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傍聴ライターが見た「最後のオウム裁判」ーー猛毒「VX」の隠語は「神通力」だった
傍聴ライターはオウム裁判をどう見たか

傍聴ライターが見た「最後のオウム裁判」ーー猛毒「VX」の隠語は「神通力」だった

オウム真理教の元信徒・高橋克也被告人(56)の公判が現在、東京地裁で開かれている。1995年3月に東京で発生した地下鉄サリン事件など、4つの事件の容疑者として指名手配されながら、17年間にわたり逃亡生活を続けていた高橋被告人。教団幹部の多くの判決が確定するなか、「最後のオウム裁判」とも呼ばれている。

高橋被告人は1月16日に開かれた初公判で、地下鉄サリン事件について「まかれたものがサリンだとは知らなかった」と無罪を主張、他の3事件についても共謀を否認したほか、一部は無罪を主張している。死刑囚が証人として出廷するということで、独特の雰囲気を醸しだしているこの裁判を「傍聴ライター」が取材した。(ライター/高橋ユキ)

●オウム裁判のハンパなく厳しい警備

この裁判は、4つの事件を順に審理していくことが決められており、当時の幹部や信徒で現在確定死刑囚となっている者たちも多数、証人出廷することになっている。1月21日には猛毒の薬剤、VXによる複数の事件の審理が行われ、井上嘉浩死刑囚(45)が証人出廷した。その翌日も同事件の審理で、中川智正死刑囚(52)が証人としてやってきた。

オウム真理教がかつて「ハルマゲドン」を実現させようとした危険な団体だったことから、裁判所の警備はハンパない。普段は総務省側の出入り口と、その反対の日比谷公園側の出入り口からも出入りができるのに、オウム公判、それも事件に関わった確定死刑囚が証人出廷するときだけは、日比谷公園側の出入り口が閉鎖されてしまう。オウム公判に確定死刑囚が出廷するかどうかは、裏側の入口を見れば分かるという状態だ。

警備法廷となっている104号法廷の前では、その警備っぷりもすごい。一般的に警備法廷になると、手荷物預かりのほか金属探知器によるボディチェックがあるが、オウム裁判はそれだけでなく、持ち込む荷物の検査、さらにはボディタッチによる身体検査も行われる。ポケットティッシュはまじまじと見つめられ、ノートもパラパラとめくらされて、怪しいものが挟まっていないかじっくりチェックされる。

しかも気になるのは、法廷外のエレベーターホール近くに、スーツだったりジャンパーだったりを着たオッサンから若者までの男たちが大勢立っていて、104号法廷に出入りする傍聴人をじっと見ているのである。どうやら、公判が開かれる日はいつも、ずっとそこに立っているようだ。このオッサンたちが正直、裁判所で一番怪しい。気になってじっと見つめると、何やらひそひそ話を始める。とっても感じが悪いのだ。

●頬が痩せこけて、影ができていた高橋被告人

このように裁判所や警察関係者とおぼしき者たちの気合いがみてとれる裁判なのだが、意外と傍聴希望者は少ない。死刑囚が出廷するときですら倍率が2倍にいかないときがあり、死刑囚が来ない日は定員割れにもなる。もうすでに、世間からは忘れ去られた事件であることを痛感するし、裁判所や警察関係者とおぼしき者たちの十分すぎる気合いがなんだか物悲しくなる。

さて、死刑囚が証人として出廷した場合、このオウム裁判では、法廷内がえらいことになる。傍聴席とそれ以外を区切る柵のようなもの(「バー」と呼ぶらしい)に沿って、特注といわれる防弾ガラスが端から端まで並べられ、その向こうにさらに、パーティション。その奥に、死刑囚が座るという仕組みだ。

青い制服と帽子を身につけた屈強な男性たちが7〜8人横に並び、防弾ガラスとパーティションの間に座る。傍聴人から、死刑囚はまったく見えないうえに、パーティションがあるため、裁判そのものもほとんど見えない。

そんな中、弁護人の横にスーツを着て座る高橋被告人は、逮捕当時より明らかに頬がこけて、痩せている。頬がこけすぎて、漫画のような影ができている。メガネをかけ、頭は7:3分けで、見た目の印象だととても神経質そう。開廷前や閉廷後、決して傍聴席を見ずに前を向いたままで、たくさん瞬きをしていた。

一方、井上死刑囚は、法廷が先に述べたような状態のため、その声だけしか聞こえないのだが、饒舌で感情を荒げることもほとんどなく、「正確に言います!」と何度も前置きしながら、話をしていた。印象としては、事前に調書に目を通して臨んだとしても、20年ほど前の出来事をよくここまで覚えているなぁという感じである。

●「ポア」の意味を正確に理解していなかった?

1月21日に出廷した井上死刑囚によれば、教団内では当時、VXを手作りしていて、それを指す隠語は「神通力」だったとのこと。そして、麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚(59)に呼ばれた際、こう言われたという。

「元サマナのAが悪業を積んでいる。Mの庇護のもと、教団に裁判を起こしている。VXをMにひっかけてポアしろ」

また、別の被害者にVXを“ひっかける”計画を実行する際、その被害者が柔道をやっていたことから、実行犯らの間でやり取りしていた無線内における実行の合言葉を「黒帯」と決めていたそうだ。だが、いざ実行する段になると「私が『黒帯』と言うところを『黒ベルト』と間違って連絡してしまった」と、うっかりな面も披露していた。

犯行後に新実智光死刑囚(50)から「黒ベルトって言うから警察が来たのかと思った。私のほうでも確認できたから、実行犯に指示できたが・・・」と苦言を呈されてしまったそうだ。井上死刑囚はかつて教団内でCHS(諜報省)という部署のトップで、こうした非合法活動に従事していたというが、実行の現場はバタバタであったようだ。麻原の“ひっかける”という言葉のセンスもなんだかすごい。

翌22日に出廷した中川智正死刑囚は元医師で、この事件にもVXの準備役や、実行犯がVXで中毒症状を起こしたときのための治療役として関わっていた。高橋被告人は、VX関連の事件について否認している。前日もそうであったが、弁護側からは、教団の使っていた「ポア」という言葉の認識についての質問が長時間続いた。

オウム真理教の「ポア」といえば、当時ニュースをリアルタイムで見ていた世代にとっては、「殺人」と同義であるというおぼろげな認識があるだろう。だが、中川や井上が語ったところによれば、もともとは「死者の魂をより高いステージにあげること。これはグルしかできないこと」という意味だったのだという。弁護側は、高橋被告人が当時はこの「ポア」の意味を「殺人」のことだと理解していなかったのではないか、と証明したいようだった。

(弁護士ドットコムニュース)

【プロフィール】

高橋ユキ(ライター):1974年生まれ。プログラマーを経て、ライターに。中でも裁判傍聴が専門。2005年から傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に「霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記」(霞っ子クラブ著/新潮社)、「木嶋佳苗 危険な愛の奥義」(高橋ユキ/徳間書店)など。好きな食べ物は氷。

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