものが多いんです。でも日本語だから海外に伝わりにくい。また、海外の情報も国内に入りづらい」

砂漠に横たわる巨岩をひとりで必死に押して動かそうとするような苦しい弁護活動。外国人に関わる問題を広く手掛けていたある日、奇妙な事件の依頼が舞い込んだ。「ボビー・フィッシャー事件」。この事件で鈴木氏は、アメリカ政府を相手に戦うことになる。(後編に続く)

鈴木雅子弁護士プロフィール

いずみ橋法律事務所、弁護士。上智大学卒業後、弁護士登録。海外留 学後、東京パブリック法律事務所三田支所共同代表などを経て現職へ。 外国人ローヤリングネットワーク共同代表、国際人権法学会理事、全国 難民弁護団連絡会議世話人などを務める。著書多数。

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