「発信者情報開示」の高いハードル 「とにかく時間との戦い」 神田知宏弁護士インタビュー vol.1

5月下旬に女子プロレスラーの木村花さんが亡くなったことを受け、インターネット上での誹謗中傷の問題に注目が集まっている。「投稿者に法的責任を問うべき」という声も高まっているが、ハードルになるのが投稿者を特定する手続き(発信者情報開示請求)だ。ネットの誹謗中傷問題に詳しい神田知宏弁護士(第二東京弁護士会)は、「弁護士が対応しても難しいケースは数多くある」と指摘する。弁護士として、相談を受けたときの心構えや、手続きを進める上での注意点について、詳しく話を聞いた(2020年6月中旬インタビュー)。

ーーネット上の誹謗中傷の問題について、どのくらいの件数を扱っているのでしょうか。


事件番号の付いているもので年間に100件ほどです。1人で対応しているので処理能力としてはギリギリです。業務をいかに効率的に処理できるかが重要になるので、様々なプログラムを作って利用しています。

たとえば、ツイッターに対するIPアドレス開示の仮処分が認容されると、数十~200件ほどのIPアドレスとタイムスタンプのセットが送られてきます。IPアドレスをホスト名に変換してプロバイダを特定したり、タイムスタンプを日本時間に変換したりする作業が必要で、手作業だと大変な時間がかかります。自作した専用の変換ツールなら、この作業を数分で終わらせることができます。

また、誹謗中傷の事件では、インターネット上から疎明資料や証拠となる情報をいかに探して保存できるかがポイントになるので、情報収集・疎明資料作成用に専用ブラウザを作ってあります。

効率化できるところはどんどん効率化し、勉強や調査が必要な部分に時間をかけられるようにしています。

ーー木村花さんの事件の後、相談件数は増加しましたか。

事件があった時期から、私のサイトのアクセスは約10倍になりました。特に、誹謗中傷の投稿をした人から「発信者情報開示で自分の情報が開示されるのか」「訴えると言われているが本当に訴えられるのか」という相談が非常に増えました。投稿した側が、訴えられることに対して戦々恐々としている印象を受けました。

ただ、投稿内容を聞いても名誉毀損や侮辱にはあたらないケースが多く、「安心して今まで通りの生活をしていれば問題ない」と答えて相談を終了しています。今の基準で考えれば、訴えられると慰謝料が発生するような内容でも、かなり以前に投稿した事案などは、「現在の制度では開示されることはない」と答えています。
ーー被害者側からの相談はどのようなケースが多いですか。

権利侵害がないと思われる相談が多数あります。たとえば、「ネットに名前を書き込まれた」という相談もありますが、名前が書かれただけでは違法ではありません。一般の方と弁護士で、違法にあたるかどうかの認識にズレがあるのでしょう。
ーーズレがあっても、相談者がどうしても裁判を起こしたいと考えているような場合、受任しますか。

およそ無理だろうと思うものは受任していませんが、裁判官によっては認めるかもしれないと思うものはリスクを説明して受任しています。

ただ、事前にリスクを説明したとしても、発信者情報開示や削除請求が認められなければ、やはりクレームにつながることがあります。
ーーズレのほかには、どんな場合にクレームの可能性がありますか。

発信者情報開示請求を受任したら、まずSNSや掲示板などのサービス事業者にIPアドレスを開示請求し、次に、接続プロバイダに対して投稿者の住所氏名を開示請求する流れになります。ここで問題になるのは、「ログ(通信記録)の保存期間」です。

開示されたIPアドレスをもとに、「プロバイダがどこなのか」「どのように訴訟すれば良いのか」等について時間をかけて調査していると、ログの保存期間はあっという間に過ぎてしまいます。

たとえばツイッターは、投稿されてから2週間ほどでIPアドレスの開示仮処分を申し立てないと、最終的には住所氏名の開示請求訴訟が棄却になる可能性があります。また、IPアドレスが開示された後も、数日の間にプロバイダにログ保存の依頼をしないと、プロバイダのログが消えてしまう可能性があります。

次の手続を調べている間にログの保存期間が過ぎ、プロバイダに開示訴訟ができなかったということになれば、やはりクレームや弁護過誤の可能性があると思います。

発信者情報開示請求は、とにかくスケジュールが厳しく、プロバイダに対する開示訴訟提起までは時間との戦いだと理解せねばなりません。契約書の作成などの事務手続や、裁判手続の調査に時間をかけていたら、着手した頃にはもう間に合わなくなっている可能性があります。
ーースケジュールにさえ気をつければよいのでしょうか。

発信者情報開示請求は、最後まで辿りつけないリスクが、時間以外にもたくさんあります。開示が認められても、投稿された場所がインターネットカフェだと、たいてい投稿者の特定につながりません。

また、マンション自体がインターネットの設備を持っていて、入居者が個別に契約しなくてもよい物件があります。このようなマンションからの投稿は、どこの物件から投稿されたかを把握できても、どの部屋の住人が投稿したのかまでは分からないことがあります。

サイトからIPアドレスが開示されるか分からない、IPアドレスが開示されてもプロバイダに開示訴訟ができるか分からない、すべて開示されても投稿者が誰か分からないなど、投稿者を特定するまでにはいくつものハードルがあります。

つまり、発信者情報開示請求制度には、権利侵害がどれだけで明白でも投稿者の特定に至らない可能性がいくらでもあるという、制度的な欠陥があるのです。

発信者情報開示請求に関する相談を受けたら、スケジュールの問題で間に合わない可能性や、投稿者にたどり付けない各種の可能性があることを伝える必要があります。投稿者の特定につながらないリスクが高いことを理解してもらった上で、依頼するかどうかを決めていただかないと、特定できなかった場合にクレームにつながります。
ーーそもそも、弁護士に発信者情報開示請求を依頼すると、費用はどの程度かかるのでしょうか。

たとえば、ツイッターにIPアドレスの開示仮処分をして、プロバイダに開示訴訟をすれば、私なら最低50万円かかります。ほかの弁護士の料金表を見ていると、やはり50~100万円くらいのようです。

もっと費用を安くすればいいとの考えもあるでしょう。たしかに、この分野の仕事を始めたころは、仮処分を12~15万円で受任していましたので、私のコストだけを考えればできないこともないという印象です。しかし、事務所経費を考えると現実的ではありません。

また、安くすれば相談が集中し、パンクしてしまいます。早く処理するために準備書面が論証ブロックの組み合わせになるなど、きちんと活動できなくなってしまうかもしれません。以前、削除開示の手持ち案件が60件を超えたところで、それ以上の受任ができない健康状態になりました。費用を安くするのは、自分にとっても相談者にとってもメリットがないでしょう。
ーーそうした費用の問題に加えて、発信者情報開示請求のハードルが高いことを知ると、諦めてしまう相談者もいるのではないでしょうか。

権利侵害が認められると思われるケースでも、最終的に投稿者を特定できるかどうかは分かりません。リスクを全て説明すると、削除請求だけ依頼して、発信者情報開示請求は諦めてしまう人も少なくありません。

一方で、法人からの相談は、数多くのリスクを説明しても受任につながることが多い印象です。法人は一定の予算が確保されているので、リスクがあっても他方でメリットがあれば、依頼する動機付けになるのでしょう。

発信者情報開示請求訴訟を提起すれば、投稿者に意見照会が行くので、それが違法な投稿の抑止につながることを期待できます。最終的に投稿者を特定できなくても、意見照会により違法な投稿を抑止できればメリットがある、そう考える法人は珍しくありません。
ーー削除請求の案件を扱う場合の注意点はありますか。

投稿者からの削除依頼には要注意です。投稿者から「相手に見つかる前に自分の投稿を削除したい」という依頼を受けて実施した場合、証拠隠滅になるおそれがあるからです。

誹謗中傷の投稿は侮辱や名誉毀損のほか、営業妨害やストーカーなど、様々な犯罪になる可能性があります。犯罪の証拠になる投稿を弁護士が削除請求すれば、証拠隠滅罪となるリスクがあります。職務基本規程にも違反し、懲戒請求のリスクもありますので注意するとよいと思います。

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