東京都内のマスコミ関連企業に務めるB男さん(20代・男性)にとって、40代の直属上司とのランチや夜の付き合いは、苦痛以外なにものでもない。
新入社員だったB男さんを、一から社会人として鍛えてくれた上司に対する感謝の思いはある。強力なリーダーシップで部下からの人望も厚い上司だが、唯一の困ったところが「体育会のノリ」を食事の場に持ち込んでくる点だ。
口癖は「良いビジネスマンとは、よく食う奴だ」。一緒に食事に行くと、ずっと「食え、食え。もっと食え」などと言われるのだという。B男さんは、期待に応えようと、昼間のステーキから、深夜のラーメンまで残さず食べ続けた。その結果、1年で8キロも体重が増えてしまった。お腹を壊して、体調のすぐれない日も多い。
こんな「大食いの強要」は、もはや「パワハラ」なのでないか。労働問題にくわしい吉成安友弁護士に話を聞いた。
●「パワハラ」の6類型とは?
「パワーハラスメントとは、『職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為』です」
そう説明する吉成弁護士によれば、パワハラには、次の6類型があるという。
(1)身体的な攻撃(暴行・傷害)
(2)精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言)
(3)人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
(4)過大な要求(業務上明らかに不要なことなどを要求など)
(5)過小な要求(仕事を与えないことなど)
(6)個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
「もちろん、これがすべてではなく、これに当てはまらなければパワハラでないということではないですが、主観的に苦痛を感じたらすべてが違法ということでもありません。『部下が苦痛に感じたら何でも違法』ということでは、業務上必要な注意もできなくなってしまいます。
ハラスメント行為の違法性は、被害者の主観的な感情を基準に判断されるものではありません。両当事者の職務上の地位・関係、行為の場所・時間・態様、被害者の対応等の諸般の事情を考慮します。
そのうえで、問題の行為が社会通念上許容される限度を超える、あるいは社会的相当性を超えると判断されるときに、不法行為が成立するとされます」
●「嫌いなマヨネーズ」の強要で懲戒処分になったケースも
では「大食いの強要」はどうだろうか。
「常識外れの大食いの強要は、パワハラに当たります。たとえば、2013年に大阪府警の巡査部長が、後輩に自腹大食いを強制して、訓戒処分になったケースがあります。
このケースでは、一度に強いる量が、ハンバーガー15個のこともあれば、ドーナツ15個、大盛りのカップ焼きそば3個という日もあったとのことであり、こうした行為は不法行為に当たると思います。
また、今年4月にも、栃木県小山市消防本部の消防司令補が、同じ係の男性消防士に嫌いなマヨネーズを弁当に山盛りにかけて、無理やり食べさせるなどしたことが問題になったケースがあります。
このケースは、他にも暴行を働くなどして、停職処分になったとのことですが、嫌いなマヨネーズを山盛りにかけて食べさせること自体も、パワハラ、不法行為に当たりうると思います」
●「社会通念上許容される限度を超える」とはいえない
B男さんのケースは、違法なパワハラに当たるのか。
「さきほど述べたような明らかな嫌がらせのケースでなくても、どれくらいの量を食べるかは、体質等にもよることですし、健康にも影響することです。上司としては、自分の価値観を人に押しつけるのは控えるべきです。
ただ、B男さんの上司は、断る余地もなく強要しているというわけではなく、常識外れの量や趣向を押しつけているわけでもないようです。また、B男さんが若い男性であることなどからも、通常、社会通念上許容される限度を超えるとまではいえないと思われます。
上司は人望も厚く、B男さん自身も感謝している人とのことです。嫌がらせをしようとの意思はなく、若いB男さんがそこまで苦痛に思っているとは思ってもいないのではないでしょうか。
もちろん、体調を崩してしまっては元も子もありませんが、いきなりパワハラなどというのではなく、まずは、体調が悪くなっていることなどを話してみたらよいのではないかと思います。
もっとも、それでも強要がされるようであれば、違法なパワハラになる可能性が出てくるかと思います」