理化学研究所の小保方晴子ユニットリーダーの「博士論文」をめぐり、早稲田大学の調査委員会(委員長・小林英明弁護士)は7月17日、記者会見を開いた。調査委は、小保方リーダーの博士論文に数々の「問題点」を指摘しつつも、小保方リーダーの行為が「学位取り消しの規定にあたらない」と結論付けた。
会見場で配られた報告書の全文は下記の通り。
▼早稲田大学・大学院先進理工学研究科における博士学位論文に関する調査委員会
平成26年7月17日
第1章 序
I.委員会の構成
委員長 小林英明(弁護士、長島・大野・常松法律事務所)
委員 国立大学名誉教授 医学博士
東京大学名誉教授 医学博士
早稲田大学教授 医学博士
早稲田大学教授 政治学博士
II.調査目的
・本件博士論文の作成過程における問題点の検証
・本件博士論文の内容の信憑性及び妥当性の検証
・本件博士論文作成の指導過程における問題点の検証
・小保方氏に対する博士学位授与に係る審査過程における問題点の検証
III.調査期間
平成26年3月31日から同年7月16日まで。
IV.調査方法
・小保方氏を含む関係者に対する事情聴取等
・関係資料等の分析、検討等
第2章 調査結果
I.本件博士論文の作成過程における問題点の検証
1.本委員会による認定
(1)著作権侵害行為であり、かつ創作者誤認惹起行為といえる箇所——11箇所
〈主な箇所〉
・序章
・リファレンス(但し、過失)
・Fig.10(但し、過失)
(2)意味不明な記載といえる箇所——2箇所
(3)論旨が不明瞭な記載といえる箇所——5箇所
(4)Tissue誌論文※1の記載内容と整合性がない箇所——5箇所
(5)論文の形式上の不備がある箇所——3箇所
2.本委員会による認定の補足
(1)本件博士論文のもととなった実験の実在性について「実在性あり。」と認定した。
(2)Tissue誌論文からの転載について「共著者等の同意がある等で、著作権侵害行為及び創作者誤認惹起行為にはあたらない。」と認定した。
(3)本件博士論文は作成初期段階の博士論文であるとの小保方氏の主張について「本件博士論文は、公聴会時前の段階の博士論文草稿である。」、「最終的な完成版の博士論文を製本すべきところ、誤って公聴会時前の段階の博士論文草稿を製本し、大学へ提出した。」と認定した。
〈認定した理由〉
・平成22年11月に行われた小保方氏が所属していた研究室における博士論文検討会の資料には、「三胚葉に由来する細胞により生成されたスフィアから取得された細胞が、三胚葉に属する各組織の特徴を有する細胞に分化する」ことを示すテラトーマ形成実験の結果を示すFigureは2つしか掲載されていなかった。
・このFigureは、本件博士論文の極めて重要な内容に関するものであり、かつ、「三胚葉に由来する」ことから明らかなように、Figureが3つ揃うことによって意味をもつものである。
・この検討会後の指導教員の指導を受けて、小保方氏は、博士論文の草稿に修正を加え、平成23年1月11日に開催された公聴会の数日前に、主査※2及び副査に対し博士論文の草稿(以下「公聴会時論文」という。)を手交し、主査及び副査は、公聴会時論文を閲読した上で、公聴会に臨んだ。公聴会で小保方氏が使用し参加者に配布した資料には、Figureは3つ掲載されている上、公聴会にて投影されていたスクリーンにも3つのFigureを示すスライドが示され、それをもとに、小保方氏はプレゼンテーションを行った。
・これらのことから、公聴会時論文には3つのFigureが掲載されていたと推認できるところ、本件博士論文は、公聴会時論文に、主査及び副査の修正指導を踏まえて修正されたものであるはずだから、公聴会時論文と同様に、3つのFigureが掲載されていなければ不自然であるのに、本件博士論文にはFigureは2つしか掲載されていない。
・これらの事実を総合すると、「本件博士論文は公聴会時論文以前の博士論文の草稿である」と推認できる。
なお、小保方氏は、本委員会に対して、「当時完成版として提出しようと思っていたものはこれである。」等と供述し、ある博士論文を呈示し、それには本件博士論文の多くの問題箇所が未だ残っているものの、リファレンスにおいては著作権侵害行為等はなく、またFig.10はそもそも存在しない。
本委員会は、当該小保方氏の供述に相当の信用性があると考えたが、小保方氏の主張にいう博士論文が、当時、小保方氏が最終的な博士論文として真に提出しようとしていた博士論文と全く同一であるとの認定をするには、証拠が足りないと判断した。
但し、上記事実に加えて、種々の事情を検討した上で、「真に最終的な博士論文として提出しようとしていた博士論文には、リファレンスについては著作権侵害行為等がなく、Fig.10については存在していなかったこと」、すなわち、「本件博士論文において、リファレンス、及びFig.10が著作権侵害行為等にあたるとされたのは、製本・提出すべき博士論文の取り違えという小保方氏の過失によるものである。」と認定した。
II.本件博士論文の内容の信憑性及び妥当性の検証、並びに学位取り消し規定の該当性
1.本件博士論文の内容の信憑性及び妥当性
「本件博士論文には、上記のとおり多数の問題箇所があり、内容の信憑性及び妥当性は著しく低い。そのため、仮に博士論文の審査体制等に重大な欠陥、不備がなければ、本件博士論文が博士論文として合格し、小保方氏に対して博士学位が授与されることは到底考えられなかった。」と認定した。
2.学位取り消し規定の該当性
(1)早稲田大学学位規則第23条の要件
早稲田大学における学位取り消しの要件は、「不正の方法により学位の授与を受けた事実が判明したとき」である。
(2)学位取り消し規定の解釈と適用「不正の方法」
不正行為を広く捉え、過失による行為を含むとした上で、「著作権侵害行為、及び創作者誤認惹起行為は不正行為にあたる。」と認定した。但し、「不正の『方法』といえるためには、不正行為を行う意思が必要と解釈すべきであるため、過失による不正行為は「不正の方法」に該当せず、「不正の方法」に該当する問題箇所は、序章の著作権侵害行為及び創作者誤認惹起行為など、6箇所と認定した。
(3)学位取り消し規定の解釈と適用「不正の方法により学位の授与を受けた」
「不正の方法」と「学位の授与」との間に因果関係(重大な影響を与えたこと)が必要と解釈すべきであるところ、本研究科・本専攻における学位授与及び博士論文合格決定にいたる過程の実態等を詳細に検討した上で、「上記問題箇所は学位授与へ一定の影響を与えているものの、重要な影響を与えたとはいえないため、因果関係がない。」と認定した。その結果、本件博士論文に関して小保方氏が行った行為は、学位取り消しを定めた学位規則第23条の規定に該当しないと判断した。
III.本件博士論文の作成指導過程における問題点の検証
1.指導教員による指導の問題点
「指導教員としての義務違反があり、非常に重い責任がある。」と認定した。
2.本研究科・本専攻における制度上及び運用上の欠陥・不備
・早稲田大学外の機関で研究を行う学生に対する指導の限界
・異なる研究分野に対する指導の限界
IV.小保方氏に対する博士学位授与の審査過程における問題点の検証
1.主査による審査の問題点
「主査としての義務違反があり、非常に重い責任がある。」と認定した。
2.早稲田大学内の副査による審査の問題点
「副査としての義務違反があり、重い責任がある。」と認定した。
3.審査分科会及び研究科運営委員会の構成員による審査の問題点
「構成員としての義務違反はない。」と認定した。
4.本研究科・本専攻における審査手続に関する制度上及び運用上の欠陥・不備・製本された最終的な完成版の博士論文の内容を確認する体制の不存在
・第三者的立場の審査員の不在
・主査・副査の役割・責任の不明確さ
・主査・副査が論文を精査するための時間等を確保するための体制の不備
・審査分科会構成員が論文を精査するための時間等を確保するための体制の不備
V.結論(付言)
・転載元を表示せずに他人作成の文書を自己が作成した文書のようにして利用する行為は、研究に携わる者が作成する論文等において、決して許されない。小保方氏について、学位取り消し要件に該当しないと判断したことは、この問題点の重大性を一切低減するものではない。
早稲田大学がひとたび学位を授与したら、それを取り消すことは容易ではない。それほど学位の授与は重みのあるものである。早稲田大学において学位審査に関与する者は、その重さを十分に認識すべきである。
以上
(注釈)
※1 Haruko Obokata, et.al. 「The Potential of Ston Cells in Adult Tissues Representative of the Three Gern Layers」(TISSUE ENGINEERING: Part A, Volume 17, Numbers 5 and 6)(平成23年)をいう。以下同じ。
※2 主査は学位請求者の指導教員が務めることとなっている。