時代に合わせて変わるトラブルの 「カタチ」 ペット問題の解決に尽力した20年 渋谷寛弁護士インタビュー〈前編〉
渋谷総合法律事務所(東京都新宿区)の渋谷寛弁護士は、長年にわたってペットの法律トラブルの解決に尽力してきた。時代の変遷とともにペットのあり方も変わり、それにともなって法的トラブルの内容についても変化している。「誰も手がけていなかった」(渋谷氏)ペット問題の解決に向けて、渋谷氏はどのような思いで活動しているのか、その活動の一端について前後編の2回に分けてお届けする。(弁護士ドットコムタイムズ<旧・月刊弁護士ドットコム>Vol.24<2017年9月発行>社会正義に生きる 弁護士列伝No.18より)
「子どもの死よりも大きかった」ペットを亡くした依頼者の言葉
「ある女性の依頼者の方に言われたんです。ペットの死は自分の子どもが亡くなったときの悲しみよりも大きかったと。それほどまでに深い悲しみを持つ人もいるんだなと思い知らされましたね」
こう語るのは、ペット問題に長く携わっている渋谷総合法律事務所の渋谷寛弁護士だ。渋谷氏はこれまで、多くのペット問題に関わるトラブルの解決を手がけてきた。
「もともと戦前からペット絡みの事件はあったんです。犬が噛み付いたとかね。ペットブーム以降、現在では年間4000件〜5000件の咬傷事件が把握されているようです。トラブルの内容は戦前とは少し変わってきていて、ひとつは犬の鳴き声トラブルです」
都市化して住宅も狭くなった。その影響で、犬も庭先ではなく室内で飼われることが増えてきた。その結果、鳴き声は騒音として捉えられるようになり、近隣トラブルへと発展する。
「昔は庭で番犬が吠えるのは当たり前でしたよね。吠えて苦情を言う人はいなかった。吠えることで、近隣地域の治安を維持していたわけですから。これは都市型のトラブルと言えるかもしれませんね」
動物病院の医療事故によるトラブルも増えているという。
「昔はペットを飼っていても健康のことなんか気にしていないんですよ。当時はエサにしても人間の残り物を上げていた時代。塩分は高いし犬や猫が食べてはいけない玉ねぎも入っているかもしれない。そのせいでペットの寿命を縮めていたと思うのですが、現在ではペットフードです。人間の残り物なんて食べさせません。ペットに対する思いや接し方が変わってきた。昔なら獣医師の先生が『急変しました』『予期せぬ出来事が起きました』と言っても飼い主が納得していた。それ以上の責任追及をしなかった。ところが、ペットへの愛情がだんだん深まっていき、避妊手術や死ぬはずのない手術で何か起こると、飼い主と獣医師の間でのトラブルに発展するケースが増えています。死ぬはずのない病気や簡単な手術だと言われたのにも関わらず死んでしまったりしたようなケースでは揉め事に発展するケースが多いですね」
動物は「モノ」と同じしかし「家族」とも同じ
ペットは法的には「モノ」と同じ扱いとされている。慰謝料の有無、時価の考え方といった違いはあるものの、人間とは違った扱いとなっている。けれども飼い主にとってペットは家族同然。冒頭の依頼者の言葉のように、ときに対人間以上の愛情をもって接している飼い主も決して珍しくない。
「ペット問題を弁護士が扱う際には、飼い主が動物をかわいがっているということを、まずは理解してあげないといけませんね。たかが動物じゃないかということで、依頼者に『法的にはモノと同じですよ』という態度で接したら、決して噛み合わないんです。たとえば、飼い主さんの前でオス/メスと言っていいのか。男の子/女の子と表現しなければならないのかなど、そういう面でも配慮が必要だと思っています。ペットの名前を呼び捨てにもできないですからね」
ペット問題のトラブルは、双方が感情的にこじれているケースが多いという。その根底にあるねじれの原因も、ペットは大事だと思っている飼い主と、動物は商売の道具と思っている相手方、そのスレ違いが原因であることが多いという。
「ペット問題は感情のもつれによる対立が大きいですから、人間の離婚事件や相続の案件に近いと感じています。そういう意味では大変ドロドロしているので、企業法務ばかりやっている弁護士の先生は、最初は戸惑うかもしれません。『経済的に見合わないから手を引きましょう』ということができないですからね。依頼者は経済的に見合わないことは分かっているけど、それ以上の感情の部分で動いていますから」
きっかけは友人の誘いから ペット問題を手掛けたきっかけ
渋谷氏の父は最高裁判所の書記官を務めたのち、司法書士として活躍した。その影響で大学では法学部に進み「法学部で学んでいるのだから司法試験も通っておきたい」(渋谷氏)と、法曹の道を歩む。父親は裁判官になってほしかったようだが、転勤は嫌だと弁護士を選び、今日へと至っている。現在ではペット問題のオーソリティとして知られる渋谷氏だが、この種の問題を手がけるようになったきっかけは、偶然からだった。
「そもそも、私自身はペット大好きかというとそうでもないんです。家で飼っているのは金魚一匹、それも自分で餌をあげてませんから(笑)。ペット問題を手がけるようになったのも、ペット法学会に入ったからです。いまから20年くらい前にできて、その会員になったのが最初ですね。それも自分から参加したわけではなく友だちから『人数が少ないから来てくれ、顔を出すだけでいいから』って言われて行ったんです。その1回目のシンポジウムに出たとき、面白いなと思ったんです。これからこういう事件は増えるなと」
当時すでにペットブームは起きており、犬や猫にまつわる法的トラブルは顕在化していた。しかし、周りを見渡してもこの分野に熱心に取り組んでいる弁護士はいなかった。理由はひとつ。当時、動物の医療過誤事件などを扱ってもせいぜい取れる慰謝料は5万円。弁護士にとってみればまったく採算に合わなかったからだ。
2003年、渋谷氏が手掛けた1件の事件が画期的な判決を勝ち取る。獣医療過誤事件で440万円を請求、最終的に80万円の慰謝料を勝ち取った。この事件を期に日本で多くの獣医療過誤訴訟が提起されるきっかけとなった「真依子ちゃん事件」だ。
〈後編に続く〉
渋谷寛弁護士プロフィール
明治大学法学部法律学科卒業。1985年に司法書士登録(東京司法書士会)後、1996年に弁護士登録(東京弁護士会)。1997年に渋谷総合法律事務所を設立。ヤマザキ動物看護短期大学講師、農林水産省内獣医事審議会委員、環境省内中央環境審議会委員(ペットフード安全法関係)、ヤマザキ学園大学講師、環境省中央環境審議会動物愛護部会動物愛護管理のあり方検討小委員会委員(動物愛護管理法改正関係)、八王子市動物愛護推進協議会委員、ペット法学会事務局次長などを歴任。「ペットのトラブル相談Q&A」「Q&A犯罪被害者支援マニュアル」「わかりやすい獣医師・動物病院の法律相談」など著書多数