「台車等の乗り入れ厳禁。見つけた場合、今までの修繕費を全額負担させます」。東京都内で働くNさんは、先日訪れたオフィスビルのエレベーターの中で、そんな警告が書かれた貼り紙を見つけた。
ビルは都心にあり、各階に1軒ずつテナントが入った小規模な10階建てのオフィスビルだ。おしゃれなエリアにあり、外観や内装もこだわっている。床も上品な石貼りだ。台車で乗り入れると、床が傷むからやめてほしいということなのだろう。
もし、台車の乗り入れが発覚して管理組合から請求された場合、貼り紙の宣言どおり、これまでの修繕費をすべて払わなければならないのだろうか。大村真司弁護士に聞いた。
●損害額を決定する効力はない
「台車に関して、搬入口などをのぞいた使用を禁止しているビルは結構多いですね。
破損や汚損を避けるための措置と思われますので、台車の使用を禁止するルール自体には、合理性があると言えるでしょう」
では、「見つかったら、今までの修繕費を全て払え」という点はどうだろう。
「損害賠償責任は、あくまでも、実際の台車の使用により生じた損害に限られます。
一方的に金額を指定したからといって、相手の合意が得られていない以上、損害額を決定する効力はありません。
したがって、実際に負担しなければいけないのは、台車の使用により現実に生じた損害に限定されます。具体的には、実際に見つかった際のタイヤの黒ずみを落とすための清掃料などです」
台車乗り入れの現場を押さえないと、修繕費を請求できないということだろうか。
「台車の使用は、出入りしている運送業者など、特定の人が繰り返し行う傾向が強いでしょう。
明らかに台車によって生じた損害については、見つかった際の損害以外の損害についても、特徴の共通性などから同一人物によるという立証が可能な場合もあると思います」
●台車乗り入れの抑止力になる
効力がないのであれば、こうした貼り紙は慎んだほうがよいのだろうか。
「法的な効力の話を別にすれば、一概にそうとも言い切れないかもしれません。
こうした貼り紙があることによって、台車の乗り入れを自粛させる現実的効果は高いと思われます。
搬入業者などからすれば、損害額を弁償することよりも、ビルに『出入禁止』になるといったトラブルのほうが避けたいでしょうから。
管理側も、実際に修繕費を払ってもらうというよりも、台車乗り入れを止めてほしいという、一種の抑止力のために貼り紙をしているという意味合いが強いのではないでしょうか」
大村弁護士はこのように述べていた。