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慰安婦訴訟「捏造」と書かれた元朝日記者が敗訴 賠償認めず
植村隆さん(2019年6月26日、編集部撮影、司法記者クラブ)

慰安婦訴訟「捏造」と書かれた元朝日記者が敗訴 賠償認めず

従軍慰安婦報道で知られる元朝日新聞記者で、「週刊金曜日」発行人の植村隆さんが、記事によって名誉を傷つけられたなどとして、麗澤大学客員教授の西岡力さんと週刊文春を訴えていた裁判の判決が6月26日、東京地裁であった。

原克也裁判長は植村さんの請求を棄却した。植村さん側は控訴するという。

従軍慰安婦報道をめぐり、植村さんはジャーナリストの櫻井よしこさんらを相手にした名誉毀損訴訟も起こしている。札幌地裁は2018年11月、植村さんの請求を棄却。現在、高裁で争っている。

●事件の経緯

植村さんは1991年8月、元慰安婦の聞き取り調査をしていた韓国の団体から音声テープの公開を受け、その証言を記事にした。

証言の主だった金学順さんは、その3日後、実名で記者会見を開き、同年12月には複数の元慰安婦とともに日本政府を相手に裁判を起こした。

西岡さんが、植村さんの記事を批判したのは1992年の「文藝春秋」が初めてだが、裁判では西岡さんが2012年以降、書籍やウェブサイトで発表した、植村さんの記事を「捏造」などとする論考が対象となった。

また、週刊文春も2014年、植村さんについて「”慰安婦捏造”朝日新聞記者がお嬢様女子大教授に」などの見出しをつけ、朝日退職後の就職先について報じている。その中には、西岡さんのコメントを掲載した記事もあった。

この結果、植村さんが教員として雇用される予定だった大学には多数の抗議が寄せられ、雇用契約の解消に応じざるを得なくなったという。

植村さんはこれらの記事で名誉を毀損されたとし、文春記事については、家族に対する脅迫なども起きたと主張。総額2750万円の支払いや謝罪広告の掲載などを求めていた。

●植村さんがあえて事実と異なる記事を書いたと主張

裁判所は、西岡さんの表現の大きく3つの部分について、植村さんの社会的評価を低下させるものと認定した。

(1)金学順さんの経歴を一部書かなかったという点で意図的に事実と異なる記事を書いた、とする部分

(2)植村さんの義母は、韓国遺族会の幹部であったことから、植村さんが義母の裁判を有利にするために意図的に事実と異なる記事を書いた、という部分

(3)金学順さんが「女子挺身隊」として日本軍によって戦場に強制連行されたという事実と異なる記事を書いた、との部分

一方で、名誉毀損の裁判では(a)公共性、(b)公益性、(c)真実性または真実相当性、の要件を満たせば、違法性は阻却される。

今回の判決では特に、真実性・真実相当性の部分が中心になった。裁判所がそれぞれをどう判断したかを見ていきたい。

●裁判所の判断は

まずは(1)金学順さんの経歴を隠したという部分からだ。具体的には、金学順さんがキーセン(妓生)学校に通っていたという点になる。

キーセンは日本で言えば舞妓や芸妓に相当するが、一部では娼妓的な役割の人もいたとされる。西岡さんの主張は、キーセンであることは日本軍による強制連行というストーリーに都合が悪いから、わざと省いたというものだ。

判決は、韓国紙などで金学順さんがキーセンだったと報じられていることから、日本軍に強制連行されたとの印象を与えるために、植村さんがわざとキーセンのことに触れなかったと、西岡さんが推論したことには一定の合理性があると判断している。

ただ、補足すると、金学順さんについての当初の報道では、朝日に限らず他紙もキーセンであることには必ずしも触れていなかったとされる。特に新聞記事は字数に制限があり、すべての情報を載せられるわけではない。

そもそもキーセン=娼妓ではないし、意思に反して性的な行為を要求されて良い職業はないから、新聞記者たちが重要な要素と考えなかった可能性は指摘しておきたい。

記者会見の様子(2019年6月26日、編集部撮影、司法記者クラブ) 2019年6月26日、編集部撮影、司法記者クラブ

次に、(2)植村さんが義母の裁判を有利にするために意図的に事実と異なる記事を書いた、という部分だ。

裁判所は、植村さんの記事が出たタイミングと金学順さんらの記者会見や提訴との近さを理由に、西岡さんの推論には一定の合理性があると判断した。

そして、(1)(2)ともに、西岡さんが長年、植村さんを名指しで批判していたのに、朝日新聞も植村さんも、2014年8月に検証記事を出すまで、反論や説明をしてこなかったことから、西岡さんが「自身の主張が真実であると信じるのはもっともなことといえる」とし、真実相当性を認めた。

●「真実性」も認める

また、「女子挺身隊として日本軍によって戦場に強制連行されたという事実と異なる記事を書いた」という点については、裁判所が「真実性」を認めている。

植村さんが最初に書いた記事の冒頭は次のようなものだった。

「日中戦争や第二次大戦の際、『女子挺身隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』のうち、1人がソウル市内に生存していることがわかり、『韓国挺身隊問題対策協議会』(尹貞玉・共同代表、16団体約30万人)が聞き取り作業を始めた」(朝日新聞、1991年8月11日、大阪本社版朝刊)

この記事について、朝日新聞の第三者委員会は次のように報告している。

「事実は本人が女子挺身隊の名で連行されたのではないのに、『女子挺身隊』と『連行』いう言葉の持つ一般的なイメージから、強制的に連行されたという印象を与えるもので、安易かつ不用意な記載であり、読者の誤解を招くものと言わざるを得ない」(2014年12月22日、p17)

画像タイトル 朝日新聞社第三者委員会報告書より(p17)

裁判所はこの報告書も参照しながら、「女子挺身隊」の表記は日本の組織・制度を想起させるとし、植村さんの記事は、金学順さんが「日本軍(又は日本の政府関係機関)により、女子挺身隊の名で戦場に連行され、従軍慰安婦にさせられたとの事実を報道するもの」と認定した。

元の記事には、後半は次のように、金学順さんは「だまされて」慰安婦にされた、となっている。

「女性(編注:金学順さん)の話によると、中国東北部で生まれ、17歳の時、だまされて慰安婦にされた。200―300人の部隊がいる中国南部の慰安所に連れて行かれた」

植村さん自身、金学順さんが日本軍に強制連行されたという趣旨の記事ではなかったとしている。

一方、判決はこの点、植村さんが「日本軍による強制連行」という認識はなかったのに、あえて事実と異なる記事を書いたとして、西岡さんの主張の真実性を認めている。

なお、当時は朝日新聞に限らず、日韓各紙で「従軍慰安婦」と「女子挺身隊」を混同する報道が複数あった。

この点について、裁判所は「『女子挺身隊』の名で戦場に連行された」ではなく、「女子挺身隊であった」「従軍慰安婦(女子挺身隊)であった」「女子挺身隊の名で従軍慰安婦をしていた」などと記載すればよかった、と判示している。

●「意見・論評の域を逸脱しない」「表現の自由の範囲内」

(1)〜(3)について裁判所は、真実性または真実相当性があると認定した。そして、これらを前提とした西岡さんの主張については、意見・論評の域を逸脱したものとは認められないとした。

また、文春の記事によってプライバシー権や平穏な生活を営む権利を侵害されたという植村さんの主張についても、文春記事は「問題提起をする目的」とし、「表現の自由の正当な行使の範囲内に属する行為」と判断した。

●植村さん側「慰安婦制度の被害者の尊厳をも踏みにじる判決」

裁判後の記者会見で、原告側弁護団は、植村さんがどういう意図で記事を書いたかについて、西岡さんからの取材がなかったとし、「事実を基礎づける確実な根拠・資料が必要という従来の確立した判例を逸脱している」と「推論」の合理性を認めた判決を批判した。

また、「だまされて慰安婦にされたことと強制連行の被害者であることはなんら矛盾するものではない」として、「慰安婦問題は解決済み」とする政府のスタンスを忖度した政治的な判決だとも主張した。

判決には、従軍慰安婦について次のように書かれている。

「慰安婦ないし従軍慰安婦とは、太平洋戦争終結前の公娼制度の下で戦地において売春に従事していた女性などの呼称の一つ」

しかし、公娼制度とは無関係に暴力などによって連れてこられた慰安婦も数多くいる。弁護団はこうした表現も問題視している。

植村さんは、「挺身隊」や「強制連行」といった表現は当時、朝日新聞に限らず、保守系の新聞などでも見られたとし、「この国では、標的にされたら終わりです」「私は捏造記者ではありません」などと訴えた。

文藝春秋は「当然の判決と受け止めています」、西岡さんも同社を通し、「公正な判断が下ったと考えています。今後は司法でなく言論の場で議論されてゆくことを望みます」とコメントしている。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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