妻と8歳の娘と、平凡な暮らしを送っていた男性が、いつものように帰宅したら、妻子は姿を消していた。そして、メールで「当分実家に帰ります」と妻からのメールが届いたーー。
「別居したい、離婚したい等の話もなく、突然の出来事でした」というのは、弁護士ドットコムの法律相談コーナーに寄せられた言葉だ。突然、別居生活となった相談者。妻と子に連絡しても、返信がない状態だという。これまで暴力や浮気はなく、明確な心当たりはないそうだ。
「話もしたい、何より愛する子どもに会いたい。毎日が苦しくて辛いです」。こんなとき、ただ待つ以外に、どんなことができるのだろうか? 離婚トラブルにくわしい吉田雄大弁護士に聞いた。
●実力で子どもをつれもどそうとすると「犯罪」になる恐れ
まず、両親には、子どもを育てる権利である「親権」、そして手元において監護・養育する「監護権」がある。今回のケースでは、何ができるのだろうか?
「地方裁判所に、子どもの引き渡しを求める訴えを起こすことができます」
吉田弁護士はこう話す。「しかし」と言って、次のように続ける。
「通常の民事裁判ですから、時間がかかるうえ、家裁調査官などの専門家が関与した形式の、きめ細やかな審理は望めません。しかも、妻にも親権・監護権がありますから、夫が民事裁判によって、子どもを取り戻すことは難しいのが現状です」
では、実力行使をして、子どもを連れ戻すべきなのだろうか。
「実力で子どもを奪う行為については、具体的な態様によっては、親権者であっても未成年者略取罪(刑法224条)が成立し得るという判例があります。
また、家庭裁判所で審理されることになったとき、不利に働きますし、何より子ども自身に、大きなショックを与えてしまいかねません。ご自身で連れ戻すことはお勧めできません」
●妻から子を連れ戻すのは、並大抵のことではない
民事裁判も期待できず、実力行使もできないのならば、どうすれば良いのだろうか。
「第3の方法として、家庭裁判所に『子の監護者の指定と子の引き渡しを求める』審判を申し立てることもできます。
通常は、これらの審判に関する保全処分も、あわせて申し立てます。保全処分が認められれば、『本案審判が確定するまでの間、仮に』という形ではありますが、子どもを引き渡してもらうことができるようになります」
申し立て後、家裁調査官による調査で、それぞれの自宅訪問や、子どもの通う学校への事情聴取などが適宜、行われるそうだ。
「審理では、同居していたときの子育ての状況のほか、別居に至る事情や話し合いの有無・内容、妻の現在の監護状況や夫の受け入れ態勢などが、調査対象となります。また、子どもの意思や心身の状況、適応能力なども重視されます。
ただし、家裁の考え方として、『生活状況に特段の問題がなければ、現状の監護状態を尊重しよう』という傾向があることは否めません。子どもを連れて家を出て行った妻から、夫が子を連れ戻すのは、並大抵のことではありません」
家裁では、子の意思も尊重するというが、子が小さなうちは、母親とのほうが接触時間も長く、なついているケースも多いはずだ。「突然の別居」という事態に発展する前に、日頃のコミュニケーションを欠かさない努力が、どんな「平凡な」夫婦にも必要なのだろう。