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「医者の卵」が歌舞伎町で課外実習、立ちんぼ女性に汗拭きシート配る意味「他者への共感養ってほしい」
東京・歌舞伎町(2022年12月中旬/富岡悠希撮影)

「医者の卵」が歌舞伎町で課外実習、立ちんぼ女性に汗拭きシート配る意味「他者への共感養ってほしい」

日本一の歓楽街とされる新宿・歌舞伎町。「不夜城」に集う女性たちを支援につなげる「声かけ」の体験をしている若者がいる。昨今、偏差値が上がり、恵まれた家庭でないと進学が難しくなっている医学部の学生だ。引率する特任教授は「医師になったとき、患者の多様な背景に考えを巡らせるようになってもらえれば」と課外学習の狙いを語る。(ジャーナリスト・富岡悠希)

●コンカフェ店員や立ちんぼ女性にティッシュを配った

8月中旬の休日夜、歌舞伎町1丁目の「シネシティ広場」付近は、外国人観光客を含め多くの人出で賑わっていた。広場前の道路の両側には、近くで営業するコンセプトカフェ(通称:コンカフェ)の店員がずらりと並んで客引きをしている。

「こちら、どうぞ」

気温30度前後と蒸し暑い中、男女2人がペアで客引きの女性たちに汗拭きシートを渡していった。その裏には、歌舞伎町で活動する民間支援団体の連絡先を記載した用紙が貼り付けてある。

「どうも」「ありがとうね」という返事をはにかみながら受けていたのは、愛知医科大(愛知県長久手市)の男子学生(25)と女子学生(22)。その様子を同大の宮田靖志特任教授が優しい表情で見守っていた。

歌舞伎町の「シネシティ広場」前には、客引きをするコンカフェ店員が並んでいる(2023年8月中旬/富岡悠希撮影)

2人がアプローチしたのは、コンカフェ店員だけに限らない。ガールズバー店員や、広場の北側にある大久保公園で男性から声をかけられるのを待つ「立ちんぼ女性」なども対象としていた。

この日は、約1時間20分ほど歌舞伎町一帯を歩き回り、夜の街を肌で体感した。積極的に働きかける「アウトリーチ活動」の前には、歌舞伎町で女性支援をしている民間2団体から、路上に立つ女性たちが置かれている状況などについての説明を受けた。

新宿・大久保公園の周辺では、外国人とみられる立ちんぼ女性も多くいる(2023年8月中旬/富岡悠希撮影)

●「想像以上にきらびやかで、人も多くて、怖い感じがした」

名古屋市出身の男子学生は、今回が歌舞伎町への初訪問。「想像以上にきらびやかで、人も多くて、怖い感じがした」。そんな印象を抱いた街で、自分より年下の女性たちが多数、客引きをしていた。

コンカフェ店員は汗拭きシートを受け取ってくれ、目を見ながらの会話もできた。一方、立ちんぼ女性の半数以上は相手にしてくれず、目も合わせてくれない。支援団体から、立ちんぼ女性が抱えている生活困難を聞いていただけに、両者の対応の違いが印象に残った。

男子学生は、特定の臓器を対象とするのではなく、患者が抱えるあらゆる健康問題について幅広く対応する「総合診療」の医師を目指している。患者との関係作りが特に重視されるため、「いろいろな立場の女性を知った。今晩の経験を医師として生かしていきたい」と言う。

女子学生は、コンカフェ店員や立ちんぼ女性たちと同世代かつ同性だ。それだけに生活困難を抱える女性の一定数が、医療機関にかかれない実態を重く受け止めた。

「私が思っているよりも、病院を遠く感じている子たちもいる。彼女たちがやっとの思いで来たときには、『何で今まで来なかったの?』ではなく、『来てくれて良かったよ』と言ってあげたい」

2人とも、自ら手を上げて、今回の課外学習に参加した。交通費と宿泊代は学校持ちだが、泊まりがけになるため時間はかかるし、レポートの提出も求められる。それでも「参加して良かった」と感想を語った。

●患者の多様な背景に考えを巡らせるように

医学部生たちを引率する宮田特任教授の狙いは、どこにあるのだろうか。それをたずねると、近年、医学教育でも注目されている「健康の社会的決定要因」(SDH:Social Determinats of Health)をキーワードに挙げた。

SDHとは、個人や集団の健康状態に違いをもたらす経済的・社会的状況を指す。たとえば、親の育児放棄や虐待問題などを抱える貧困家庭では、子どもが病院に行けず、健康を害しやすいとされる。成人してからも、体を清潔にすることや肥満や不摂生を避けることができないケースも生じる。

かなりの割合の立ちんぼ女性たちが、家庭環境に恵まれていないとみられる。そして売春行為で、梅毒などの性病や望まぬ妊娠などのリスクに直面する。さらに、体調に変化が出ても、病院にすぐにかからない女性もいる。

「歌舞伎町における女性の性的搾取は、SDHと密接に絡んでいる。医学部生のうちに、こうした実態を知ることは、大いに意味がある。将来、医師になったとき、患者の多様な背景に考えを巡らせるようになってもらいたい」

昨秋からこの研修を開始し、これまで5回ほど実施し、26人の医学部生を連れて来た。

日本一の歓楽街とされる新宿・歌舞伎町には人出が戻ってきている(2023年8月中旬/富岡悠希撮影)

●貧困や格差問題が「よそごと」にならないように

宮田特任教授はまた、昨今、医学部生がますます均一化していることへの不安もある。恵まれた家庭環境の子女が多い私立の中高一貫校から、さらに似た者同士が集まる医学部に進学。そのまま医者になると、貧困や格差の問題が「よそごと」になってしまうと懸念する。

宮田特任教授が専門分野の1つにしている総合医療の外来では、患者の3割ほどが心理的・社会的な問題を抱えていると言われている。

たとえば、頭痛で駆け込んできた患者に頭痛薬を出す。医師としての仕事は果たしているが、患者にとっては頭痛の原因になっているストレスにまで言及してもらえると医師への信頼が増し、根本的な対処にもつながる。

「患者との信頼関係を強固にし、最善の医療を提供するためには、患者の困難、苦悩に対する感受性がないといけない。歌舞伎町の路上で、他者への共感を養ってほしいのです」

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