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子育てや相続にもハードル 「LGBT」の人たちに痛みを感じさせない社会とは?
中川重徳弁護士

子育てや相続にもハードル 「LGBT」の人たちに痛みを感じさせない社会とは?

「LGBT」とは、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーなど、さまざまな性的マイノリティをあらわす言葉で、これらの頭文字をとって作られた。2015年は、同性カップルに公的な証明書を発行する自治体も現れた。東京都渋谷区は性的マイノリティへの差別を禁止し、同性カップルに証明書を発行する条例を可決。世田谷区も同様の書類を発行する方針を決めている。この動きを、長年LGBTの法的サポートに取り組んできた中川重徳弁護士はどう見ているのか、話を聞いた。(取材・構成/具志堅浩二)

中川弁護士の動画はこちら。

https://www.youtube.com/watch?v=Dp1eHFEizjo

●同性婚の法制化を求めて「人権救済」申し立て

「(渋谷区や世田谷区の取り組みは)LGBTの人々が、差別や偏見に苦しむことなく、職場や学校、家族の一員として生きられる社会にしようという大きな動きの一部」と、中川弁護士は位置づける。

日本では2015年7月、同性婚の法制化を求めて、同性愛者ら455人が日本弁護士会(日弁連)に「人権救済」を申し立てた。

人権救済とは、人権が侵害されているケースについて弁護士会が調査をし、「警告」「勧告」「要望」などの必要な措置を行うこと。今回の申し立ては、LGBT支援法律家ネットワークの有志が代理人となって、同性婚の法律を作るよう、日弁連から内閣総理大臣、法務省、衆・参の両議院に対して勧告するよう求めている。

申立人には、LGBTの当事者約500人が名を連ねたが、このうち約360人は、陳述書のなかで自らのセクシャリティへの悩みや、感じてきた生きづらさなどを書き記した。

「LGBTが自らのことを率直に述べた文章が、約360通集まった。これは今までにないこと」と中川弁護士は語る。これらの体験談は、LGBTの問題を切実でリアルなものとして、社会にとらえ直させるインパクトがあり、専門家の議論の深まりにも貢献すると期待する。

一方、同性婚は、憲法24条に「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し・・・」とあることから許されない、との主張もあるが、中川弁護士は「すでに古い議論。憲法ができたときに、同性同士のカップルを想定していなかっただけの話で同性婚を否定する理由にならない」と一蹴する。

むしろ、憲法13条の自己決定権に婚姻の自由(権利)が含まれるかどうか、同性という理由だけでそれを認めないのは憲法14条に違反しないかが議論されるべきだ、との見方を示す。「人が結婚するかどうか、誰と結婚するかは憲法の自己決定権上の権利であって,同性カップルだからと言って否定される理由はない、というのが私たちの立場です」

●婚姻制度が適用されないことによる問題

中川弁護士らのもとには、LGBTカップルの相談があいついで寄せられている。

「昨日は、女性同士のカップルから、子どもの親権についての相談がありました。一方が出産したお子さんについて、出産した側は母として扱われますが、婚姻できないので、もう片方は赤の他人として扱われてしまうのです」

もし、子どもが入院したとき、出産していない側の女性が病院に行っても、病状などを教えてもらえない可能性がある。どうすれば、両方が親として扱われるのか。

これに対し、中川弁護士は、2人の共同生活に関する合意書を「公正証書」で作ることで、何かあったときには公正証書を見せ、法律上の立場を少しでも強くするという方法もあるということを説明した。

また、ある同性カップルは生活をともにする中でマンションを購入し、約15年ほど同居したが、ある日、マンションの法律上の所有名義人だった一方が亡くなった。残された片方は相手の親族と話し合ったが、結局、法律上の配偶者よりも少ない金額の「相続」しかできなかった。

「せっかく2人で築いた財産も、婚姻制度がないために、法律婚の配偶者なら当たり前に主張できることが、主張できないのです」。相続に関して記載した遺言書や共同生活合意書の作成についての相談は、年に数件はあるという。

一方が外国人の場合は、ビザの問題もある。たとえば、一方が外国人、もう一方が日本人という同性カップルのケースでは、異性同士ならば認められる「日本人の配偶者」としてのビザが取得できず、仕事上のビザで滞在するしかないため、仕事がなくなれば日本にいれなくなるという不安定な立場におかれている。

これらの人々の悩みも、同性間の婚姻が法的に認められれば、軽減することになる。

海外では、多くの国が同性婚をすでに認めている。アメリカでも、今年6月、連邦最高裁が同性婚を認めない州法を憲法違反だとする判決を下している。

「当事者と専門家・支援者が頑張り、日本の社会でもLGBTを受け入れる意識が広まっていけば、日本でもかなり早く実現するのではないかと思います」

●「府中青年の家」事件が契機に

中川弁護士が、LGBTの法的サポートに取り組むきっかけとなったのは、弁護士になって2年目に担当した「府中青年の家」事件だ。

この事件は、1990年2月、「動くゲイとレズビアンの会」という団体が東京都府中青年の家で合宿中、他の団体から差別や嫌がらせを受けたことから、青年の家側に対処を求めたところ、所長は「都民のコンセンサスを得られてない同性愛者の施設利用は今後お断りする」と発言。東京都教育委員会も同年4月、「男女は別室に泊まらなければならない」という規則(男女別室ルール)を理由に、同性愛者の宿泊利用を拒否した。

「最初は、新しい人権の問題であり弁護士としてやりがいがあるし、正しいことを訴えれば、東京都は間違いに気付いて主張を撤回するはずだ、安直に考えていました」

しかし、現実はそうではなかった。徹夜をして書面を作成し、青年の家を使わせないのは間違っていると主張したが、東京都教育委員会は、男女別室ルールをたてに正式に不許可の決定を下してしまった。

同性愛に対する偏見や差別を覆すのはそんなに簡単なものではない、と痛感させられた。

20代の若者を中心とする同会の面々は、多くが、自分が同性愛者であることに悩み、将来を描けずに孤立する中で知り合い、話し合う中で自分の存在を肯定し、社会を自分たちで変えていこうとしていた。

「彼らと関わるうちに、自分の最初の思いがいかに薄っぺらく、浅いものだったということを思い知らされました。どうやって東京都の主張を論破するか、そのために彼らのありのままの姿を裁判官にわかってもらうためにどうしたらいいかを彼らと懸命に議論するなかで、弁護士として大いに鍛えられました」

結局、この裁判は1審の東京地裁、2審の東京高裁でともに勝訴し、判決は確定した。

「新しい人権を若い人たちが自力で勝ち取っていく、それをサポートできたことが楽しかったし、やりがいを感じました」。この事件の縁で、2003年からは七生養護学校の性教育に対する乱暴な介入をめぐる裁判を担当することにもなった。

「LGBTの人々が痛みを感じなくなる社会になるということは、他の人々にとっても過ごしやすく、力を発揮できる社会になるということです。しなやかで強い社会になるためには、差別や偏見をなくし、一人一人が大事にされることが必要なのです」

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

中川 重徳
中川 重徳(なかがわ しげのり)弁護士 諏訪の森法律事務所
一般民事・刑事事件のほかに原爆症認定をめぐる「ノーモア・ヒバクシャ訴訟」、七生養護学校「こころとからだの学習」裁判、府中青年の家事件等を担当。

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